あすかの会秀句 カレンダー 2024年
十二月「あすかの会」秀句から
・兼題「クリスマス 受」 2023年 令和5年
◎ 野木桃花主宰句
クルーズ船光彩ここぼしゆく聖夜
客船の片側暗き降誕祭
若き日の思ひ出の海クリスマス
☆ 野木桃花主宰特選句
小さな手小さな灯クリスマス 典 子
☆ 武良竜彦特選句
墓碑裏の小さきクルスクリスマス 玲 子
◎ 秀句から 【支持・評価の高かった順】
真夜中のナースの詰所聖樹の灯 かづひろ
夕暮て点らぬ家やクリスマス 尚
落葉道自問自答のついて来る さき子
受胎告知高き窓より冬日差す みどり
クリスマス十字紋秘し鬼瓦 玲 子
クリスマス昭和歌謡をほろ酔ひて 市 子
極月の顔の映りし車窓かな さき子
口ずさむ聖歌のリズム胡椒振る ひとみ
街の灯に托鉢の僧クリスマス 玲 子
シナトラをひねもす流しクリスマス みどり
聖樹から聖樹へ街をさまよへり ひとみ
ぬかるみに大きな靴跡受験生 英 子
コンサートの余韻を胸に街聖樹 かづひろ
山茶花の今散るのみにある時間 さき子
沼杉の気根ぽこぽこ冬うらら 尚
手のひらに受くる一片雪の華 尚
受けし恩返せぬままやクリスマス 玲 子
屏風脇に畏まりたる名刺受 悦 子
遠くより光纏ひて聖歌隊 悦 子
爺持ち来箱に片寄る聖菓かな 悦 子
消印はスイスの山小屋クリスマス 悦 子
セロファンの音もて包む冬桜 英 子
十二月八日郵便受に厚き文 ひとみ
ショーウィンドウ一夜で替るクリスマス 典 子
歯科椅子に並ぶ人形クリスマス 典 子
聖歌和すそれぞれ違ふ祖国の名 みどり
とろろ汁夫の手作り椀に受く 市 子
受入れの準備整え春待てり 都 子
熊の子のイルミネーション聖夜かな 都 子
〇 ゲスト参考 武良竜彦の句
冬港ケルト十字架凛と立つ
既視感のポインセチアよ戦争よ
「あすか」誌 十二月号 作品鑑賞と批評
《野木メソッド》による鑑賞・批評
「ドッキリ(感性)」=感動の中心
「ハッキリ(知性)」=独自の視点
「スッキリ(悟性)」=普遍的な感慨へ
◎ 野木桃花主宰の句「風爽か」から
祭笛風土記の杜の黙示とも
年中行事化している、伝統ある大きな祭を除いて、地方の小さな祭が消滅しつつあるそうです。祭も「風土記」もその地域に生きた人々の実存的記録ですね。その思いを噛みしめたような句ですね。「黙示」は暗黙のうちに意思や考えを表すこと、隠された真理を示すことですね。特にキリスト教で神が人智を越えた真理や神意などを示すという意味もあります。祭笛の調べに天啓のように、そんな思いが沸き起こったというような表現ですね。
家郷へと杖音さやか風爽か
杖を突いているのは自分ではなく、「家郷」へと向かっているときの、作者の両親の記憶を呼び起こしているような心象表現でしょうか。ひらがなの「さやか」、漢字の「爽か」の重句で郷里の空気の中を歩いている景が浮かびますね。
運動会記憶の中で走る走る
下五の「走る走る」が臨場感たっぷりですね。ただの記憶の回想ではなく、実際の運動会の様を見ながら、自分の中の記憶が鮮明に甦っているように感じます。
冬日燦素粒子身内抜けてゆく
「素粒子」は原子物理学の科学用語なのですが、近年、素粒子レベルの話題が身近に感じられるような世相になりました。俳句にこのように詠まれても違和感がないですよね。それどころか、今までの俳句にはなかった、宇宙的時間の中の私たちという存在の、ダイナミックな表現が可能になったのですね。
〇「風韻集」から 感銘秀作
涼しさや菩薩の指は頬を指す 悦 子
句の内容からしてこれは弥勒菩薩のことでしょう。弥勒は仏であるゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の次にブッダとなることが約束された菩薩(修行者)で、ゴータマの入滅後五十六億七千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされています。(それまでに人類が生きのびていますかね?)弥勒菩薩の頬を指さす象徴的な姿は、思慮深き救済仏としての心象にぴったりですね。
鯔飛んでボード小脇にひき返す 美千子
波乗りをしようしていた海域で鯔が飛んでいて、サーファーは岸に引き返したようですが、その理由が鯔を避けたのではなく、鯔に場所を譲ったという表現のように読めますね。
終戦日青空だけが無傷なり さき子
