あすか塾

「あすか俳句会」の楽しい俳句鑑賞・批評の合評・学習会
講師 武良竜彦

「あすかの会」四月の秀句から 兼題「磯遊び 暗」

2023-05-04 14:16:43 | あすかの会 2021・令和3年度

「あすかの会」四月の秀句から 兼題「磯遊び 暗」 

 

◎ 野木桃花主宰句

 

子供らの靴を揃へて磯遊び

蜥蜴の子石から石へ暗闇へ

真つ暗な回廊巡り涅槃像 

 

☆ 野木桃花主宰特選句

 

絵画展暗がりに浮く白きシャツ    都 子

 

☆ 武良竜彦特選句

 

童心の欠片も拾ふ磯遊び        尚

 

◎ その他の秀句から 【支持・評価の高かった順】

 

ふと空に足踏み入れて磯浴び     さき子

車窓から名もなき川の暮春かな    さき子

黄砂降るどこかの戦塵かもしれず   さき子

余花の雨黙長ければなほ暗む     市 子

 

会ふことのためらひ少し黄水仙    かづひろ

皺のまま乾くスカート磯開き     みどり

細波は妣のこゑかも磯遊び      都 子

竹林の暗きを照らす春の月      玲 子

山藤や六百年の横穴墓        玲 子

 

牡丹のくつろぐように散りにけり   さき子

田植終へ暗ぐら帰りつく家路     市 子

父と子の濡れるにまかす磯遊び    玲 子

磯遊び隣りは葉山御用邸        尚

ぽこぽこと小でまり灯る小暗がり    尚

大小の靴を揃へて磯遊び       みどり

春の雨暗渠の道もここらまで     みどり

暗室に時蘇へり暮の春        みどり

安寧の洛中絵巻うららけし      英 子

奥院の暗さに秘仏花の冷え      英 子

鳥帰る京を見下ろす龍馬墓碑     ひとみ

浮びたる言葉の消えて目借時     ひとみ

シューマイの芥子のつんと磯遊    かづひろ

暗やみ坂抜けてまた坂春日傘     典 子

しばらくは衣桁に掛けて花衣     典 子

霾緩きカーブの暗渠道        典 子

濡れてより波を厭はぬ磯遊び     悦 子

枕草子の音読ゆかし春の風      悦 子

甲板の水兵きりり風光る       悦 子

 

 武良竜彦の句 (特別参加 参考)

 

奥津城を蒼く睡らす穀雨かな

貝殻の笛の音まろし磯遊び

 

