あすか塾

「あすか俳句会」の楽しい俳句鑑賞・批評の合評・学習会
講師 武良竜彦

あすかの会秀句 「霾」「映」   2024年4月26日 

2024-05-19 15:04:38 | あすかの会 2022(令和4)

あすかの会秀句 「霾」「映」   2024年4月26日   

 

 野木桃花主宰の句

灯に映えて寺の一樹の茂りかな

風神のいたづら黄砂を巻き散らす

映画館出て黄塵の街ゆがむ

大通り吹き抜く黄砂のふる日和

 

 野木主宰特選

新緑を映して眩し一途な眼       市 子

  武良竜彦特選

鑑真の開かぬ眼黄砂降る        典 子

 

 秀句 選の多かった順

戦塵の紛れ降るやも霾ぐもり      さき子

 

花曇鰡の光の大岡川          ひとみ

看板はわかば薬局黄砂降る       玲 子

 

新緑映ゆる身支度旅衣         市 子

 

ボンネットに黄砂落書きしだす指    市 子

姉の指山折り谷折り春ひと日      都 子

どの山も肩なだらかに笑いけり     さき子

映画果てエンドロールを追う日永    さき子

知恵の輪がはずれたよママ春日陰    礼 子

雪形の仔馬たちまち育ちゆく      玲 子

観音の御手に夕映え初桜        玲 子

結末の苦き映画霾ぐもり        みどり

故郷の景黄砂降る中にあり       みどり

還暦やあへて濡れゆく花時雨      みどり

 

こんなときに召集令状霾晦(よなぐもり)       かづひろ

小綬鶏や踏みつけられし天邪鬼     かづひろ

峠には首無し地蔵忘れ霜        かづひろ

げんげ田に一歩一歩の忍び足      礼 子

春夕暮映画館出る人無口        礼 子

花粉浴び黄砂を浴びて四月尽       尚

自撮りする映えスポットや春の蝶     尚

映画で観るごとき日常春愁ふ      都 子

甘茶掛け小さき仏の声を聴く      ひとみ

風光る海を映して一輌車        典 子

霾や詰襟の首こそばゆし        典 子

大陸の太古の匂ひ黄砂降る       玲 子

行く春や板碑(いたび)の文字を読み切れず    悦 子

 

花冷の寺の回廊いく曲り        さき子

霾天やこめかみあたり揉みほぐす     尚

夕映えの空に影富士長閑なる       尚

花は葉に都電の走る西早稲田      みどり

また一軒解体家屋紫木蓮        典 子

さくら餅笑み交ふ二人緋毛氈      悦 子

面映ゆげな久の二人や花の夕      悦 子

モノレールの車輪撫でてる春休み    悦 子

料峭や山坂多き永田町         悦 子

春の川目ぶ追ふ文字が曲となる     都 子

霾晦続く地震の行く末は        都 子 

降る桜蹲踞し映す奥会津        かづひろ

霾ぐもり青き扉の家ありて       ひとみ

夕映の橋行く影や暮かぬる       ひとみ

箒目の窪みにもあり霾れり       礼 子

霾ぐもり子に見えわれに見えぬ峰    市 子

 

〇 ゲスト参加句 武良竜彦

似た名前呼ばれ振向く目借時

違ふ日に逝きしちちはは黄砂降る

天に臼回す音する穀雨かな

碧眼の映画スターや春の果

 

 

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桜井辰雄氏の書による俳句の出展 日本の書展2023 国立新美術館

2023-06-18 10:51:58 | あすかの会 2022(令和4)

 「あすかの会」2022年度に投句した武良竜彦の句が、書展に出展されました

      夏の霧地獄の門の軋む音     竜彦

                                        「あすかの会」2022年での投句作品

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「あすかの会」2022年-2

2022-11-27 09:22:52 | あすかの会 2022(令和4)

 

「あすかの会」十二月の秀句から 兼題「断 引」 

 

◎ 野木桃花主宰句

少年のふつと白息弓を弾く

危ふきはよもつひらさか夜半の雪

【鑑賞】

 一句目、冬の寒気と少年の白息。矢を射る直前の緊張感が伝わる表現ですね二句目、吹雪の視界の危うさと、冥界に引き込まれそうな命の危機感を投影した表現ですね。

 武良竜彦句(参考) 

枯れてゆくものみな深きかほを見せ

身の量(かさ)を消して枯野の風となる

 十二月の舞岡公園吟行のときの予備句をそのまま「あすかの会」に投句したものです。久々に自分にも吟行句が作れることを体験しました。

【自解】

☆ 野木桃花主宰特選句

大根引く男の背負う地平線        さき子

 三浦半島の大根畑なら下五の景は太平洋の水平線でしょうが、この句では、「男が背負う」のは「地平線」の重さですね。

☆ 武良竜彦特選句

霜柱育ててをりし夜半の月        悦 子  

 冬の凍月の月光が霜柱を育てたのだ、という表見が詩的ですね。

◎ その他の秀句から

心ひらくまでの長さよ冬薔薇       さき子

落葉して木々の瞑想始まりぬ       さき子

 さき子さんの心情投影的造形俳句の見事さは一流ですね。一句目の時間、二句目の内面性の表現。脱帽です。

落葉踏む土塁の底より武者の声      悦 子

 これは世阿弥の夢幻能のような句ですね。ある場所に纏わる歴史的な記憶を呼び寄せるように、過去の死者の魂がいっとき甦る場面のようですね。

スケボーや冬青空を引き回す       典 子

活断層の上にわが町冬ぬくし       典 子

 一句目、超難度の空中技が青空を背景にして目に浮かぶ表現ですね。二句目、この不気味な危機感と、それでも淡々と日々の暮らしはある、という下五の表現の対比がいいですね。

冬の雨錆びつく蔵の大引戸        市 子

榾明り煙草吸う人断ちし人        市    子

一句目、歴史的な風合いを感じる農家の冬の佇まいが見える表現ですね。二句目、屋外で榾火を囲んで談笑している景が浮かび、その中に煙草を吸っている人がいるようですが。いつもは吸っていたのに止めて吸わなくなった人がいたのでしょう。その変化に気付くのは、作者の眼差しが周囲の人に行き届いているからですね。

 日をうけて明日への構え冬木立       尚

しんしんと身ぬちに沈む冬落暉          尚

 一句目、日を受けて陰影を濃くした冬木立に、これからの厳しい季節に対する自分の心構が投影された表現ですね。二句目、眺めているのではなく、美しい落暉を自分の身体に引き付けた表現で、読者にその実感が共有される表現ですね。

淡墨の雲引くかなた冬夕焼        玲 子

決断はあの日夜明けの霜の声       玲 子

 一句目、高く薄く墨を刷いたような冬空の雲、そこに夕焼の朱が微かに滲んでいる景が見える表現ですね。二句目、急に気温が下がり、明け方霜が降りていたという寒気が、逡巡していたことに意を決した契機となったのですね。

枯蔓を引けば大樹のゆれやまず      ひとみ

枯枝でドッジボールのライン引く     ひとみ

 一句目、まるで大樹が自らの意志で揺れているようなダイナミックな表現がいいですね。二句目、昔は原っぱや空き地という子供の遊び場がありましたが、今は皆無に近いですね。そんな空き地遊びの懐かしい一景が浮かぶ表現ですね。

待つといふ静寂にとつと夕笹子      英 子

掻くに埋火の香ほのめけり       英 子

 一句目はまだ整わない鳴き方をしている冬の鴬の声に耳を傾けている状態を「待つといふ静寂」と詩的に表現したのがいいですね。二句目、埋火のほのかな温かさと色合いを「香」で包んで詩的に表現した句ですね。

湯豆腐や恋ともならず寄する箸      のりを

木枯に追はれ追はれて橋渡る       のりを

 一句目、向かい合って湯豆腐を食べた青春時代の思い出の景でしょうか。稔らなかった恋の淡い記憶が湯豆腐といっしょに揺れているようです。二句目、遮る物のない橋で凩に吹かれた寒さが伝わりますね。

