月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

恵比寿のビストロ「abbesses(アベス)」 は古いビルの2階にあった

2018-10-06 22:58:53 | 東京遊覧日記



2018年9月26日(水曜日)雨





再びの東京はやっぱり雨だった。

空の翼は、秋雨前線による気流の影響をまともに受けて、ベルト着用サインは40分以上も点灯したまま。ようやく消えたかと思うまもなく、「当機は、気流と霧のためにこの先も大きく揺れることが予想されますが、飛行には全く影響がございませんので皆様どうぞご安心ください」のアナウンスが入る。

飲み物サービスは、冷たいドリンクのみ。ホットコーヒー!と言いたいところを我慢してりんごジュースをお願いするが、新米のcaさんが、必死に足を踏ん張ってサービスしている感がみてとれる。
ほんの小さな揺れ、真下に短く落ちる揺れと、繰り返される機内で、クラシックを聴きながら、「翼の王国」(かてもの、 ほしもの、いいものという記事)を読んでいた。

羽田空港が近づくにつれて、気流はだいぶ安定したようだ。雨と霧で曇った窓からは、黒い液体のような海が下に波打っていて、ぽつんぽつんと黄やオレンジ色の船の明かりがみえた。



羽田の空はすっかり日が落ちて、冷たい雨が降っていた。京急線で品川駅へ。
久しぶりの江戸の人たち。社内は異常に明るく真昼のような顔をして目的地へ運ばれる通勤途中の人をチラチラと上目遣いにみながら、スマートフォンで今夜これから向かう店をずっと検索していたら、あっという間に品川に到着。雑踏の波間に組み入れられた。
娘のNと合流して、山の手線で彼女が気になったとい店をめざして恵比寿まで。


東京の夜は、3カ月ぶりだ。
あの時も、部屋に荷物を置くや、すぐに恵比須で食事した。

雨にぬれた寒い恵比須。薄い羽織だけでは、肩のあたりやお腹まわりがスースーするし、足はじんわりと濡れているので、気持ちが下がってくる。それでNに厚手のカーディガンを借りて、目指すビストロに向かった。




ビストロ「abbesses(アベス)」は古いビルの2階にあった。




(お店から拝借写真)


「お客様、お電話を頂戴はしておりましたが、当店はあいにくまだ満席の状態でして。2組のお方がデザートを食べていらっしゃいます。席をお立ちになりましたら、再度こちらからお電話をさせていただきますので、それまで、どちらかでお待ちいただけませんでしょうか」と店の人。

時計は8時半を過ぎていた。
この時間にどちらへ行けというのだ。

「はい、わかりました」と引き下がるNを抑えて
「この大雨では、どこにも行くことができません。先ほど、近くのコンビニで時間をつぶしてきたばかりでして、ここの1段下の踊り場で話しをしていてよろしいでしょうか」と私。
外は大雨で、寒いのだ。15分もぶらぶらとしてから店に着いたのだから、できれば軒下で休ませてほしい、そう思って口にするのは、やはり関西人である。
Nといえば、「ああ、怖いよ。怖い客だと思われたよ。もう…」と何度もつぶやく。

5分ほどして、ほどなく中へ呼ばれた。

赤の革張りのソファーが基調色となった、レトロな雰囲気。女の子が好きそうなかわいらしい店。壁に配したスタンドや、天井から吊り下がった丸いランプ使いが印象的で、パリ区内にある小さなビストロを彷彿した。











私の席の位置からは、向かいの窓ガラスに雨だれがぽたりぽたりと落ちてゆく光景が見えて、気持ちが高揚した。吸い込まれそうな夜の雨だれ。
これから飲むであろう赤ワインや白ワインの酸味とタンニンのキリッと効いた鮮やかな味を連想させ、この雨だれの景色とともに、それらをクイックイッ!と飲めるのだ思うと、ささやかな喜びを感じたのだ。



最初は、「真サバのマリネ」。






軽いブルゴーニュ産の赤ワインで乾杯する。
脂がたっぷり乗ったサバが、爽やかな酢でいい感じにシメられていて、とてもおいしい。香りのいいオリーブオイルをたっぷりとつけて、一口でほおばる。
アクセントの海草も、海っぽさを演出し、いい仕事をしている。


次は、「大粒の岩牡蠣とチーズのブルスケッタ」。





こちらは白ワインで。
フランスパンをさくっとかじると、クリーミーな岩ガキが舌の上に感じられ、ほろ苦い海のエキスが口の中にぬっーと広がって出る。
それを白ワインで、流し込む。得もいえぬおいしさ。うん、パリっぽい。この2品で、すっかり上機嫌になってしまったのだった。


若いカップルや女性グループが多い店で、店内は満席だ。
隣には、地味な編集者っぽい地味な女性と、小洒落た芸術っぽい中年男性。
時計をみるとすでに10時をまわっている。

次は、「ツブ貝とポルチーニ茸のエスカルゴバター炒め」。






ツブ貝、ポルチーニ茸より、エスカルゴ味のバターがよく利いていて、口の中がまったりしっぱなし。岩ガキの前菜と似たような味をオーダーしてしまい、思ったほど個性が感じられなかった。十分においしい一皿なのに、選択を誤った。少し残念。

また先程の隣席をちらりとみると、男女ふたりが目と目をあわせて、何かささやき合っている。大事な話なのだろうか。クイズを解きあっているようでも。白ワイン、フライドポテトだけで30分も粘っていて、それがとても旨そう!塩味のきいたポテトも、おそらく白ワインと合うだろう。


雨だれはあいかわらず、規則正しくぽたぽたと垂れ下がっていて、まるで真夜中のような空気を匂わせている。オレンジの灯とおいしそうな匂い。大勢の若い男女のおしゃべりで充満している店内に、こうして閉じ込められているのが不思議な感じだ。






最後の皿は「手長海老のラヴオリ」。




海老のだし汁からとった濃厚で香り高い泡のソースがたっぷりかかっているが、スプーンですくうと中からビッグサイズのラビオリが。
その1つ1つに手長海老の身が包み込まれていて、濃厚なだし汁の白いクリーミィーなジュースとともに、口に運ぶ。
シャンパンと合いそうな一品だった。


今回は前菜やパスタをメーンにワインを飲んだが、こちらの店は子羊のローストや黒毛和牛のローストが旨い店らしく、店主が何度もすすめてくれていた。

デザートには、フルーツのアイスとエスプレッソを。

また雨の日に訪れたいビストロだ。