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あすかの会 2021年度 令和3年

2021-01-23 09:19:49 | あすかの会 2021・令和3年度
 あすかの会(結社「あすか」の内部同人句会) 2021(令和3)年度



「あすかの会」9月  兼題 「忘 入」

◎ 野木桃花主宰

祭笛忘我の境に入るここち

耳ふかく母の声澄む送り盆

【鑑賞】一句目、祭笛の響は確かに異郷に誘うような音色ですね。二句目、「声澄む」とはなかなか言えない巧みな表現ですね。この一言で句に深みが出ます。

〇 武良竜彦

雨冷(あまびえ)の異物ワクチン受容れて
畳の間なきマンションや秋入日


【自解】(参考)一句目、わたくしごとですが副反応で二日寝込みました。二句目、ワンルームマンションのほとんどが畳の間がありません。日本の文化の喪失です。 

〇野木桃花主宰特選句
校了の机上に月の光かな       安 代

【寸評】校正の仕事を終えて部屋の明かりを消したのでしょう。その瞬間、疲れを癒すような月光に包まれました。深い満足感にも包まれているような表現ですね。 
 
〇武良竜彦特選句
忘却の果ての達観秋入り日       尚

【寸評】老境の健忘症なら忘れたくないのに忘れることですが、この句は自分で意志をもって、不要と思われる雑事の記憶を整理しているようですね。

〇その他の秀句

ざくざくと踏む砂利音という残暑   さき子
【寸評】参道が目に浮かびます。その玉砂利敷きの音で残暑を表現して巧みですね。

晩学の手擦れの辞書や月明り     悦 子
【寸評】勉強熱心だった頃の充実感を感じる句ですね。

ザ届く三和土に残る稲埃      安 代
【寸評】宅配が流行する世相を古風な農家の三和土で表現したのが効果的ですね。

夕野分入江の芥吹き戻す       市 子
【寸評】芥が吹き寄せられている景をクローズアップして台風禍を表現しましたね。

ここはそも花野の入口出口とも    典 子
【寸評】「そもそも」を「そも」と大胆に略して独特のリズム感で表現しましたね。

湖平ら朝の入江の露葎        ひとみ
【寸評】静けさを湖水の水平感で巧みに表現しましたね。

秋入日色を満たして忘れ潮      文 男
【寸評】「色を満たして」という表現が効果的ですね。

忘れじの土手やあの日の秋夕焼    玲 子
【寸評】この「土手」、青春を象徴していますね。

忘れ得ぬ友の一言秋深む       都 子
【寸評】心に刺さる言葉というものがあります。心に留まる言葉でもありますね。
 
    ※      ※

「あすかの会」7月  兼題 「荒 早」

◎ 野木桃花主宰

早朝の窓の静寂(しじま)や蝉の声
ほろ苦きコーヒー猛暑の五輪の輪
尾を遺し忽と消えたる蜥蜴かな
荒廃の寺院常盤木落葉かな

【鑑賞】
一句目、蝉が泣き止んだ一瞬のはっとするような静寂が切り取られていますね。二句目は紆余曲折があり過ぎた五輪に対する複雑な心境が表現されていますね。三句目、小さな生き物が備えている不思議な力への感慨ですね。四句目、常盤木落葉の厚みがあっていつまでも庭に残る景が、荒涼感を一際強めますね。 

〇 武良竜彦
梅雨出水土砂引き連れて人を呑む
冷房や身にいくつもの臓器あり

【自解】(参考)
 一句目、熱海の土砂災害の悲劇が念頭にあった句です。二句目、冷房が合わないのか体調不良になります。殊更、自分の体のことを意識させられて詠みました。

〇野木桃花主宰特選句
早立ちのはやる車窓に虹立ちぬ    さき子

【寸評】
 旅行を始めたばかりの、華やいだ雰囲気、ときめく気持ちを、鮮やかな具象表現で詠んで、見事ですね。 

〇武良竜彦特選句
青芒刈るや荒縄もて括る       市子

【寸評】
黙々と作業をする人の姿と、その周りの景まで浮かぶ力強い表現ですね。

〇その他の秀句
大西日乱反射させ荒物屋       文男
荒梅雨の傷跡覆ふ荒筵        文男
心太いいえと言えず黙しおり     さき子
荒使ひせし手を撫でて短き夜     市子
早速とビールのタブに指掛けて    ひとみ
籠るとふ革命もあり巴里祭      ひとみ
荒梅雨や木々も心も折れにけり    尚
冗談と言ひつつ本音冷し酒      尚
指を突く棘早朝の初茄子       玲子
荒垣の隙を自在に灸花        玲子
大雷雨ルーチン変えぬ赤信号     悦子
青葦の死角に鷺のまた一歩      悦子
消しゴムの減りの早さよ梅雨明ける  典子
夏草の荒れたる庭の風の道      一青
潮目読み鰹引き抜く漁夫の腕     晴夫

【総評】
 兼題の「荒」「早」でたくさんの秀句が生まれました。相変わらず文男さんの「モノ」詠みの質量感には敬服します。玲子さんの植物の生命力の表現も秀逸ですね。ひとみさんの時節的な「籠り」と巴里革命の取り合わせは意外性があり新鮮でした。
 
    ※     ※

「あすかの会」6月  兼題「状 笑」

◎ 野木桃花主宰
蕉翁に兄と姉妹やねぶの花
書状にはコロナ見舞いを半夏生
メビウスの輪のごと蜷の跡たどる

【鑑賞】
 一句目、相当な俳句の知識がないと詠めない句ですね。「象潟や雨に西施がねぶの花」という芭蕉の「奥の細道」」の句の本歌取りの句です。先端の紅い扇型の合歓の花の美しさを芭蕉は中国、春秋時代の越の美女「西施」の故事を想起しています。それを踏まえつつも、掲句は孤高の芭蕉にも兄弟姉妹があったということを取合せた表現ですね。二句目、三句目の解説は要らないと思いますので、省略します。

〇 武良竜彦(参考)
ウイルスの波状攻撃はたた神
ワクチンのワは「VA」の音薬降る

【自解】
一句目、自解は無用の句だと思いますので省略します。二句目、日本語の音にないカタカナ外来語表記の違和感のように、外国産のワクチンにも抵抗感があることを表現しました。