ヒーローの引く手数多や冬麗       都 子

断われず一生付き合ふ初昔        都 子

 一句目、二〇二二年のヒーローは誰のことを想定している句がわかりませんが、テレビの年度総括の特集番組で、よく話題になる季節ですね。二句目、関係を断つに断てない間柄の人とのことでしょうか。「初昔」とは本来は大晦日の夜を指す言葉でもありましたが、今は元日になってから前年を振り返る意味で使われています。回想、総括の意味合いのある季語と取合せた旧知の人との関係の述懐でしょうか。

 

 

「あすかの会」十一月の秀句から 兼題「線 荒」 

 

◎ 野木桃花主宰句

短日の闇を引き寄せ五能線

谷から谷へ秋風通わせ送電線

【鑑賞】

一句目、五能線は、秋田県能代市の東能代駅と青森県南津軽郡田舎館村の川部駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線ですね。海沿い、田園地帯、りんご果樹園と移り変わる窓外の景に旅情があります。掲句は中七「闇を引き寄せ」で夜行と冬景色らしい厳しさが感じられますね。今月の句会の最高得点句でした。二句目、高架送電線が秋空を背景に谷から谷へ渡されています。その細い線に沿って秋風も渡っている、澄んだ空気感が伝わりますね。

 武良竜彦句(参考) 

廃線のかなた根の国帰り花 

荒ぶるはスサノオの魂十一月

【自解】

 一句目、役目を終えた廃線は今、見えない魂を根の国に運んでいるのかも知れません。二句目、兄弟喧嘩になって姉が納める高天原を壊して荒れ狂ったスサノオの息吹を感じる十一月の空気です。

☆ 野木桃花主宰特選句

廃線の鉄路まつすぐ枯野断つ    市子

 枯野の色と共鳴するような廃線の赤錆びた直線。侘しさと寒気の厳しさが伝わります。  

☆ 武良竜彦特選句

長き夜やG線上のアリア沁む    みどり

『G線上のアリア』は元々バッハが作曲した『管弦楽組曲第3番ニ長調』の第2曲「エール (Air)」を、ヴァイオリニストであるウィルヘルミがピアノ伴奏付きのヴァイオリン独奏のために編曲したものの通称で、ニ長調からハ長調への移調を行ったために、ヴァイオリンの4本ある弦のうち最低音の弦、G線のみで演奏できることに由来する通称です。掲句は一弦で弾く長く途切れない旋律を、上五の「長き夜」に呼び込んで詠んだのですね。

◎ その他の秀句から

冬囲かく新しき荒筵        市子

稜線をたどれば故郷冬没り日     〃

 一句目、「かく」・・・「このように」という言葉に、万感の思いを込めて詠まれていますね。二句目、山のあの稜線を辿った先がわたしの故郷、という望郷の思いを込めた表現ですね。

くべながら呟くことば落葉焚    みどり

 「くべる」は漢字では「焼る」「焚る」とも書きますが、すでに火は燃えているところに、あらたな材を補充するときに主に使われることばですね。その含意もあって、掲句の呟くように漏れる独語の趣を深めていますね。

黄葉散るカーブに軋む荒川線     尚

まず一献べったら漬を厚く切る    〃

 一句目、荒川線は、東京都荒川区三ノ輪橋停留場から新宿区早稲田停留場までを結ぶ路線で、かつて東京都23区内を中心に40路線を展開していた都電路線が廃止された後、唯一現存する路線ですね。愛称は「東京さくらトラム」。黄葉散る中を、車道と同じ地面のカーブを、車輪を軋ませて走る姿に詩情がありますね。二句目、「厚く切る」の措辞で作者の心の趣が伝わります。

乾鮭や荒塩すでに円びたり      典子

冬晴や緩きカーブの高架線       〃

 一句目、乾鮭(からざけ)は塩引鮭を一晩冷たい流水に浸し陰干しにしたもの。北国の特産ですね。荒塩は海水を原料に作った塩で,塩化ナトリウムのほかに微量の塩化マグネシウム,ヨウ素その他の塩類を含み,塩味のほかに独特の味わいがあるために料理などに特に選んで用いられる塩です。掲句は「円(まろ)びたり」という言葉を使って、それが乾鮭に馴染んできた時間経過を取り込んで詠んでいますね。二句目、冬空を背景に見上げる高架線の景が浮かぶ表現が効果的ですね。

来し方は折れ線グラフ日向ぼこ   玲子

廃線のここがふる里枯葎       〃

 一句目、人生の浮き沈みを折れ線グラフに喩えた句で味わいがあります。卑近な例では新型コロナウイルス感染症の感染状況の報道で見慣れていて、みなさんの共感を得た句です。二句目、線路は廃されて枯葎の駅舎となろうとも、その町に住む人にはそこが変わりなき故郷であり続けるという重さを感慨深く詠んだ句ですね。

冬の雷吃水線の大き揺れ      ひとみ

枯枝を落して空の深さあり      〃

一句目、吃水線または喫水線は船舶が水に浮いているときの、船底から水面までの垂直距離を喫水といい、船舶外部のラインのことですね。荷物を積めば積むほど喫水線は上甲板すれすれまで近づき、ある限度以上積込むと船の復原力がなくなり危険です。掲句ではその限界ラインが雷鳴で揺れているという危機感のあるダイナミックな表現の句ですね。ひとみさんはこのように男性的な景を大胆に詠むのが得意です。二句目、葉が散って枝だけの向こうに空が見えるようになった景ですが、これを「空の深さあり」と詩的に表現した句ですね。

大鷹の一直線に来る速さ      さき子

芒原風を迷子にしてしまう      〃

 一句目、実際は空を過っているのを見ているだけでしょうが、それを力強く「一直線に来る」と、自分の方へ向かっているような動態表現にしたのが効果的ですね。二句目、芒原の広さを感じる句ですね。芒が八方に倒れて荒れた風の様子が残っている景ですね。

帰路の今これが夜寒と言ふべきか  のりを

この樹からあの枝木まで鵙の陣    〃

一句目、俳句の「か」は疑問や問いかけではなく、心の中の「そうに違いない」という感慨の表現なのですね。掲句は一段と冷え込みの厳しくなった様を截然と表現されていますね。二句目、鵙が陣を張っているような表現が詩的ですね。キイキイと啼いて自己の存在感を示す鳥ですね。

蹲の水面荒ぶる初凩        英子 

芭蕉曾良渡しのほとり雪ぼたる   〃

 一句目、蹲(蹲踞 つくばい)は日本庭園の添景物の一つで露地(茶庭)に設置され、茶室に入る前に手を清めるために置かれた背の低い手水鉢に役石をおいて趣を加えたものですね。その水面が初凩で激しく波立って様を切り取った句ですね。

二句目、下五を「雪ぼたる」にしたのが詩情があっていいですね。その舞う中で師弟ふたりが川辺の船着き場に佇んでいるのが見えます。

窓辺なる錫の兵隊神の留守    かづひろ

水の無きプールの枯葉点と線    〃

 一句目、懐かしいですね。錫の兵隊またはブリキの兵隊はヨーロッパの男の子たちになじみであったミニチュアのおもちゃの兵隊で日本でも売られていました。自分で制服や装備品に好みの色をつけて遊んだものです。そんな歴史的な時間を背負って窓辺に佇んでいる景に詩情がありますね。二句目、水のないプールの底の直線、

そこに散乱する点としての枯葉。冬の寒気が視覚化された句ですね。

直線に寄せきて曲線冬の波    悦子

バーコード手首に院内外は冬    〃

 一句目、沖から寄せてきて湾の形に広がる波の形を素直に描写して、その動から静に移ろう姿を捉えた句ですね。二句目、長い入院生活者の、早く治癒して自由に外を歩きたいという思いが伝わりますね。

単線の終着駅に冬菫       都子

星月夜疎遠なる友と夢で会ふ    〃

 一句目、静かな田舎の駅の佇まいを下五の「冬菫」で表現して、味わいがありますね。二句目、もう夢でしか会えないほど距離のできてしまった友。二人の間にある屈折した思いを、遠い星空を仰ぐような気持ちで回想しているのでしょう。