明治からの戦争の歴史の中で日本人はさまざまな疵を負いました。そう言わないで「青空だけが無傷」とした表現が詩的で深いですね。
菩提寺に猫の遺骨も小六月 みどり
衆知のごとく菩提寺は、自分の一家または、親族が代々その寺の宗旨に帰依して、先祖の菩提を弔う寺院のことですね。「菩提 」とは「死後の冥福 」という意味です。この句はその家の飼猫も親族の一員としてお墓に入れてもらっているようですね。人間中心主義の近代的思考に毒されない一族の生き方まで伝わる句ですね。
忘れえぬ人とゆきあふ星月夜 芙美子
優美な幽霊譚を詠んだような心象が沸き起こる句ですね。敬愛していた方の御霊に寄せる作者の思いが伝わります。
晩夏光大海の北指す小川 市 子
水源地に近い小川の流れを想起する句ですね。壮大な水の循環の中に在る、わたしたち生き物の在る姿へと思念が誘われます。
朝顔や絵日記残し娘の嫁ぐ 初 子
慈しんだ愛娘が嫁いで、実家に遺していった記憶は、親の心の宝ですが、もう二度と帰らない思い出には淡い哀しみが付き纏います。絵日記の朝顔の色合いが目に浮かびます。
青組のお弁当色無き風の中 忠 男
言葉の魔術のような俳味ある句ですね。「青組」という呼称から幼稚園の運動会のさまが目に浮かびます。色とりどりの弁当に「色無き風」という季語を添える技には脱帽します。
梅雨の月こちらを異界と見てをりぬ かづひろ
視点の逆転、しかもあの世とこの世の視線の入れ替わりで、はっとさせられる句ですね。
梅雨寒や一つ階段ふみはずす 糸 子
寒さで体が縮こまり階段を踏み外してしまったという、有り勝ちな景を「一つ」という語を挟んで表現したことで、ユーモラスな句になりましたね。
空気にはなれない二人冷奴 晶 子
よく「空気のような存在」と関係性の希薄さを表現する言葉がありますが、この句はその真逆で濃密な心的関係が表現されていますね。その二人の間の空気を「冷奴」が取り持っているような、少しおどけたような表現もいいですね。
神社なき町に三代祭笛 典 子
祭のそもそもの起源を知っている人なら、この句の感慨に共感するでしょう。祭にはその精神的な支えとなった神社の存在は欠かせません。この句は神社が存在しない新興住宅街でしょうか。それでも地域住民の心が一つになれるような、祭というイベントが欲しいという思いで始められ、維持されている祭のようです。その時代の変化も視野に入っている深い内容の句ですね。
一村を襲ふ百刃いなつるび 游 子
雷光を「百刃」とした比喩が効いていますね。曇天を貫く無数の火花のような雷光が目に浮かびます。
虫時雨一人の夜の流人めく 尚
現代人の孤独感はよく文学の主題となっていますが、それを心の漂流民のようだとした比喩には冴えがありますね。
八月は過去の入口空仰ぐ 安 代
日本の八月は特別な歴史が刻印された季節ですね。二つの原爆の被曝という国民的犠牲を筆頭に、戦後、それまでの価値観の否定に続く混乱の時代へ突入した転換の八月なのです。下五の「空仰ぐ」に、作者の言うに言われぬ思いが顕れていますね。
秋天と海は一枚遠汽笛 玲 子
玲子さんの自分の思いを過不足なく託した的確な情景描写力が冴える句ですね。無駄な言葉が一つもない大きな景と心情表現ですね。
〇「風韻集」から 印象に残った佳句
永き日や余白の刻を海へむく 信 子
家たたむ九十歳は生身魂 光 友
凛とした着物がにあう後の月 一燈子
古井戸の蓋あたらしく梅雨の蝶 チヨ子
新涼や影絵となりし雨巻山 のりこ
太陽に向いて敬礼終戦日 照 夫
繋留の水夫竿持つ鯊日和 健
〇「あすか集」から 感銘秀作
放棄せし開墾畑や虹跨ぐ 巖
荒れ畑を跨ぐ虹の美しさが切ないですね。
暮れ方の白き風聴く軒風鈴 久 子
風鈴の音ではなく、「白き風」を「聴く」としたのが効果的ですね。
ふり向けば月の手のひら肩にあり たか子
月光が「手のひら」のように肩に置かれている、という表現がお見事ですね。
水泳のコーチのペディキュア深紅なり 喜代子
コーチが若い女性であることが、独特の華やぎを纏って表現されていますね。
澄む水に瀬音幽けし魚の影 英 子
中七の「瀬音幽けし」が、趣向があっていいですね。
来し方の愚直の透けて稲光 ヒサ子
自虐的ではなく、しみじみとした感慨を感じる表現ですね。
里芋の葉の小さしと言ひ合ひて 稔
今年は天候の乱れのせいで発育が悪かったのでしょうか。そのことがどうしても話題になる世相が写し取られていますね。
