「あすか」誌 六月号作品 鑑賞と批評
《野木メソッド》による鑑賞・批評
「ドッキリ(感性)」=感動の中心
「ハッキリ(知性)」=独自の視点
「スッキリ(悟性)」=普遍的な感慨へ
◎ 野木桃花主宰の句「永遠なる助走」から
永遠なる助走なりけり風光る
「永遠なる助走」という言葉には、時間や物事の連続性と常に進み続ける力強い意志が感じられます。「助走」とは準備段階のことであり、目標に向かって力強く駆け出す状態を指す言葉ですね。その状態の持続によって自分と周囲を永遠に輝かせる作用を及ぼすでしょう。
静かなるまなざし紋白蝶の空
「静かなるまなざし」という言葉の静かで深い思考の表現、そして「紋白蝶の空」という言葉の繊細な優雅さ、その向こうに広がる青い空、この二つの心象をクロスさせて、自らの句世界の心境を表現されたのではないでしょうか。
野遊びの子から受けとる石一つ
「野遊びの子」という言葉で、自由で純粋な心を持った子供の姿が浮かびます。子供たちは自然の中で遊び、その日常の中でさまざまな発見や驚きを体験していることでしょう。
その子供から「受け取る石一つ」という言葉には、その童心をまるごと受け止めたという作者の意志が感じられますね。物質的な価値観に溢れる大人世界から束の間解き放たれて、子供達の純真な心的世界に心を解き放っているような表現です。自分にとって俳句を詠むということは、そういう心的作用なのだ、という作者の思いが伝わります。
ゆく春の光体となる鳥一羽
自然の中の光に溶け込むように、その一点となって春の空を舞う一羽の鳥。大いなる自然の中の一点にすぎないことを受容するその姿の表現に、かけがえのない一つの命という存在の手応えを感じますね。命の在り方の普遍的な表現がここにあります。
穏やかに生きて薄暑の庭に佇つ
平穏な日常を噛みしめて、日々を丁寧に生きる姿勢。次第に夏の暑さが増して、いよいよ自然の命たちの活動が活発になる中、そんな自然の空気感を全身で受け止めて、わたしは今、ここにこうして生きている、という実感を噛みしめている思いが伝わりますね。
六十年一期一会の薔薇の苑
「六十年」はもちろん、「あすか」誌創刊六十周年という時間の経過を指しているのでしょう。その中で繰り広げられた会友たちとの「一期一会」。その瞬間瞬間の輝きを表現しているのですね。それを咲き競う「薔薇の苑」に見立てて、壽いでいる句でしょうか。
「あすか」路の道は一筋花擬宝珠
俳句結社「あすか」の未来を壽いだ句ですね。その旅路のまっすぐで美しい一本道。その行く手に輝く「花擬宝珠」を配しています。価値観を共有する句仲間と競い合いつつも励まし合い、その未来に輝くものを共視しているかのような表現ですね。ちなみに「花擬宝珠」という言葉は、「あすか」創立主宰「名取思郷」氏の第二句集の名でもあったようです。先達を敬い、その初志を受け継ぐ意志の表明でもあるでしょうか。
〇「あすか」誌六月号の同人新作競詠から 感銘秀作
※今月は選評無しの選のみです
庭先に今年不作の蕗の薹 磯部のりこ
猫だけが通るこの径ふきのたう 稲葉 晶子
竹の子を下げて来し友老いにけり 内城 邦彦
軽トラの弾んで零す春キャベツ 大木 典子
啓蟄や関東ローム動き出す 大澤 游子
集まって生きる楽しさ数珠子かな 大竹 久子
ふらここに夕日留めし親子かな 大谷 巖
思ひ切るために空蹴る半仙戯 大本 尚
椅子に垂るる脚音符めく入学式 小川たか子
廃校と決まりし窓辺鳥雲に 奥村 安代
ぴつたりの名前貰ひし子猫抱く 小澤 民枝
角刈の躑躅の並木今盛り 柏木喜代子
初蝶や平和の鐘に撞木なく 加藤 健
花ござに稚児の手足の游ぎたる 金井 和子
発掘の土を篩ひて木の芽晴 金井 玲子
幼子の「あのね」の尽きぬ春のバス 金子 きよ
薄紙剥げば引き目鉤鼻春匂ふ 近藤 悦子
柄杓にて柄杓を浄む彼岸寺 紺野 英子
初蝶の紛れこんだる車間距離 鴫原さき子
剪定の枝の切口潤みおり 須賀美千代
菊根分夫の物言ひ聞こえくる 砂川ハルエ
剪定の音さまざまや高梯子 摂待 信子
春灯下辞書引いて読むプーキシン 高野 静子
桜湯のほぐれて野辺の風となる 高橋富佐子
春景に一礼しての帰郷かな 高橋みどり
啓蟄の虫先づ浴びよ娑婆の雨 滝浦 幹一
節分や海の町には海の鬼 忠内真須美
囀りの小さな庭を大きくす 西島しず子
ざわめきは樹々の語らい若葉山 林 和子
指先に沈む入日や鳥帰る 丸笠芙美子
鳴き砂の音知る足裏うららけし 宮坂 市子
光へと誘はれたり初音かな 村田ひとみ
単線の走る家並や春装ふ 望月 都子
句を杖に重ぬる齢二月行く 柳沢 初子
清明の空の広さよ辻仏 矢野 忠男
豆御飯ルビー縁なき厨妻 山尾かづひろ
〇 同人新作競詠から 印象に残った佳句
新緑の哲学の道風と来て 阿波 椿
老木の力出し切る芽立てかな 安蔵けい子
引くたびに軋む小箪笥春の雨 飯塚 昭子
校庭に溢るる児童花万朶 風見 照夫
飛花落花仁王は留守よ吉野山 木佐美照子
春の草やさしく大地摑みゐて 城戸 妙子
常節や浜に漂う醤油の香 久住よね子
尺超への鯉の産卵のぞきみる 齋藤 勲
背伸びして楤の芽たぐる雑木山 齋藤 保子
円卓にガレのランプを謝肉祭 坂本美千代
一里塚大樹となりし山桜 須貝 一青
啓蟄や老老介護の笑ひ声 鈴木ヒサ子
蝶々の影や小さなにはたづみ 鈴木 稔
百年の幹の太さや枝垂桜 高橋 光友
花は葉に墨堤通り静かなり 立澤 楓
雪おろし屋根の下よりピアノ曲 丹治 キミ
犬ふぐりスクラムくんでそこかしこ 千田アヤメ
春の昼どこも満車のパーキング 坪井久美子
亡き友と出合へし句集おぼろの夜 中坪さち子
初登校六年生を先頭に 成田 眞啓
おぼろ月遠く遠くへ救急車 沼倉 新二
磐座の古き注連縄山桜 乗松トシ子
草餅で父母と畠の小昼かな 服部一燈子
「アーアー」と鴉の子育て風纏う 浜野 杏
薙刀の打ち込む気合木の根明く 星 瑞枝
つかの間の少女にもどる初桜 本多やすな
満開の桜の朝に父逝けり 曲尾 初生
身の丈のほどに枝垂れし雪柳 幕田 涼代
子ねずみの菓子屑拾ふ春の昼 増田 綾子
久々にレディスランチ春の昼 緑川みどり
山吹や日の燦燦と光り合う 宮崎 和子
ふんわりと音なき音や春の雪 村上チヨ子
道草の子等春泥を飛び跳ねて 吉野 糸子