 

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あすかの会 2022年 令和4年

2022-02-01 18:52:45 | あすかの会 2022(令和4)

 

「あすかの会」十月の秀句から  兼題「晩 鳥」

 

◎ 野木桃花主宰句

平橋の向こう反橋秋気澄む

いくばくの風を糧とし鳥渡る

【鑑賞】

 一句目、近景の平橋、遠景の反橋という遠近の景で秋の澄んだ空気を包み込んだ表現ですね。二句目、渡鳥の自力飛行を助ける「いくばくの風」、自然の中の生き物の姿として捉えた表現ですね。

 

 武良竜彦句(参考)  

こぼれ萩捉へどころのなき世論

敗戦の荒野が浄土鉦叩き

【自解】

 一句目、取り散らかしたような印象を受ける萩の落花のさまを、漫然とした世論の比喩にしました。二句目、地獄のような廃墟にこそ浄土のような救いを見出だす心を詠みました。石牟礼道子の精神です。

 

☆ 野木桃花主宰特選句

晩秋の明日へ送る野良仕事          市子

 日暮れの早い晩秋、残った野良仕事は明日続けることにになります。言外に農家に続くそんな暮らしぶりの継承の志しも感じますね。

☆ 武良竜彦特選句

父母知らぬマックを食べて秋夕日       のりを

 ファーストフードはアメリカからのマクドナルドのハンバークを皮切りに、戦後日本を席巻し、日本の食文化を激変させましたね。作者の父母の世代は知らないことで、知ったら嘆きそうです。

 

◎ その他の秀句から

傍線に父の青春秋灯下            さき子

晩年という彩や山粧う            さき子

 二句共、視点と表現技術が冴える、さき子さんならではの句ですね。

晩節に習ふ墨の香秋ゆうべ          玲子

晩鐘の中に帰燕の影よぎる          玲子

 二句共、玲子さんの的確な言葉選びが光っていますね。一句目の「墨の香」、二句目の「晩鐘」の響。 

晩学の一日釣瓶落しかな           悦子

木道二本一望千里の草もみぢ         悦子

 二句共、数字を巧みに使った表現で、悦子さんの実力倍増には瞠目させられます。

虫の夜や身ぬちの火照りもてあます      尚

英文字の駅名の街小鳥来る          尚

 尚さんの句はいつも心澄む静寂感がありますね。一句目は季節の変化と身体の変化の齟齬を噛みしめ、二句目は神戸か横浜の歴史の時間の堆積を感じます。

湖に聴く三井の晩鐘秋惜しむ         典子

鳥渡る山又山を送電線            典子

晩秋や放りしままの竹箒           典子

 一句目、「三井」は三井寺の略称でしょう。三井の晩鐘は近江八景の一つとしても知られています。その歴史をそのまま読み込んでも詩になるのが俳句の力ですね。二句目、「山又山」のずっと続く空間の奥行の表現がいいですね。三句目、場面性、物語性のある見事な一瞬の切り取り俳句ですね。

結髪に差すかんざしや鵙日和         ひとみ

晩婚の父母の子なりや新松子         ひとみ

 一句目、秋の高い空の下の女性の姿が浮かびます。二句目、両親の年齢が高い分、慈愛の眼差しを感じますね。「新松子」が自己投影的で愛らしく。

縫ひ直すはやりの服や色鳥来         都子

主居ぬ戸袋に巣食ふ椋一家          都子

 一句目はリメイク文化とその作業をする心の状況、二句目は人口減少社会の一断面が具象的に表現されていますね。

含みみる新酒のかほり透き通る        みどり

蘭匂ふパリの都の鳥瞰図           みどり

 一句目、香を透きとおらせた表現、二句目も香と俯瞰的視座を合わせたのが効いていますね。

初時雨しづく譜となる風の韻         英子

神木てふ巨いなる杉実をこぼす        英子

 一句目、音譜ということばを分解して、しずくに寄り添わせた表現が巧みですね。二句目、日本人の大樹信仰には自然への敬虔な畏怖心がありますね。

露天湯へつづく薄闇虫の声          かづひろ

晩秋の光あまねき天守閣           かづひろ

 かづひろさんの句はいつも、失われた日本の景に対する慈しみがあって、しみじみとさせられます。

病がちの考の晩年菊供ふ           市子 

 「考」は亡父のことで、亡母の「妣」に相対する慈しみのことばですね。

ばあさんが大根焚きて迎へおり        のりを

 「ばあさん」とひらがな書きにして、庶民的な温かみがありますね。

 

              ※             ※

 

「あすかの会」九月の秀句から  兼題「消 私」

◎ 野木桃花主宰句
ひつそりと言葉たくはへ吾亦紅
天高しわたしに伸び代あるやなし

【鑑賞】
 一句目、吾亦紅は秋に枝分かれした先に穂をつけたような赤褐色の花をつけます。そこに、言葉を蓄えているようだという表現が詩的ですね。二句目、七十歳超えると、自分にはもうこれ以上の「成長」はないように思えてきますが、秋の澄んだ高い空を見上げていると、そんな限界などありはしないのだ、とも思えてきますね。 
 
〇 武良竜彦句(参考)  
慈悲相の被爆のマリア薄紅葉
晩秋や戦下の子らの消息を

【自解】
 一句目、長崎には九州に居たこころ何度も行きましたが、被曝したマリアの首には衝撃を受けました。何度も句に詠んでいます。二句目、兼題の「消」を使った句。「消息」という言葉を思いついた瞬間にこの句ができました。ウクライナのことが念頭にあって。

☆ 野木桃花主宰特選句
色のなき風のなか行く私の歩       英 子 
  
 兼題の「私」を使った句ですが、「我が歩み」ではなく「私の歩」としたのが効果的ですね。

☆ 武良竜彦特選句
法話聞く正座に涼し私語のあり      かづひろ

 静かで厳かな雰囲気の中で、話の切れ間に囁かれた私語。話の内容にそった感銘の言葉が漏れたのでしょう。季語の「涼し」を「正座」と「私語」の間に入れたのが巧みですね。

◎ その他の秀句から
居待月私の時間始まりぬ         玲 子

 「私の時間」という引き付けた表現がいいですね。

消せぬ悔いひとつ銀漢仰ぎをり      ひとみ
 人生は変動するものですが、苦い思いの中には、星空のように永く不変のものがあるという表現ですね。

矢印は消火栓へと秋高し          尚
 秋の防災運動の季節柄、いつもは見逃している「矢印」に目がいってしまったという自然な表現に共感しますね。

私に及ぶ黄葉の齢かな          市 子
 「ような」という比喩表現にしないで、「私に及ぶ」という実感表現にしたのが効果的ですね。

枝折戸のしきりに哭くや初嵐       英 子
 枝折戸という言葉が効果的ですね。折り曲げた青竹を框として、それに割り竹で両面から菱目模様に組み上げ、前後の重なりを蕨縄で結び付けてつくる、略して枝折ともいう純和風の戸ですね。内外露地の境に設けられる木戸で、茶庭では露地門として使われます。それが「初嵐」で軋んでいる、と。

出無精になつた私を花の風        典 子
 「を」が絶妙です。「に」だと静的ですが、「を」で誘われているような動的な効果がでますね。

清水にも濁り水にも今日の月       みどり
 「濁り水」で水害や、世相の倫理的な濁りなどが暗示されていますね。それでも天の月は均しくどこにでも降り注いでいるという浄化表現が詩的ですね。

便利さが村を消しゆく吾亦紅       典 子
 典子さんにしては珍しく直接的な思いの表明表現ですが、そう言いたくなるほど、現代文明の歪みへの思いが強いのでしょう。

無防備に木通の裂けてきたりけり     さき子
 「無防備に」と自分の気持ちを投影してずばり言い切ったのが効果的ですね。
 
「三斗蒔」てふ名の戸籍秋の風      悦 子             
 悦子さんのお話では、土地が貧しくて、三斗くらいしか米の収穫が見込めない場所という意味の旧地名だそうです。嫁ぎ先の「戸籍」にそれが刻印されているのを知っての、深い感慨句ですね。
          