☆ 会員の秀句

※野木桃花主宰特選句
忘却や西日の壁の表彰状       さき子

【鑑賞】
 表彰されたこともある偉業も遠い思い出になったという一抹の寂しさを見事に表現した句ですね。 

※武良竜彦特選句
沖縄忌ぽつんと入れ歯洞(ガマ)にあり    悦 子   
            
【鑑賞】
「入れ歯」という人間の存在感をリアルに感じさせる表現にインパクトがありますね。 



書き終へて息深々とみどりの夜    安 代 
※下五を「みどりの夜」として、その息遣いを包み込んだ表現が見事ですね。

麦熟れて父ありし日の匂いなり     さき子 
※プルーストの『失われた時を求めて』を想起しました。匂いと記憶は脳で響き合う作用をするそうです。

鉈彫の口もと涼し微笑仏        文 男
※「円空仏」と呼ばれる独特の作風を持った木彫りの仏像を想起する句ですね。一鉈で刻まれた口元に笑みを感じさせる深みがあり、それをうまく俳句にしました。

囲まれて日傘の中に嬰の笑み      玲 子 
※赤ちゃんの屈託のない笑みを中心に傘の花が咲いたような表現が見事ですね。

纏ひ付くやうな闇なり蛍の夜      尚 
※夏の夜の肌にからみつくような感覚を、「闇」とそこに点る蛍の光で効果的に表現してありますね。

海原に破顔一笑鰹抜く        晴 夫
※一本釣りのダイナミックな景を「抜く」と動的に表現したのがいいですね。

風涼し柱状節理の岩に向き      ひとみ 
※ひんやりとした岩肌、柱状節理の整然とした結晶構造で「涼しさ」を見事に表現しました。

内と外顔突き合わせ金魚玉      のりを
※金魚鉢を覗いている作者の視点を、俯瞰的に相対化している表現がいいですね。

晩節に免状要らず蝸牛        一 青 
※資格がないと何もできないような世の中への批判意識を感じる句ですね。老後を気儘に「蝸牛」のように歩んでゆこうと。 
  
案内状手に白南風に身をまかす    市 子 
※絶対行かなければならないような誘いではないかもしれません。でも爽やかな白南風の吹く季節、その気分に身を任せてみたくなったという、ささやかな心の動きが活写されている句ですね。
 

「あすかの会」5月  兼題「踏 中」

◎ 野木桃花主宰
濃山吹踏襲すべき緑舟忌
芍薬の崩るる音の中にをり
初夏の朝のやすけしショパン聴く
初夏の足踏みならしジャズ喫茶

【鑑賞】
 一句目は敬愛する先達への挨拶句。それを「濃山吹」に象徴させました。二句目からの三句は、初夏の雰囲気を音の響で詠まれています。三様の調べを感じますね。

〇 武良竜彦(参考)
木々は木々の色を奏でて夏始め
きみは編目ぼくは升目を埋めて初夏
【自解】
 一句目、さまざまな新緑の木々の色を、多様な響きの共演として詠みました。二句目、夏に向かう老夫婦の一コマをそのまま詠みました。

