本と映画とわたしと

感想です。

猫とあほんだら/町田康著 犬派の私が読んだ。

2014-10-08 | 
本書を手に取った理由は、
タイトルの素晴らしさからである。

あほんだらとは著者のこと。

親兄弟から、「このあほんだらが!」と、
呼ばれるような人なのではなく、
猫たちが著者のことを
「あほんだら」くらいに思っているんだろう。
猫の世話は奥さんが
主になさっていらっしゃるようなので。

町田家には、
もとからいた家猫と保護猫がいる。

自宅と、仕事場でそれぞれ猫たちは暮らしている。
そのわけは、
保護猫は病気を持っていたりするから、
家猫と一緒にはできないからだそうだ。

それが、伊豆へ引っ越すということになる。
そのために、新しい猫が加わったり、
猫のために家を改造したり・・・。

10匹の猫が登場する。
私が犬派だからかもしれないが、
中盤から、
どれがどの猫かわからなくなり、
本を行ったり来たり、猫の写真で名前を確認したりで、
読むスピードがが遅くなったということはあったが、
おもしろかった。

私も猫と暮らしてみたいけれど、
いろいろ考えると、無理。
生きものを家に迎えるには責任があるから。

町田さんご夫妻の猫たちへのあったかい想いに、
頭が下がる想いだった。
やろうと思えばできることかもしれないけれど、
やっぱりなかなかできないこと。

保護猫たちは一時的に預かっていることにはなっているが、
もらいてはないだろうと、承知で引き受けてらっしゃるのだ。

本書での猫たちは、
人間が責任を負える範囲で、
自由にのんびりしている。

「町田さんの家の猫は幸せですね」といっても
町田さんは「どうだろう」とおっしゃるような気がする。

人間は猫じゃないから、猫の考えてることはやっぱりわからない。
人間の言葉や想いがちゃんと伝わるとも限らない。

猫に親切を押しつけることなく、
「(私は)いいと思うんですけどね・・・」と、
猫に伺っているような町田さんの接し方が、
笑えたり、心が和んだりする。

猫にしても
犬にしても
言葉が通じないから、
何を思っているのかほんとうのところはわからない。

言葉が通じると思っている人間同士だって、
ほんとうはわからないんじゃないかな。
だから相手のことを考えてあげることが大切。
そんなことを感じたエッセイだった。

町田さんが、妄想気味なところも
相手び気持ちを考えているからだと思う。

その妄想を笑えるかどうかが、
この本を好きになるかどうかの分かれ目だろう。
私は好き。

本書で知った重い事実は、
ひどいめにあった保護猫は、
何年かけてもなつかないということ。

世話をしてやりたいと思っても、
触らせてくれない、なつかないまま、死んだ猫に、
町田さんが、
自分のところへきて
幸せだったのだろうかと、考えるところで、
涙が出た。

町田さんと奥様の関係もとてもステキで、ほのぼのする。
本書は、猫シリーズ第三弾。