秋の雲風の中なる横浜港         のりを
 広い港湾の風景を、風の中に表現して爽やかですね。

あの人もこの人も消ゆ愁思かな      都 子
 高齢になると親しくしていた人たちが、一人、また一人と先に冥界に旅立たれるという体験が多くなります。その喪失感がじんわりと心に響きますね。



            ※                    ※


「あすかの会」八月の秀句から  兼題「開 追」

◎ 野木桃花主宰句
胸襟を開き水澄むところまで
渡り鳥孤高の影を水に置く
風強み笠雲脱ぎし朱夏の富士

【鑑賞】
 一句目、特定の場所ではなく、「水澄むところまで」としたのが、心が澄みきるまでという内面表現になっていて趣がありますね。二句目、「水に置く」で水面に静かに浮いているさまが見えて「孤高の」と響き合っていますね。三句目、笠雲がとれて空全体が晴れ渡ってゆく富士の姿ですね。季語の「朱夏」に相応しい景ですね。
 
〇 武良竜彦句(参考)  
遠花火記憶の奥の闇開く
追伸に十七音の秋を置く

【自解】
 一句目、近くで見上げる打ち揚げ花火ではなく、「遠花火」は深く記憶の闇に閉ざされていた何かを呼び起こす力がありますね。二句目、追伸に俳句を添えた書状という情緒を表現したつもりです。
 

☆ 野木桃花主宰特選句
片陰や過去の私とすれ違う                      さき子

炎天下の狭い「片陰」の中を、肩を触れるばかりに人とすれ違ったとき、その人の佇まいに、過去の自分と同じような雰囲気を感じて、いろんな思いが込み上げたのでしょうか。   

☆ 武良竜彦特選句
消息はあへて追はざり草の絮                     英 子

 人間関係の機微を巧みに詠んだ句ですね。もっと踏み込むほど親しくはないが、傍観するほど遠い関係でもない、その中間で揺れつつ、ここは踏み込まず見守っていようと最後に決心した、心の機微が伝わる表現ですね。季語の「草の絮」のふわふわ感も効果的ですね。

◎ その他の秀句から
声援の追ひ風となり運動会                      玲 子
秋高し満開に干すユニホーム                      〃

 二句とも、玲子さんの的確な描写表現が生きる句ですね。一句目は声援の「声」を追い風という力とする運動会、二句目はたぶん一人分ではなく部活の複数の選手のものが秋空に一斉に翻っている開放的な景が見えます。

開かずの間みな開け放し盆用意                    英 子
 仏間は、普段は閉じているようなイメージがありますね。そこも含めてすべての部屋を開け放って、祖先の霊を迎える用意をしているさまが見えますね。 

追伸にやうやく本音流れ星                       尚
水じゃぶじゃぶ使へる平和原爆忌                    〃
開演のブザー高鳴る夏芝居                       〃

 尚さんの、心情の動きを細やかに表現する手法が生きている句ですね。一句目は書状の本文で触れることを逡巡していた気持ちの揺れ、二句目は今の有り様と対比しての原爆禍に寄せる思い、三句目は屋外の夏芝居の開演をわくわくして待っている人々の熱気まで伝わりますね。

追伸は森の奥よりつくつくし                     さき子
夏草や金属音に刈られゆく                       〃

 一句目、書状に喩えるなら、という表現ですね。本題は夏の空気感、追伸が森から聞こえてくる法師蝉の声というわけです。二句目、「金属音に」の「に」が効果的ですね。

空蝉の軽さと思ふ開放感                       典 子
追へば逃げまた追いかける飛蝗かな                   〃

 一句目、七年間、地中で纏っていた殻を脱ぎ捨てて、空に飛び立った蟬の姿で、開放感を表現しましたね。二句目、少年の無邪気な姿に感情移入、または少年になり切って躍動的に、楽しそうに表現しましたね。

夏雲の真下に飛ばす旅心                       みどり
青田波風より速き雲の影                        〃
葉漏れ日や枝先の蟻透き通る                      〃

 一句目、夏雲が誘う旅心を「真下に飛ばす」としたのが効果的ですね。二句目、青田の稲の波は目には見えない空気の流動の視覚化表現ですね。その動きより早く
雲の影が流れてゆくという、天と地双方の流動感で爽やかな景が広がる表現にしましたね。三句目、「葉漏れ日」の中ですから、その場所にスポットライトが当たっている景ですね。蟻の体が飴色に半透明に輝いて見えたのでしょう。

電柱の影の際立つ秋はじめ                      悦 子
母に子の後出しじゃんけんさくらんぼ                  〃

 一句目、秋になると空気が澄んできます。ものの影が濃くなったような、視界がクリアになった感じをうまく表現しましたね。二句目、幼児と母がジャンケン遊びをしているのでしょう。まだグーチョキパーの手の形がうまくできなくて、どうしても母に対して後出しジャンケンのように見えるという微笑ましい景ですね、さくらんぼが小さい子のグーの形のようで可愛らしく効果的ですね。

見送りの振る手を収め秋の風                     ひとみ
秋夕べ音の伝はりゆるやかに                      〃
秋はじめそろりと開く合否の封                     〃

 見送った人が見えなくなり、手を降ろしたとき、ふと秋の気配を感じたのですね。詩的な表現ですね。二句目、夏の間は物音に棘があるように感じていたのが、秋になって優しくやわらかに感じたのを、「ゆるやかに」という時間の流れで表現したのが効果的ですね。三句目、待っていた、何かの「合否」の通知の封筒を開封するときの、揺れる気持ちを効果的に表現しましたね。

シャワー浴ぶ切開の痕生々し                     市 子
追ひ風に色ます朝の青田原                       〃

 困難な手術の体験をした者なら、日常のシャワータイムのたびに感じるこの思いに、共感ひとしおでしょう。二句目、青田原が次々に押し寄せる風に、揃って葉裏を見せるので、まるで色彩の鮮やかな点滅のように見えるという景が見えますね。

開門衛士の直立秋の蟬                       かづひろ
湯の宿の灯りて烏瓜の花                        〃

 かづひろさんが詠む俳句の景は、分厚い歴史的な趣が感じられますね。一句目は万葉集にも詠まれた「衛士」の姿が浮かびます。二句目、宿の灯と烏瓜の花の取り合わせにもしっとりとした歴史が感じられますね。


※                   ※

「あすかの会」七月の秀句から  兼題「玉・居」

◎ 野木桃花主宰句
玉手箱雷神沖に轟けり
鍵かけて留守居を頼む家守かな

【鑑賞】
一句目、浦島太郎が体験した玉手箱から出た煙幕による、時の急速な進行という目の眩むような激変と驚きと戸惑いを、沖の雷神の響で表現されました。二句目、「家守」という言葉と響き合う、留守居を頼むという表現がユーモラスですね。「わたし、ちょっと出かけるけど、留守番、よろしくね」という感じでしょうか。マンションではだめで、趣のある一軒家を感じますね。

〇 武良竜彦句(参考)  
浜日傘太平洋にジャズが湧く  

【自解】
 太平洋に臨む解放感のある夏の浜を、遠くアメリカ大陸とも響き合うジャズで表現してみました。

☆ 野木桃花主宰特選句
曝書しては軽くなりたる父の遺書   悦子

父の死の直後は、その遺書の内容が重く感じられていたが、自分の成長という経年後、その重さが心理的にも軽減してきていることを、曝書後の質量感で見事に表現しましたね。     

☆ 武良竜彦特選句
渺々たる麦畑にぽつり開拓碑     悦子 

一面の荒野だったところに入植した開拓民の、血のにじむような苦闘の結果としての、この広大な麦畑。その中にまるでその歴史の証言者のように佇む記念碑。その苦難に思いを馳せた句ですね。悦子さん、野木特選と武良特選のダブル受賞。最近の大躍進には瞠目します。 