☆ 会員の作品
※野木桃花主宰特選句
余震なほ心荒野に梅雨最中      晴 夫

【鑑賞】
 「心荒野に」という心の様の表現で、東日本大震災の「余震」への心のざわめきを表現しましたね。

※武良竜彦特選句
むらさきは暮るるに早し藤の花    のりを   
                 
【鑑賞】
 暮れなずむ色彩と、藤の花の色合いを、「むらさき」のクラデーションとして取り合わせた詩情が見事ですね。「暮るるに早し」で時間の速さまで感じます。


引き算のように人逝く夏椿      さき子  
※喪失の寂しさを。

中くらゐの幸せ乗せてボート漕ぐ   ひとみ 
 ※噛みしめている小さな幸福感。

山中に踏鞴踏みたり梅雨菌      文 男
 ※ちょっと大げさにユーモラスに。

竹皮を脱ぐ昭和の男皿洗ふ      典 子 
 ※その変化の努力への励まし。

何もかも忘れたき日や走り梅雨     尚 
  ※じめじめした湿度もいっしょに「忘れたき」。  

夏蝶のひたすら目指す寂光土     安 代 
 ※浄土へと祈るような心。

地団駄を踏みて泣く児の街薄暑    市 子 
 ※児童の無敵な無邪気さ。

足踏みの白鳥ボート若葉風      玲 子 
 ※水上の涼やかさ。

中年の漢の明るさ麦の秋       悦 子 
 ※青春の懊悩を吹き切って。

探し物家中当る五月かな       一 青 
 ※初夏の家の中の明るさ。 
 
            ※    ※       ※

「あすかの会」4月  兼題「差・布」

◎ 野木桃花主宰句
羽衣の千里を飛んで若葉風
夏兆す時差出勤の列の寡黙
角曲がる布教の人の夏衣


【鑑賞】一句目、羽衣が若葉風だけでなく春という季節の流動感のある雰囲気の比喩として効果的ですね。二句目、分散して数が少ない時差通勤者の群烈も無口で、初夏だというのに何か翳りの景を捉えた句ですね。三句目、紺か墨色の地味だけどどこか清楚で涼し気な信仰に生きる人の後ろ姿を、優しい眼差しで詠んだ句ですね。

〇 武良竜彦句(参考)
嘘つきを捜す嘘つき万愚節
老耄の段差が怖し春闌けて
春深し妹背結びの野に山に


【自解】一句目、無責任に世に溢れるフェイクニュースを探し出して批難している人自身の言葉も疑わしいというアイロニーを詠みました。二句目、兼題の「差」で段差と老いを詠みました。三句目、「妹背結び」は婚姻、結婚のことです。いっせいに若葉が芽生える野山の華やぎを婚姻という祝祭気分に擬えて詠みました。

☆ 会員の作品

※野木桃花主宰特選句

状差しの手紙幾とせ春灯       玲子
【鑑賞】仕舞い込まないで状差しに入れておいたのは、返信を書こうしていたからでしょうね。それが何かの事情で果たせなかったというドラマを感じますね。

※武良竜彦特選句

臍笑ふ浄智寺布袋竹の秋       晴夫                
【鑑賞】浄智寺は国の史跡に指定されている、鎌倉市山ノ内にある禅宗の寺院で本尊は阿弥陀如来・釈迦如来・弥勒如来の三世仏で、それぞれ過去・現在・未来を象徴しています。境内は樹木が豊かで起伏に富み、鎌倉江ノ島七福神の一つである布袋の石像をまつる洞窟もあります。そのユーモラスな姿を「竹の秋」という季節感のなかに表現しました。

※他の秀作から

目借時過去と現在交差せり      文男
【寸評】陽気のせいで眠気がさす季節。昔のことと今のことが混然一体となって。

大空に風の椅子あり幟(いかのぼり)  さき子
【寸評】凧は向かい風を受けて空に舞う。動きが安定して定まった瞬間を「風の椅子」と斬新に表現。

若布干す海人の大きな嗄れ声     尚
【寸評】潮風を全身で受けて働く人の存在感を表現。

粽結ぶ母は布巾を新しく       典子
【寸評】日々の一つひとつを丁寧に噛みしめて生きる姿勢の普遍的な感慨。

花筏揺れて浄土を垣間見る      悦子
【寸評】川面をゆっくり流れる花筏。その揺らぎに束の間の浄土感を受け止めて。

日の匂ふ毛布小鳥のごと寝落つ    市子
【寸評】毛布のお日様の温みと匂いに包まれて寝落ちした。このひと時の至福感。

花いっぱい妻の縫ふ手の布切れに   一青
【寸評】外は春の花の季節。妻の裁う手元の布にも花が咲いている。愛妻への優しい眼差し。

幸せの色を広げて芝さくら      のりを
【寸評】一面の芝さくらの彩と華やぎ。「広げて」という能動的表現が効果的。

春の風手書きメニューの立て看板   ひとみ
【寸評】手書きメニューの手作り感に、その店を営む人の姿勢まで伝わる。

【総評】みなさん詩情豊かな表現をされていますね。伝統俳句的に「眺めて詠む」のではなく、季節感に包まれて今ある存在の諸相を詠む現代俳句になっていますね。  

     ※   ※    ※

「あすかの会」3月秀句から  兼題 銀 恋


◎ 野木桃花主宰句
猫柳束ねて猫にしてしまふ
思ひ出は横顔ばかり古都の春
霞立つ沖のタンカー無重力

【鑑賞】
 一句目、若々しい表現で、一読して笑を誘いますね。植物からストレートに動物への異化。意表を衝きます。二句目は亡き人への想い。真正面からの「記憶」ではなく、日に日に「横顔」というプロフィル化してゆくことに哀感が滲みます。三句目、岸辺からの眺望の視座が一瞬でタンカーに乗船している体感へと切り替わり、その浮遊感が迫ってきます。

