ヒンズー教の神シバには両目に加えて額にもう1つ目があった。
▼神話によると「第3の目」は普段閉じられ、ひとたび開けば雷電を発して万物を焼いたとされる。シバの瞑想は幾星霜に及び、妻の女神パールバティーは迷惑したらしい。すねた妻が両手で夫の目をふさぐと、世界は咫尺(しせき)を弁ぜぬ闇に閉ざされた。慌てたシバはもう1つの目を見開き、光を取り戻したとの挿話がある。
▼光であれ闇であれ、神話が解き明かそうとしたのは世の成り立ちだろう。現代科学が目指すものも変わらない。〈正体は君だつたのかヒッグス君宇宙、生命のなべて重きは〉田村富夫。万物に質量を与えるヒッグス粒子しかり。アインシュタインが100年前に存在を予言した重力波の検出しかり。宇宙誕生の謎という光源を求めて、人類は夜空を仰いでいる。
▼光ならぬ不可視のエックス線を、その「目」で拝みたかったろう。地球との交信を絶っていた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の天文衛星「ひとみ」である。ブラックホールの出すエックス線を捉え、銀河の進化や謎に包まれた暗黒物質の究明につなげる予定だった。制御に目端を利かせるどころか人為的なミスが重なり、観測を始める前に壊れたという。
▼11年前に打ち上げた「すざく」など、この分野の衛星は3基続けてトラブルが起こっている。今回は開発費310億円が消えた。過去、現在、未来を見通すシバに一言相談すれば、と嫌みも言いたくなる。子細な検証で再発を防がなければ志を遂げずに散った「ひとみ」が浮かばれまい。われわれも根気よく夜空を仰ぎ続けたいが。
▼後継機の登板は2028年という。シバならいざ知らず、市井の者が目をつぶってやり過ごせないカネと歳月だろう。
2016.5.1 【産経抄】
〔註〕 咫尺を弁ぜぬ = 視界がきかず、ごく近い距離でも見分けがつかない。
<所感> 後継機の登板は2028年という。シバならいざ知らず、市井の者が目をつぶってやり過ごせないカネと歳月だろう。
市井の者の尺度で軽々に云々するのは如何なものか。
研究開発費について
初公開!「研究開発費が大きい」トップ300社 (2016年5月1日 東洋経済 ONLINE から抜粋)
1位トヨタは年1兆円超、自動車や電機目立つ
人工知能、ロボット、燃料電池、新薬、新素材――。画期的な技術は世の中の新しい流れをつくっていく。そこに欠かせないのが研究開発だ。
エビネラン