◎ その他の秀句から
傍線を引く緑陰のヘッセかな     さき子
いさかいの一部始終を金魚玉      〃

 一句目、青春時代、夢中になって書を読み込んだ記憶。充実の時間がありましたね。若者を引き付けるものがヘッセの小説には確かにありました。二句目、家庭内のちょっとした「いさかい」のすべてを見ているのが、金魚玉の中の金魚たちと言う外し方がユーモラスですね。

鎖場の岩に手を掛け玉の汗      尚
玉(たま)陵(うどぅん)の異界のごとき墓涼し     〃

 一句目、険しい岸壁状の登山道の鎖場でしょうか。足場が不安定で緊張する場面ですね。岩の突起に手を掛けてひと息ついているのでしょう。その額の汗にクローズアップする表現が効果的ですね。二句目、玉陵は琉球王国、第二尚氏王統の歴代国王が葬られている陵墓。全体のつくりは、当時の板葺き屋根の宮殿を表した石造建造物で、三つ別れた墓室その外は大きな壁のように聳えて見えます。遺骨の状態によってその三つの墓室を順に替えていくようです。本土の人間には墓というより、まさに異界ですね。

緑さす野外保育の紙芝居       英子
扇子もて居住まひ正す躙り口      〃

 一句目、上五から下五へ、広い野外の景、その中の一点をなす「紙芝居」に集約してゆく表現が見事ですね。子供たちの視線もその一点に向けられている様子が浮かびます。二句目、茶室での心持と所作の一瞬を切り取りしましたね。

畝立てる一ㇳ鍬ごとに玉の汗     市子
夕端居亡父の好みし石の庭       〃

 一句目、市子さんの労働歌には実存の手応えがありますね。二句目、自分で造園されたのでしょうか、石の庭が涼し気で亡き父上の人柄が偲ばれます。

人間の建てしタワーや雷を呑む    ひとみ
百日紅鷗外旧居の縁の疵        〃

 一句目、下五を「雷を呑む」とダイナミックに表現したのが効果的ですね。句会で女性のひとみさんの句だと判って、感嘆の声があがりました。タワーと人為の建造が雷光と闘っているかのようです。二句目、鷗外の九州勤務時代の遺跡を見学したときの記憶の句。百日紅に時間の経過を感じますね。

旧交の夕涼までの長居かな      玲子
玉垣を抜ける光や蟻の列        〃

 一句目、ゆったりとした時間の流れの伸びやかさに、二人の友愛の歴史の厚みを感じますね。二句目、玉垣は神社の聖域を囲む垣ですから、神社詣でをしたときの句でしょう。光の表現と蟻の列、神社特有の森閑とした雰囲気が浮かびますね。

隠された真実顕玉の汗        都子
 隠蔽した側には冷や汗でしょう。追及する正義の熱い汗と、二種類の汗が交差していますね。

痒き所探り当てたり竹婦人      のりを
 痒みはその発生場所が移動して、どこが本当の痒い所か、突きとめるのに苦労します。下五で横になって、体が冷えてきている時間経過も感じますね。

梔子の白極まれば錆淡く       かづひろ
 梔子の花は「一日花」で、開花した翌朝には黄色く萎れてしまいます。肉厚の真っ白が極まった状態に、翌朝には黄ばんでしまう予兆を感じている句でしょうか。 

夏芝居テント揺るがす泣き笑い    悦子
 夏場に仮テントで興行する大衆演劇の雰囲気が見事に表現されていますね。



※                   ※


「あすかの会」六月の秀句から  兼題「味・連」

◎ 野木桃花主宰句
手鏡に青空を溶き風涼し

【鑑賞】
「青空を溶き」で、梅雨入り前の空の爽やかさを、その手にしているような表現ですね。

〇 武良竜彦句(参考)  
五月雨や横浜(はま)は大砲(おほづつ)隠し持つ  
【自解】
 横浜だけでなく、東京湾には外国戦艦を排撃するための御台場がありました。今は平和な港町の横浜も、どこかに大砲を隠しているような趣があります。反撃能力を高めるべきだという世論の勃興に、どことなく不安を禁じ得ません。

☆ 野木桃花主宰特選句
連獅子の風の渦巻く夏芝居      玲子
連獅子は歌舞伎及び日本舞踊の演目の一つで、能舞台を模した松羽目の舞台に、二人の狂言師右近と左近が現れ、舞は文殊菩薩の霊地である清涼山にかかる石橋を描写し、連獅子の毛と衣で親子の獅子を模して、獅子の子落としの伝承を再現します。その舞台が「渦巻く」風を起こしているという景が見えます。     

☆ 武良竜彦特選句
手作りの味噌玉樽にねせて初夏    市子 
「味噌玉」樽に「ねせて」という伝来の手法を表現して、味わいがありますね。 

◎ その他の秀句から
海碧し摩文仁の丘の蟻の列      さき子
 沖縄慰霊の日の摩文仁の丘に立つ、戦没者の名前を刻んだ慰霊碑への、喪服姿の参列の様子が浮かびます。比喩的表現が効果的ですね。

戦跡滴り重き洞(がま)の闇         悦子
 沖縄戦で洞に避難した民間人が多く犠牲なりました。それを洞の闇と滴りの表現にしたのが効果的ですね。

糠床の太き指跡夏大根        悦子
 大きい指跡ということは男性のものでしょうか。何かの都合で糠床を任せられた男性の姿が浮かびますね。

冷酒や塩味ほどよき一夜干      典子
 夏らしいさっぱりとした味が、視覚的にも感じられる句ですね。

軍港と今も言はれてペリー祭     尚
 一八五三年七月十四日、ペリーは久里浜に上陸しました。この時期に毎年開催されるのが、ペリー上陸を記念した「久里浜ペリー祭」です。久里浜は軍港ではありませんが、基地の街、横須賀にあるので広い意味で軍港と呼ばれてしまいます。ほんとうは「開国」の象徴の地なのですね。

青春のビートルズ三昧梅雨籠     都子
 この句のぴったり当てはまる世代が「あすか」には多く、共感を呼びますね。下五もぴたりと決まりました。

昨日より今日の歩幅や梅雨夕焼    ひとみ
 「歩幅」と表現したことで、日々の身体能力や、精神性の進展を感じる句になりましたね。一歩、歩みなどでは出ない効果ですね。下五を梅雨夕焼としたことで、ウォーキングに励んでいる人の姿も見えますね。

一本の大樹の中や蝉時雨       のりを
 まるで蝉の声が大樹の中から湧いてきているようだという表現が効いてますね。

関守石据ゑし茶庭や糸とんぼ     英子
「関守石」は留め石、関石、極石、踏止石とも言い、丸い石に黒い棕櫚縄を十文字に掛けたもので、二又の分かれ道となっている一方を塞ぐのに使います。その先で茶会などを催している場合に、正しい道順を示して誘導する役目があります。下五に「糸とんぼ」を置いて、まるでそれが綺麗な矢印に見えますね。英子さんは実力派で、福島からの郵送投句のご参加です。今後も秀句を期待しています。

行商のひもとく新じゃが瑞々し    かづひろ
 かづひろさんは他の「火夫」の句にも秀句がありましたが、こういう句も風情があっていいですね。



            ※               ※

「あすかの会」五月の秀句から  兼題「多・短」

◎ 野木桃花主宰句
多感なる少年青蔦通せんぼ
憶念の回向柱や梅雨の蝶
北斎館ひかり多彩に祭山車
緑陰をまつすぐゆけば無言館

【鑑賞】
 一句目、「青蔦通せんぼ」に多感な思春期の屈折感が表れていますね。二句目、「回向柱」は善光寺の御開帳の際に、本堂の前に建てられる大きな柱。蝶が人の魂の象徴のような表現ですね。三句目、この吟行で北斎画の魅力を再認識されたそうです。四句目、「まつすぐゆけば」に、真直ぐ生きられなかった戦没画学生たちへの供養の思いが籠っていますね。 

