若年性乳がん(トリプルネガティブ)の経験と今思うことを綴る。

幼い子供3人の子育て中に若年性乳がん発症「生きてるだけで丸儲け!」の私がその経験と今思うことを綴っています

今週一週間

2009-06-18 18:52:47 | 私の夢

来週月曜日に抗がん剤の治療を控え、今週は 抗がん剤3週間の間隔の中で一番 体調がいい1週間です。

来週 1週間は味覚はおかしかったり、ひどくはないけど 微妙に気持ちが悪かったりするかと思うと、今週を楽しまなきゃ!出来ることをやらなきゃって思えます。

私にとっては本当に大切な一週間です。

今日は、幼稚園の友達とママが遊びきてくれました。

みんな普通に接してくれます。病気以前と変わらぬ付き合いをしてくれます

普通に 誘ってくれて 普通に遊びに来てくれ

普通に しゃべってくれます。

もし私が逆の立場なら、その普通ってなかなか大変だと思う。

みんな普通に接してくれてるけど、心ではいろいろ考えたりしてくれてるんだろうなぁ。。って

でも、こうして普通に接してくれることが私にとっては本当にありがたい。

みんなと同じように接してくれるから、私もみんなと同じママで居ることができる。

病気のママだけど、子供たちにそれを感じさせることなく、過ごせる。

私がこうして 普通に居れること

それはまわりのみんなのすごい努力のおかげです。

ありがとう!ママ友達たち・・・・・

癌だけど、こうしてみんなと同じママとして過ごせることに感謝です。

子育てが自分でできることだけでなく、

まわりのみんなの支えのおかげで、ママ業をより楽しむことができることに感謝です。


三男の誕生日に思うこと!

2009-06-18 09:29:21 | 私の気持ち

昨日は、三男の2歳の誕生日でした。

今から。たった60数年前の昨日今日の夜中

今住んでる浜松は大空襲にあいました。

それはそれは 私には想像も絶する 一夜だったそうです。

猛火が、人々を襲い、生きることだけを考え、人は逃げ続けました。

私の祖母は、この空襲で母と姉 そして姉の子供も亡くしています。

生きたくって生きたくって、なくなっていった命です。

きっと、祖母の母は、若い娘を残していくことは(祖母) 無念であった

姉も子供とともに、もっともっと生きたかった、もっともっと人生を楽しみたかったと思う。

子供と一緒にもっともっと遊びたかった、笑いたかった、

子供も、もっともっと この世にいたかっただろう

小学校にも通いたかっただろう。友達と遊びたかっただろう

きっと、今の私のように!!!したかっただろう

もし、三男がこの時代の子供で、6月17日に生まれたいたら、きっと生きることができなかったでしょう。

そして、長男と次男も私も、生きることができたかわかりません。

この空襲の時約3歳だった、義父。

そんな中を行く抜いてくれたからこそ、今の主人 そして子供たちはいます。

今このブログを読んでる人たち!みんな同じです。

大変な中 生き抜いてくれた 先祖が 命をつないでくれたんです。

偶然にも私のいとこは今日誕生日!!

365日有る中で、親戚で、6月17日・18日生まれが居るということは奇跡だと思います。

祖母の母や姉や姉の子供も 生まれ変わりなのかなってぁ。。

ある本で読んだことがあります。

子供は先祖の生まれ変わりだ!!って。

三男が生まれ、そーなのかもって思えるようになりました

だからこそ、この世で、前世出来なかったこと、実現させてあげたい。

一緒に笑い、一緒に遊んであげたい!!

一緒に生きたい!!