利用者のH子さん
このところちょっと他の利用者さんとのトラブル多し
ご自身も認める気の強さが表に出すぎているのです。
双六をしていても、負けそうになると投げだし・・・・・
勝っていると、他の人をダメ呼ばわり・・・
自分が苦手な事は
『手が痛い』『目が見えない』と言ってやらない。
他の人がやっていると、自分の自慢話を始めたり、得意な歌を歌い出して邪魔をする。
その他にもここでは書けない事いろいろ・・・
H子さんなりにいろいろ理由はあるので、問題行動と決めつけることはしません。
そんなH子さんが何かの拍子で昔話を始めました。
昔働いていた温泉旅館の話は、H子さんの自慢のひとつですが今日は
その話ではなく
『私、昔ミシンを習いに行っていた』と初めて伺う話でした
H子『私、昔ミシンを習いに行ってたの。○○ショウイチさんの家へ』
南天『え?』
H子『○○ショウイチさん、キンジさん、マサコさんの家、ショウイチさんと
お母さんが先生だった』
南天『それ・・・・私の父です』
私、南天の実家は私が生まれる前、洋裁学校を開いていました。
文化式の洋裁が出来た祖母と、病弱で外に働きに出られなかった父が先生
ショウイチは父で、キンジは父の弟、マサコは妹
今から50年以上前の話です
私が子供の頃は母がワンピースを縫ってくれましたが、流行の衿や袖の形を
縫ってくれたのは、洋裁をやめた後も時々手仕事を頼まれてはしていた父でした。
実家はその後時代の波に乗って洋裁店をたたんでお菓子屋さんになり
更に小さな喫茶店に変わりました
父も叔母も祖母も亡くなり、父の身内で一番長生きをした叔父も8年前に他界
実家の建物は人手に渡りました。
長い長い年月を経て
こんな所で
思いがけず
父を知っていた人に出会えた。。。
病気がちで、気難しく、父との思い出はほとんどない私。
それでもやはり
元気だった頃の父を知っていた人に出会えて
胸がキュンと痛かった・・・・・南天デシタ
このところちょっと他の利用者さんとのトラブル多し
ご自身も認める気の強さが表に出すぎているのです。
双六をしていても、負けそうになると投げだし・・・・・
勝っていると、他の人をダメ呼ばわり・・・
自分が苦手な事は
『手が痛い』『目が見えない』と言ってやらない。
他の人がやっていると、自分の自慢話を始めたり、得意な歌を歌い出して邪魔をする。
その他にもここでは書けない事いろいろ・・・
H子さんなりにいろいろ理由はあるので、問題行動と決めつけることはしません。
そんなH子さんが何かの拍子で昔話を始めました。
昔働いていた温泉旅館の話は、H子さんの自慢のひとつですが今日は
その話ではなく
『私、昔ミシンを習いに行っていた』と初めて伺う話でした
H子『私、昔ミシンを習いに行ってたの。○○ショウイチさんの家へ』
南天『え?』
H子『○○ショウイチさん、キンジさん、マサコさんの家、ショウイチさんと
お母さんが先生だった』
南天『それ・・・・私の父です』
私、南天の実家は私が生まれる前、洋裁学校を開いていました。
文化式の洋裁が出来た祖母と、病弱で外に働きに出られなかった父が先生
ショウイチは父で、キンジは父の弟、マサコは妹
今から50年以上前の話です
私が子供の頃は母がワンピースを縫ってくれましたが、流行の衿や袖の形を
縫ってくれたのは、洋裁をやめた後も時々手仕事を頼まれてはしていた父でした。
実家はその後時代の波に乗って洋裁店をたたんでお菓子屋さんになり
更に小さな喫茶店に変わりました
父も叔母も祖母も亡くなり、父の身内で一番長生きをした叔父も8年前に他界
実家の建物は人手に渡りました。
長い長い年月を経て
こんな所で
思いがけず
父を知っていた人に出会えた。。。
病気がちで、気難しく、父との思い出はほとんどない私。
それでもやはり
元気だった頃の父を知っていた人に出会えて
胸がキュンと痛かった・・・・・南天デシタ
知らないだけでわりと身近に眼に見えない糸で繋がってる人がいる者です
出逢いから又お話が始まりますね^^
↓美味しそう
バラのソフトどの様なお味かな?
利用者の面会者に知った顔があるなぁと思ったら
中学の同級生でした
驚いたけど
なんか納得・・・
そういやぁ、そんな歳になったんだ・・・
って思いました
何処にも接点のなかったはずのHさん
南天さんが今のお仕事をしていて
今の職場に居てこそ繋がった糸だったのですものね。
ほんと偶然と呼ぶにはあまりにも不可思議な気がします。
お父さまが招いてくださったのかもしれないですね^^
不思議なご縁だと思いました。
古いアルバムの中にその頃の写真なかったかな~?
バラソフトはほんのりバラの香りがする甘めのソフトクリームでした。
美味しかったですよ^^v
自分の親も80を越えたので不思議はないのですが。
50年って一体自分はいくつなんだ?って自分の年齢に驚きます(>_<)
当時洋裁学校は結構流行っていたらしく、生徒さんもたくさんいたみたいなんです。
また、H子さんは認知症がある方で記憶が断片的な所もあるのですが、とっても鮮明に名前を覚えていてくださり感激しました。
父が招いてくれた・・・・・そうかも。
先日何年かぶりに父の夢を見たんですよ。
内容は忘れてしまいましたが、私がすごく困っている時だったので会いに来てくれたんだと思います。
父は今、私の近くにいるのかも。
亡きお父様の姿を
随分月日が経った今。
第3者からお話を聞くことができるなんて。
とっても素敵な巡りあわせですね~。
南天サンも
とってもとっても嬉しかったでしょうね~^^
あたたかぁ~い気持ちになりますね。
きっとずっとずっと
お空から見守っていらっしゃるのでしょうね☆
私がお父様の立場でも。
ずっとつきっきりで見ているかもしれません♪
うふふ。
目に見えない糸がきっと・・・・
お父様もきっと喜んでおられるのでは、と思います。
H子さんを見る目も何だか変わりそうなお話でしたね。
人を大切にしなければ、、、と最近思ったばかりでしたので
貴女の投稿を読ませていただき、尚のことそう感じます。
父の名前をこんなにハッキリ覚えていてくださるなんて感激でした。
昔はお針を習う人も多かったのでしょうね。
古き良き時代にタイムスリップしたようでもありました。
父は今の私をどう思って見ていてくれているのかな~?って、時々思い出す事もありますが、何しろ長い歳月が経っているし、父は今の私より年下だしO(≧▽≦)O
でもやっぱり父親は父親なのでしょうね。
私も息子や娘に透明人間になってついて行きたい!ってしょっちゅう思うのでhimekichiさんのお気持ちもよ~くわかります^^
実はこの話のきっかけは、新人さんとH子さんの話題が始まりでした。
私たちの態度や物の見方等も見直すべきなのかもしれませんね。
先入観は振り払って、日々新しい発見ができるような接し方を忘れていた気がします。
人とのご縁はどこでどう繋がっていくかわかりません。
大切にしていきたいですね