〇 武良竜彦句(参考)
草田男は多作われは寡作や夏来る
【自解】
草田男の「毒消し飲む我が詩多産の夏来る」の本歌取りの句です。「草田男は多作」までが上五の字余り表現の句です。

☆ 野木桃花主宰特選句
糸蜻蛉風の死角を捉へけり      かづひろ
 命の営みの不可視のものを可視化する詩人のまなざしですね。

☆ 武良竜彦特選句
万緑へマスクの顔を捨てに行く    典子
 長引く疫病禍の閉塞感からの早期脱出願望を、きっぱりと表現されましたね。

◎ その他の秀句から
先を行く多感な背なや夏祭      市子
短パンの少女米とぐ日焼けの手    市子

 一句目、反抗期、親と並んで歩きたがらない背中に、この時期特有の屈折感を感じる表現ですね。二句目、こちらは一転して、快活で家族に溶け込んでいる真直ぐな姿ですね。思春期の二様態を、その違いを鮮明に表現しましたね。

散りてなほ匂ふ花桐多佳子の忌    悦子
孤島めく西日にゆがむ核の町     悦子

 一句目、葛藤の多い多佳子の内面性や作風を大きな「花桐」に象徴させて詠みましたね。二句目、辺鄙な場所を選んで造られた原発施設のある町を、象徴的な表現で捉えましたね。

交番の四角に灯る五月闇       さき子
「四角」が「死角」だったら怖い闇ですが、この句は町の安全を守る灯が照らす闇ですね。

片かげり多弁な母と父の黙      ひとみ
 夏の「片かげり」の日差しの濃淡で、父母性の違いをうまく表現しましたね。

白シャツや言葉短く過ぎし人     玲子
 夏の活気に溢れる巷の景の一瞬を、みごとに切り取ったような句ですね。

短夜や階下に夜泣きあやす声     みどり
 まるで身内感覚のように引き付けた、同じマンションの「階下」らしい表現が効果的ですね。子育ての大変さに共感する心の動きが感じられます。

梅雨けぶる芭蕉も訪ひし多賀城碑   尚
 なぜ「梅雨けぶる」なのか。今、多賀城祉は広い敷地跡に大きな礎石が風雨に晒され点在している状態です。芭蕉が訪れたときはもっと荒涼とした草叢状態だったでしょう。多賀城市は朱塗りの建物と立派な門を復元し、観光の起爆剤にする計画を発表しました。私の知人の多賀城市とその近隣に住む俳人たちは、その俗悪な計画に批判的です。芭蕉が訪れたときに近い姿のままにしておくのがいいのだ、と。この句の「梅雨けぶる」はそういう意味で、そんな城址の景が浮かんできますね。

処方箋胸に抱えて青葉風       都子
 医者が書いた処方箋を抱えて、近くの薬局に向かう束の間の路上で「青葉風」に吹かれたという景ですね。病状が快方へと向かう祈りのような思いが伝わります。

手花火や君に昔のおさげ髪      のりを
 中七が「君の昔の」だと、手花火から重点が動かず、おさげ髪の「君」をただ回想している表現になりますね。「君に」としたことで、視線は君の方に動き、手花火をしている、目の前にいる「君」に、おさげ髪の「君」の面影を見出している、という詩情溢れる表現になりますね。


             ※         ※

「あすかの会」四月の秀句から

 兼題「受・黙

◎ 野木桃花主宰句
新社員垂直に押す受領印
牡丹の芽ゆるりと解かれ無為の午後
ひと言に黙深くなる彼岸寺

【鑑賞】
 一句目、新入社員の緊張感と初々しさが伝わりますね。二句目、「無為の午後」は虚しさではなく、平和な安堵感がありますね。「ゆるりと解かれ」でそれが表現されていますね。三句目、「彼岸寺」なので、誰かのひと言にそれぞれが故人を偲んで思いを噛みしめていることが伝わりますね。

〇 武良竜彦句(参考)
さくらさくら黙禱のごと句詠む人
春の野は嘴を持つもののため

【自解】
 一句目は散る桜の花を楽し気に観ている人だけではなく、祈るような面差しで観ている人もいるという感慨の句です。二句目は囀りの季節を迎えると春の野は人間のためだけのものではないのだなと思った感慨の句です。

☆ 野木桃花主宰特選句
黙禱を川へ短く出水跡         市 子
 「短く」という表現で、込み上げる追悼の悲しみを堪えているような効果があり、詩情が深まっていますね。

☆ 武良竜彦特選句
囀や五年三組黙食中          ひとみ
 「五年三組」という具象化した表現が効果的ですね。コロナ禍で給食の時間の、楽しさの体験もできないでいる子供たちへの、優しい眼差しを感じる句ですね。

☆ その他の秀句から

受け身こそ風孕む術凧日和       みどり
桜ごと売りに出てをり家屋敷       〃

 一句目、凧が空を舞うことができるのは、上手に風を捉えて受け身でいるからですね。そこに普遍的な真理が立ち上がる表現ですね。二句目、高齢化社会の象徴的な景ですね。きれいに造園された庭を桜で象徴的に表現して、家ごとそれが平地にされてしまうことへの複雑な思いが伝わります。

永き日やわれに不毛の文机       さき子
黙々と苺つぶしてすねている       〃
目を開けて人形眠る春の闇        〃
ブランコを乗り捨て子等は戦火の地    〃

 一句目、「不毛の」がすごいですね。時間をかけて新句を詠んだり推敲したりしたのでしょう。でも今日は成果があげられなかったという失意の表明でもありますが、逆にそれでも挑み続けようとする意思を感じますね。二句目、可愛らしい子供の反抗期の一面が微笑ましく表現されています。三句目、和人形のある種の怖さのような神秘的な雰囲気が感じられますね。四句目、ロシアのウクライナ侵攻という悲劇的な時事を、こんな形で詠めるのはすごい表現力ですね。

さくらさくら冷泉邸の黙深し      悦 子
受験子を預かりひたすら微塵切り     〃

 一句目、「冷泉家」は藤原北家の左家(二条家)の流れを汲む公家・華族にして、冷泉流歌道を伝承しています。明治維新によって多くの公家は明治天皇に従い東京に移住しましたが、御文庫を擁する冷泉家が京都に残った事で、結果として膨大な至宝は関東大震災と東京大空襲による被害を免れました。この句の「黙深し」はそんな歴史を背景にしたものですね。二句目、受験勉強をしている預かった子のための世話を「微塵切り」に象徴させて詠んだのが効果的ですね。

沈没の旗艦の黙や春嵐         典 子
春キャベツ地方発送受付中        〃

 一句目、ウクライナ軍の反撃で沈没したロシアの旗艦のニュースが想起されますね。日本の歴史にもそんな苦い出来事が刻まれていて、深い内容の句になりました。二句目、これはもう春らしい明るさと元気を感じる句ですね。

外つ国に未だ戦禍あり霾ぐもり      尚
角打ちに誘(いざな)はれゐて春の宵    〃

 一句目、ご夫妻でロシアの暴挙に心を痛めている句を詠まれました (参照、典子さんの句) 。二句目、句会の席で尚さんに教わったのですが「角打ち(かくうち)」とは、升の角に口を付けて飲むことから、酒屋の一角を飲酒スペースとして仕切って立ち飲みする意味になった言葉だそうです。下五の「春の宵」が効いていますね。

夜桜やひととき黙す二人連れ      玲 子
幾代を受け継ぐ味や花菜漬        〃

 一句目、ライトアップされた夜桜を見上げている景ですね。どんな「二人連れ」でしょうか、誰もが無口になる普遍的な一瞬を切り取りましたね。二句目、「花菜漬」からそれを食する景ではなく、伝統の味を守っている老舗へと場面の奥行を広げて詠んだのがいいですね。

野に遊べ風にあそべと犬ふぐり     かづひろ
春潮は茶房の点字メニューかな      〃

 一句目、人間だけの景ではなく、路傍の花と戯れる風の表現にして味わい深いですね。二句目、句会の合評では「春の潮」で切って中七下五を添える表現が自然ではないかという意見も出ましたが、前衛系の人にはこのような「は」の使い方をする方もいますので、その表現意図を尊重して鑑賞しようということになりました。