障子開け亡夫に見せる十三夜 キ ミ
無条件にグッとくる句ですね。作者の優しさと孤独感、寂しさがひしひと胸に沁みます。
爽やか譲らるる席軽き揺れ さち子
下五の「軽き揺れ」という心の繊細な「揺れ」の表現に痺れました。
せせらぎを領土としたり群れ蜻蛉 ひとみ
中七の「領土としたり」という占有感の表現が効果的ですね。そういう自然がそのままずっと続きますように、という作者の祈りのような気持ちが託されているようですね。
ひと言の会釈が救ひ秋の雲 都 子
そういうちょっとした心遣いと所作が失われ、世の中が殺伐としてきていますから、「救ひ」に感じるのでしょう。読者も無条件で共感する句ですね。
〇「あすか集」から 印象に残った佳句
おおよそてふ幸せの数栗拾ふ たか子
秋天に安達太良山頂置いて去る たか子
柚子の香を羨ましと星ささめきぬ たか子
参拝の手水の作法水の秋 民 枝
虫籠に幼な児そつとカステイラ 民 枝
裏道の風受け止むる秋海棠 き よ
四阿に拾ふ鉛筆つづれさせ き よ
稲光折れたる先に岬山 照 子
産土神の茅の輪くぐりや家族づれ 妙 子
園児の戯列の乱るる運動会 よね子
村まつり太公望の無言劇 勲
牧柵の白く塗られて今朝の秋 保 子
蝗炒る砂糖多めの父の味 美代子
食卓を文机として暑に耐える 一 青
「ようこそ」の看板朽ちて葛かづら 稔
廃校の真新し里や秋の風 ハルエ
夜の長し手酌の夫の相馬節 静 子
閼伽桶に空ゆらめきて竹の春 富佐子
ふり返る頬のあたりに今朝の秋 幹 一
水青き葉月生れをいつくしむ 真須美
秋日傘やんわり止まるあげは蝶 楓
一人居の広き縁側盆の月 キ ミ
今朝の秋心くすぐる子猫の目 アヤメ
店頭を色どる花束秋彼岸 久美子
遠山の陽射し呑み込む鰯雲 眞 啓
歯科内科眼科通院秋の空 眞 啓
あの家もエコカーテンのゴーヤかな しず子
仲見世に金龍の舞ひ菊供養 新 二
銀漢や相模の海を跨ぎ行く トシ子
稔田や陽を照り返す黒瓦 杏
ブギウギで昭和にかえる神無月 林 和子
隣国の兵士の名残り白木槿 初 生
一鍬をふればすとんと秋の暮 涼 代
匂ひ来る秋の空気や供花を切る 綾 子
秋暑しスカイラウンジ少し揺れ 緑川みどり
うつむいて灯す明るさ秋海棠 宮崎和子
細道のカーブの果ての芒原 ひとみ
秋茜いつしか風の向き変はる 都 子
遠山を串ざしにして稲光 けい子
浦風と西日を抱く帆引船 けい子
曼珠沙華ひとの意見に無関心 邦 彦
十一月「あすかの会・藤の会」合同句会の秀句から 季題「冬温し」・兼題「涙」
◎ 野木桃花主宰句
冬ぬくし右手を隠す龍馬像
イヤホンを外し涙を拭く夜食
陶工の木枯を聴く宮の森
☆ 野木桃花主宰特選句
一度だけ父の涙を冬の虹 ひとみ
☆ 武良竜彦特選句
冬温しやはらかになる受け答え 市 子
◎ その他の秀句から 【支持・評価の高かった順】
手捻りのぐい飲みいびつ冬ぬくし さき子
うそ寒や行き場に迷ふ核の水 都 子
藤は実に明日は明日の今日を生き 尚
湯豆腐や家業畳むと弟は 典 子
ドロップは泪のかたち冬の旅 みどり
石榴からガラスの涙あふれおり さき子
十二月八日語らぬ父の目に涙 市 子
愚痴を聞くことも孝行小春空 みどり
白足袋の畳する音涙雨 英 子
涙飲み作る笑顔のさわやかに 尚
冬温し仏顔なる石ふたつ 英 子
改札を出てそれぞれの秋の暮 さき子
窓開けて右折知らす手冬あたたか ひとみ
理容師にゆだねる頭冬温し 尚 子
古民家にカンテラ灯石和の花 典 子
面会の否はらはらと時雨来る 美千子
干支忘る夫に尋ねて冬温し 都 子
涙活を少し身につけ小春かな みどり
団欒の昭和は遠く八頭 一 青
ゆく秋の胡弓の調べ涙ぐむ 一 青
老の記事ばかり目につく冬の朝 一 青
妣の香の茶羽織を背に冬ぬくし 悦 子
戦場の兵士の涙冬日和 悦 子
茶の花の可憐さ残る散りてなほ トシ子
咲き満つもどこか寂しげ冬桜 トシ子
洋箪笥子に開け渡し冬温し 市 子
冬の朝スマホに友の涙声 和 子
切り替える日々の営み冬ぬくし 礼 子
冬ぬくしほつと区切の七七忌 美千子
初時雨深山の古刹しんしんと 美千子
小春日や薄茶の泡のこまやかに 英 子
肩車されて届くものより林檎狩 かづひろ
面魂涙をもつて鮭吊らる かづひろ
〇 ゲスト参考 武良竜彦の句
冬瓦斯燈富国強兵の夜の底
身の内に滝あり冬を滔々と