〇 武良竜彦句(参考)
銀幕の恋に醒めれば春の雨
悲しみの根を踏みしめて陸奥残雪
我に余生富士に残雪の光あり

【自解】
 一句目、兼題の「銀」と「恋」を束ねて詠みこみました。映画館から出た瞬間の夢からさめたような感覚を共有していただけたら、と。二句目、東日本大震災の当日と翌日の被災地は雪に凍えたそうです。そのことに想いを寄せました。自分と富士を対にして詠んで希望の光へと転換しようと試みましたが、いかがでしょうか。 

☆ 野木桃花主宰特選句
ハイヒールの音に抜かるる朧の夜   ひとみ

【寸評】
 句会で男性陣からは、元気のいい若い女の人に追い抜かれてしまう感慨の鑑賞の声がありましたが、、作者は自分が若い女の人に「抜かれた」景と自解していました。朧の夜にカンカンと高い音だけが響きます。 

☆ 武良竜彦特選句
つぶやきはマスクの中に鳥曇      典子  
              
【寸評】
 「つぶやき」はもとより、自分独りの行為ですが、「マスクの中に」という言葉で、より自閉観 

☆ その他の秀句から
果てしなき記憶の海へ三・一一忌   さき子
陸奥に空ある限り揚雲雀       さき子
銀ねずに煙る山並み春驟雨       文男
出逢ふまで紆余曲折の蜷の道      文男
春雨の音はかそけく人を恋ふ      文男
野遊びの空広々と告白す       ひとみ
鳥の恋一瞬窓辺過去となる       市子
恋猫に乱され闇の匂ひけり        尚
失恋のバケツの水嵩亀鳴けり     のりを
砂に埋もる古都楼蘭や鳥曇       悦子
白銀の連山遠く畑を鋤く        玲子

【寸評】
 さき子さんと文男さんは独自の確かな視座ありますね。「あすかの会」初参加のひとみさんは若々しい響きの表現に魅力がありますね。市子さんの窓が一瞬過去なるという表現が冴えていますね。尚さん、のりをさんの句にも独特の味わいがありますね。悦子さんと玲子さんは大きな景に包まれて生きる人間の姿を描き出しました。


        ※      ※      ※

「あすかの会」2月秀句から 兼題〈湯 豆〉 

◎ 野木桃花主宰句

芽起しの雨もまたよし湯浴みせり
はやばやと閉ざす居酒屋雪もよひ
こんな日は湯たんぽ恋し細き雨


【鑑賞】
 一句目、前半の木々の潤いと、後半の自分自身の心身の潤いが共鳴していますね。二句目、句会でも誰もがコロナ禍の実情を切り取った句と解していました。「雪もよひ」に、何か急かされている気忙しさを感じさせる効果がありますね。三句目、上五の「こんな日」が下五の「細き雨」で一気に季節感に包み込まれます。その中心に「湯たんぽ」を挟んで効果的ですね。

〇 武良竜彦句(参考)

転居荷を開ければ湯婆顔を出す
如月の地震や十歳を揺り醒ます
虐殺と天寿多喜二に兜太の忌


【自解】
 一句目、この湯たんぽは妻の愛用品で、結婚前から使ってきた小さく可愛らしいものです。一月末に転居をして、荷解きのとき私用の梱包ダンボールの中から出てきて、最初は何か分からず、妻に尋ねて湯たんぽであることが判りました。二句目、二月の夜中の地震には驚かされました。福島、宮城の知友たちに安否を尋ねたら、今回の地震は激しくガタガタと揺れて、部屋の中の物品がたくさん破損する被害にあったそうです。十年前の地震とはまた違った恐怖を感じたそうです。三句目、同じ二月二十日の命日の二人ですが、虐殺と天寿の違いに感慨が浮かびました。

☆ 野木桃花主宰特選句

由布院にトテ馬車の往く日永かな    典子

【寸評】
 「トテ馬車」という響きがいいですね。なぜトテ馬車というようになったか、その語源は知りませんが、荷台に客を乗せ観光用馬車の、のどかな歩みにぴったりの響きですね。「由布院」という上五の有名な地名が効いています。下五の季語も不動です。 

☆ 武良竜彦特選句

梅香る日差しに本の半開き       玲子   
             
【寸評】
 梅園に本を持ち出して屋外で読んでいるのではなさそうです。まだ寒いですからね。梅の花の見える窓辺の室内での読書を中断した後の景でしょう。下五の「半開き」に詩情がありますね。 