窓の玻璃歪み少々花は葉に       のりを
春眠に覚めてまだ寝る頭脳かな      〃

 一句目、今のような製法が確立していない時代の硝子には歪みがありました。そんな歴史を感じさせる古くて落ち着いた家屋の中からの景で、詩情がありますね。二句目、体と頭がばらばらになっているような、春の眠気を効果的に詠まれました。

受け入れると言ふは易しよ春の虹    ひとみ
 時節柄、ウクライナ難民の「受け入れ」に関する、ある種の困難さの問題も想起される表現ですが、そう鑑賞しなくても、人間の心理の綾が感じられる句ですね。

受け流すあとの侘しさ夏座敷      市 子
 棘を感じる言葉に対して、言い返しもしないで受け流し、私憤を押さえているのでしょうか。そうして堪えることで、また新たに言いようのない「侘しい」思いがこみ上げてくる、という複雑な思いの現れですね。

                   ※                      ※

「あすかの会」三月の秀句から

 当日、開会に先立って野木桃花主宰から、同人の白石文男さんのご逝去が報告され、みんなで悼句を捧げるという目標を確認し合われました。文男さんは「あすかの会」発足当時からご主導いただいた方であり、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

◎ 野木桃花主宰句
天に月地に菜の花の黄をこぼす
霞む日に御霊彷徨ふ遠流の地
放映の空爆の街残る雪

【鑑賞】
 一句目、日向でも菜の花の黄色は鮮やかですが、暮初めた薄闇の中でもそこだけ明るく日差しが残っているかのように見えますね。二句目、出雲大社に吟行されたときの一句だそうです。島根半島の北の海上に位置する、かつての流刑地、隠岐の島を遠望して詠まれたのでしょう。故郷に戻ることなく流刑の地で果てた御霊への弔句ですね。三句目、ロシアの武力によるウクライナの侵攻という時事を、直接的に言葉にはせず、国境を越えた国際報道でそのことを知ることの、複雑な思いが下五の「残る雪」に込められていますね。

〇 武良竜彦句(参考)
水爆実験を「ブラボー」と呼ぶ三月来

【自解】
一九五四(昭和二九)年三月一日未明、アメリカは太平洋ビキニ環礁において広島型原爆の約千倍の威力をもつ水爆実験(ブラボー)を行い、この核実験によって、マーシャル諸島の人びとや、多くの日本漁船などが被災。静岡県を母港とするマグロ漁船「第五福竜丸」が、実験海域近くで操業中に水爆実験による死の灰を浴び、乗組員二三人が被爆した日。「第五福竜丸」の被爆を契機に、日本中で原水爆実験反対運動が巻き起こり、三月一日は日本の反核運動の始まりの日となりました。広島長崎に次ぐ三度目の被爆で、放射能汚染による放射線被曝として数えると二〇一一年三月の福島原発事故は四度目の「被曝」でもあります。そのことを詠みました。

☆ 野木桃花主宰特選句
地の塩となれと口ぐせ受難節                      玲子

「地の塩」は社会のために尽くして模範となる人のたとえ。「新約聖書―マタイ伝・五」の一節、「山上の垂訓」として知られるイエスのことば。「あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか〈略〉人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい」とあります。中村草田男の「勇気こそ地の塩なれや梅真白」は有名ですね。玲子さんのこの句は、そんなことを踏まえた含意のある句ですね。玲子さんは今年の「あすか賞」を受賞された実力派ですね。今回の別の句「積み上がる地元の香り三月菜」も、確かな表現力を感じる句でした。

☆ 武良竜彦特選句
沈黙という会話あり春炬燵                      さき子

 さき子さんは抽象名詞を造形的な具象俳句に転換して、エスプリの利いた箴言的な表現にすることに長けた方ですね。この句も「沈黙」という抽象名詞を使って、人が会話するのは何も「言葉」だけではありませんよ、という真理を衝く表現をされました。下五の「春炬燵」と季語も効果的で、ほのぼのとした「黙」の温もりが伝わりますね。別の句「かさと音立てて余寒を投函す」も同様の秀句ですね。

☆ その他の秀句から
山畑の土濃く匂ひ花辛夷                        安代
卒業歌ふるさとの海真っ平                       安代

 安代さんの安定した表現力も「あすか」同人中、屈指の定評がありますね。二句目は特に、臨海都市にある学校の卒業式が思い浮かぶと同時に、「海真っ平」という思春期の心模様まで包み込むような表現ですね。また卒業後の生徒たちの未来が平な道だけはないだろうという思いも暗示されているかのようですね。

沢音の定まり来たる木の芽時                     のりを
 のりをさんの、最近の大ヒット作でしょう。「沢音の定まり来たる」とは、言えそうでなかなか言えない表現ですね。「木の芽時」に向かって何か整いゆくような空気感まで伝わります。

あたたかや小さき坂に名前なく                    ひとみ
種袋振れば歓喜の歌聞こゆ                      ひとみ

 ひとみさんは着実に実力がアップしてきていますね。一句目のフォーカスの絞りと切り取り、二句目は日野草城の「もの種のにぎればいのちひしめける」と比肩する表現ですね。 
   
まだ戦火燃え立つ星に花便り                       尚
 実感から立ち上げる実存俳句を得意とされる尚さんが時事ネタを詠むと、こんなに哀調を帯びた祈りのような句になるというお手本のようです。この句における時事とはもちろん、ロシアの軍事侵攻のことでしょう。

合掌家の佛間はま中朝さくら                      悦子
 悦子さんも着実に実力つけて来ていらっしゃいます。合掌造りの歴史ある旧家はその間取りの真中に仏間がある、という「発見」の句ですが、昨今のマンションなどは仏間も仏壇さえないという風潮への批評性も立ち上がる表現ですね。

信ずるに理由は要らぬ櫻貝                      みどり
 みどりさんは両親を短期間に続けて亡くされた後の「喪の仕事(モーニングワーク)期」という命の喪失体験を経て、その直後、今度は初孫の誕生という命の手応えを感じる体験をされたそうです。この句は理屈など無用の、命の直接性に触れた想いが溢れていますね。心の喪も明けかかっているかのようです。

喜びのメールの絵文字初出社                      市子
 市子さんのモダンな側面が感じられる表現で、合評会で作者名が明かさたれ時、感嘆の声があがりました。こんな弾むような新境地の句も、今後、どんどん詠んで欲しいと思います。

収まらぬ大地のひずみ余寒なほ                     典子
 典子さんは複数の闘病で、「あすかの会」には欠席投句続きでしたが、久しぶりのご参加で、メンバーに祝福されていました。句風は自在で視点も題材も多様で、びっくりさせられます。この句も、東北新幹線の復旧に時間がかかるほどの被害のあった三月の震災を、地殻変動の「大地のひずみ」という視点で詠まれました。

啓蟄やかの人居らぬ俳句欄                       都子
 野木先生による句友・白石文男さんの訃報の後に始まった「あすかの会」でしたので、まるで、その弔句のように感じられて、座がしんみりとしました。「あすか」も高齢者が多いので訃報に接することが多くなりました。年間を通じての「喪の仕事(モーニングワーク)期」にあるとも言えますね。

昼湯へと土地っ子芸妓花の塵                    かづひろ
 かづひろさんの多様な題材の発掘と、個性的な表現方法に、合評で感嘆の声があがります。ずっと、そんな句で句友を楽しませて欲しいと願っています。


              ※                      ※

「あすかの会」二月の秀句から

◎ 野木桃花主宰句
囀や影ふかぶかと百度石
影揺れてゐる石畳ミモザの黄

【鑑賞】
二句共、兼題の「石」を使って詠まれています。一句目、「百度石」は社寺の境内にたてて、百度参りで往復する距離の標識とする石ですね。信仰心の厚さと祈願の切実さを訴えて神仏の加護や霊験を得ようとするための目印で、寺社側が百度石を立てて本堂との間を往復参拝できるようにしています。参拝の人の黙々とした行為の「影」と、それを見守るような「囀」の取り合わせがいいですね。二句目、こちらの方は何も特別なこともない「石畳」に揺れる人影ですが、「ミモザの黄」という言葉で春らしい光が溢れますね。

