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感想です。

オバマ米大統領の広島訪問で思ったこと。

2016-06-06 | 日記

2016年5月27日、アメリカ現職大統領としてオバマさんが初めて広島を訪れた。

広島に育ち住む私は非常に興味があるし、うれしい。テレビをずっと見ていた。そこで不思議に思う。被爆者や広島市民が「謝罪してほしいですか」と質問されるからだ。「なぜこんなに謝罪のことを聞かれるのだろうか」。私は広島で40年以上暮らしてきて「謝罪」なんて言葉を聞いたこともなかった。ほんの何年か前にテレビ番組で「アメリカに謝ってもらわなくては」と語っている政治家がいて驚いた。特別な考えだと思っていたがそうではないようだ。今回オバマ大統領が献花を捧げた原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しまぬから」と刻んである。私がいつその言葉を知ったのかは記憶にない。「私は過ちは繰り返しません」と個人として、人間として、心に言葉を刻んできた。日本人としてではない。アメリカ人のことも浮かばなかった。だから主語がないと知ってもおかしく思わなかった。それはなぜか。「ひろしま」に育ち、平和教育を受けてきたからだと思っている。私が学んだのは「戦争は悲惨でむごい」ということのみだった。誰が悪かったか、どうしてこんなことになったか話し合わず、ただ戦争が悪いのだと教え込まれたのだと思っている。それのみでいいのかどうかはわからないが、誰を憎むことなくいられたのは幸せだったと思う。広島の人々はオバマさんを歓迎していた。その光景を見て私は本当によかったと感じた。憎しみは人生を狂わせる。「謝罪よりも核兵器を無くしてほしい」と被爆者の方々が語られる。「来て、原爆資料館を見てくれたら感じるものがあるはずだ」と広島の多くの人々が思っているに違いない。
原爆を知れば「二度とこんなことがあってはならない」と感じるはずだ。私は9歳のとき、原子爆弾の恐ろしさを知った。実際経験してないとしても一瞬で地獄になった様子を知ったとき、世界が変わった。この世界が安全なものではないと常に感じるようになった。あれ以来、大きな恐怖が常にそばにある。私の祖母は被爆をし長女を亡くしている。中学生のころ夏休みの宿題に被爆体験を聞く課題があった。子供を亡くすということがどれほど悲しいか想像できなくとも原爆投下後の恐ろしさはわかった。つらいことを思い出させることはできないと、祖母には聞けなかった。原爆投下による地獄を経験していないとしても私は継承によって核兵器を恐れるようになったのだ。
被爆者の方々の体験を聞く機会が何度かあった。憎しみ恨みがあるのかわからない。「もう二度と起こしてはならない」という強い思いを受けとってきた。

私はオバマ大統領の訪問の1日前に平和公園に行った。そこで外国のメディアの方々がいるのを見てとてもうれしかった。とにかく多くの人に知ってもらいたい。広島長崎が核廃絶をずっと訴えきても世界どころか日本でも忘れられているようだった。何もしてこなかった私ではあるが、核廃絶などできないと諦める気持ちがこの数年でわいてきていた。オバマ大統領の演説は具体的なことは何も言っていないという人がいるが、それでもいい。自分が生きている間に核廃絶はできないとしてもずっと訴えていかなければならないという決意が私の胸に響いた。今までの「原爆投下は正しかった」とするアメリカ人の考えが、若い世代だと変化してきているという。

核廃絶を諦めない。