☆ その他の秀句から

生み落とされて春月のうら若し    さき子
手を振らぬさよならもあり鳥雲に   さき子
菜の花に湯浴みのように屈みけり   さき子
豆腐屋の喇叭の遠音春の昼      文男
雁風呂や残日の赤雲を染め      ノリヲ
浮雲に風の道ありうららけし     玲子
北窓を開け新たなる風の声      玲子
QRコードで潜入雛の間       典子
梅三分身の内どこかざわざわす    尚
後追えど逃げるわが影春の浜     悦子


【寸評】
 さすがに「あすか」の重鎮、さき子さんの句は詩情豊かな表現の句ばかりですね。他のみなさんも早春の中の自分の命を噛みしめる秀句ばかりです。QRコードという先端的な言葉を俳句に刻んだ典子さんの挑戦に拍手。

      ※             ※             ※

「あすかの会」1月秀句から (兼題:転・細)

◎ 野木桃花主宰句

水音に震へやまざる野水仙
ひろやかな遺跡の語る大冬木


【鑑賞】
一句目、水音と共振している野水仙。命同士の共鳴の表現ですね。「震え」は恐怖の震えとも解せますが、震えるほどの命の共振ですね。二句目、建造物など残っていない「場」としての遺跡。時間だけが静かに堆積しているのですね。その遺跡という歴史的空間が、その空間の中央にぽつんと立っている大冬木の来歴を語っているようだという感慨の句ですね。作者の内面的な歴史性の感慨でもあります。

〇 武良竜彦句(参考)

新海苔の封切る恋文ひらくごと
マスクして世を曇らせる眼鏡かな


【自解】
 一句目、新海苔の新鮮な香を初恋の「香」に喩えました。二句目、マスクとは世の中や人と自分の隔てるもの。そのくぐもり感を眼鏡のくもりで表現しました。 

☆ 野木桃花主宰特選句

細石玉と拾ひて涸れ川原     市子

【寸評】
「玉と拾ひて」と、自分がそう見做しているという思いの表現。この場合、玉は「たま」でなく宝玉の「ぎょく」と読むべきでしょう。涸れ磧の荒涼たる景の中の一点の光であり、作者の内面的な心の灯の表現でもあるでしょう。ちなみに細石は国歌にも詠われた、千代に八千代の「さざれいし」です。

☆ 武良竜彦特選句

水音に震へやまざる野水仙    桃花

【寸評】
今月も野木先生の句が特選です。評は先述しましたので割愛します。

☆ その他の秀句から

駅までを一つの傘に細雪     文男
※つまり相合傘ということ。そう言わないで読者にそれを感じさせることで、言外の趣が深まりますね。夫婦か、親子か、恋人同士か、友人知人か。あるいは偶然、行き合った、傘を持たず濡れて歩いた人を、自分の傘に入れてあげた景と解しても詩情がありますね。 

北風激し川音細るわがこゑも   市子
 ※下五の「わがこゑも」が主眼の句ですが、上五中七で深い表現に。

転びてはわが原点に竹スキー   市子
 ※原点は手作りの竹スキーだったという感慨。「転びて」を上五に置いたのが効果的ですね。

少年の目をして独楽の回転す   サキ子
 ※独楽を回す大人が少年の目になっているという感慨と、同心円模様の独楽が澄んでくると不動の目のように見えるという二つの意味が受け取れますね。

それとなく余生のかたち雑煮餅  サキ子
 ※昔の雑煮は餅が主役で大きかったのですが、今は小さくて柔らかいですね。その感じを「なんとなく余生のかたち」と表現して見事。

大寒の土の固さを踏みにけり   サキ子
 ※大寒という冷気に満ちた季節感を「土の固さを踏む」という不動の具象表現にしてみせたのが見事ですね。

行くあてもなく靴磨く三日かな  尚
 ※今はコロナ禍の最中の正月の表現だと解していまいますが、高齢期の表現として鑑賞すると、親戚や友人が先に鬼籍に入り、交流が少なくなってきた寂しさの表現であるとも読めますね。その手前の定年退職後の寂しさとも読めますね。

恋語る瞽女の細指雪の宿     晴夫
 ※哀調を帯びた三味線の音が雪景色の中に聞こえてきます。

湖に静寂沈めて寒に入る     悦子
 ※ものではなく「静寂(しじま)」という無音の状態を、丸ごと湖に沈めたような…という比喩表現がいいですね。



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