〇 武良竜彦句(参考)
推敲の朱書に春立つ匂ひあり

【自解】
自分で自分の句を推敲したり、他の人の句を推敲添削しつつ、春の季語だけでなく、切り取られた景から春が匂いたつような思いがしたことを詠みました。

☆ 野木桃花主宰特選句
多喜二忌や未だまだ寒き日のありて    のりを

『蟹工船』で搾取・酷使される底辺の労働者の悲哀を描き、一躍プロレタリア文学の旗手として注目を集めた小林多喜二は、二月二十日に特高警察によって弾圧・虐殺されました。そのことを過去のことではなく、今もまだ続いているのではないか、という思いが滲む句ですね。

☆ 武良竜彦特選句
梅が香に闇の膨らむ路地の奥        尚

 春の光が明るさを増すのと反比例して、路地奥のちょっとした暗がりが、闇の度合を濃くしたように感じられると、そう詠むことで確かな季節の変化を捉えた句ですね。

☆ その他の秀句から 
夕暮れのととのつてゆく春障子      安 代

「ととのつてゆく」という言葉に、冬ざれの景から穏やかな春の景の推移が感じられますね。

やはらかく拭ひ遺愛の雛調度       安 代
 先祖から伝わる雛飾り一式へのやさしい心遣いが感じられますね。

春の月魁夷の白馬走り来る        悦 子
 東山魁夷の有名な白馬の絵画に「春の月」そのものを感じたという大胆な表現ですね。

下萌や歴史積み上ぐ城の石        玲 子
 春の新萌えと城石の時間の堆積の重さとの対比がいいですね。

冴返る終着駅のがらんどう         尚
 寒々とした、人気の少ない駅構内が目に見えます。

放哉の旅へ身支度いぬふぐり      かづひろ
 道端のいぬふぐり、それに見送られるような旅。漂泊の俳人になりきったような句ですね。

初心いま梅一輪に問われおり       さき子
 まだ冬枯れの景の中。一輪の梅の花。そこに自分の「初心」を見出した思いの表現ですね。

鳥影が鳥影を追う春障子         さき子
 障子の映じた鳥影のようでもあり、春の空を後先になってゆく鳥たちの姿のようでもありますね。

陽に弾け風に弾けて石鹸玉        典 子
 この弾けるようなリズムの表現に春の空気感がみなぎりますね。

雪しまく戦乱伝ふ夜泣き石         都
 「石」の兼題で「夜泣き石」が詠まれたことに、句会では感嘆の声があがりました。各地にさまざまな夜泣き石伝説があります。石自体が怪音を出すといわれるものが多いなかで、特に静岡県の小夜の中山夜泣き石が有名で、殺された者の霊が乗り移って泣き声をあげるといわれています。上五の「雪しまく」で死者がたくさん出たに違いない戦乱の厳しさ激しさが伝わります。

春浅しさざなみ光繋ぎ合ふ        みどり
 作者の優しい人柄がにじむ句ですね。春まだ浅く、寒さは厳しいけど、手を繋ぎ合うような温もりを感じさせる表現ですね。

幾度も振り返りつつ春の虹        ひとみ
 春の虹は淡くすぐ消えてしまいます。どこかに出かけている途中で見た虹で、その移動する視線の中で、なんども確かめている思いが伝わります。

春寒し躓く度に老いを知る        市 子
 確かに、老いは足から、といいます。その季語はやはり「春寒し」がぴったりですね。


         ※                   ※

「あすかの会」一月の秀句から

◎ 野木桃花主宰句
大寒や先の見えない家業継ぐ   
巣籠やとろとろ煮込む鰤大根
着膨れて海側の席ゆずり合ふ
冬怒濤復興遅々と海(ご)猫(め)さわぐ
 
【鑑賞】
※一句目、産業形態の転換期、さまざまな旧来の業種の先行きが不透明になる不安と向き合う人が増えます。それでも家業を継がざるを得ない人の忍従の思いが詠われた社会性俳句ですね。二句目は「巣籠」の閉塞感を打ち破って暖かな気持ちにしてくれる句ですね。三句目、作者の心根の優しさが滲む句ですね。四句目、「海猫」は三夏の季語ですが、上五の「冬怒涛」が主たる季語で三陸吟行をされたときの荒涼たる実景から立ち上げられた表現ですね。

〇 武良竜彦句(参考)
切火にて世を先ず浄め寒に入る
汚れ初めといふ言葉なしお正月

【自解】
※一句目、年初からオミクロン株の感染拡大のュースで気が滅入りますね。そこで浄めの句を詠んでみました。二句目、新年の「何々初め」という語彙はたくさんありますが、「汚れ」に「初め」のつく語がないことに気付きました。それだけの句です。 

☆ 野木桃花主宰特選句
寒灯のひとつひとつにものがたり                   みどり

※寒灯に人びとのくらしと体温まで感じ取っている眼差しが深いですね。

☆ 武良竜彦特選句
着膨れて石に座れば石になる                    かづひろ

※本当は身動きが取れなくなっているという、ややユーモラスな表現でしょうが、何やら瞑想している座禅僧にも見えてきますね。

☆ その他の秀句から  
仕事の夢見るは吾が業寒昴                        尚

※誠実な人柄の方ほど、この類いの夢を定年退職しても見ることが多いそうです。作者の人柄まで感じさせる句ですね。

語り継ぐ非業の最期冬座敷                      さき子
寒波くる日本列島尖らせて                       〃
真直ぐな道の寒さでありにけり                     〃

※さき子さんのコンスタントな秀句創作力に脱帽です。いちいち解説は無用ですね。三句とも独自の視点、独創的な表現方法、「あすか」で群を抜いた力ですね。一句目は特に、日本の口誦文化の伝統が生きている「炉端かたり」の景ですね。

海鳴りやひとりに余す置炬燵                      安代
※安代さんの表現力の豊かさ、確かさにも脱帽です。電気炬燵ではこの「ひとりに余す」という心の深さはでませんね。

沈黙の度に突かれし榾木かな                     みどり
※「あすかの会」への久々のご復帰参加。「野木桃花特選」の句も、この句も、日常のちょっとした思いの機微を表現して秀逸ですね。あの会話の途切れた瞬間の・・・・・。

崖氷柱光芒百本夕陽中                         悦子
※漢詩のような字面と音韻で、光まで氷るような景を鮮やかに描きましたね。

頬杖の仕草が好きよ風花す                      ひとみ
※大正ロマン派の雑誌の、可愛らしい挿絵のようで古き良き時代の香りのする句ですね。  

大吹雪頼りは前を行く尾灯                       市子
※視界を遮るような大吹雪の中の不安な思いを見事に造形表現しました。

銀翼の一点冴ゆる北の空                        玲子
皺深き大きな手へとお年玉                       〃

※一句目のクローズアップ表現の切れ味、二句目、老人となった近親者への家族の温かい心根を感じる句ですね。 
             
鉤の手に曲がる町屋を賃餅屋                      典子
※昭和の景ですね。「賃餅屋」も絶滅危惧のことばですね。自宅では餅付きが困難な人のために、手間賃ほどの額でその家の庭先に出向いて代理餅つきをしてあげていたのです。このような文化は絶滅してゆくのですね。露地の表現もお見事。

風呂吹きの熱きを吹けば言(こと)の絶え                   のりを
※あえて「吹き」の音を重ねることで「ふーふー」という息遣いを表現して、会話が途絶えて夢中になって食している景が目に浮かびます。

拠り所求め彷徨ふ雪女                         都子
※「雪女」は怪談話ではなく、歴史的に女性が置かれた寄る辺なさの象徴でもあります。それをズバリ「拠り所求め」と表現しました。

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