お釈迦様の真理の言葉(ダンマパダ)。ワイド版の方を購入。(文庫版は字が小さいからね)
カバーの手触りが、スベスベしっとり?していてすばらしく気持ちよい。
この紙質、何なんでしょうか!? 意味もなく触ってしまう。
字も読みやすい。・・・・・ワイド版を買ってよかった。
中味は、2500年以上前にお釈迦様が話したという言葉を、中村先生が現代日本語に翻訳したもの。分かりやすくてしかも詩のように美しい。(YouTubeで朗読してくれてましたね)
真理の言葉は26章、423の短い文からなっています。感興の言葉は33章あります。後は詳しい注釈(これが多い)。
そんな馬鹿な、ホントか?違うだろ・・・というような反論が・・・・・できない。
まさに、真理の言葉です。
当たり前のようなことだけど、とてつもなく深くて厳しい。
言葉の意味も分からずワケの分からないお経を何万回唱えるより、真理の言葉を読む方が余程ため(生き方の指針・支え)になると思う。
第一章 ひと組ずつ (註 対になる二つの詩で一つのことがらを説いている)
1 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行なったりするならば、苦しみはその人につき従う。 ーー車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように。
2 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人につき従う。 ーー影がそのからだから離れないように。
3 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだく人には、怨みはついに息(や)むことがない。
4 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだかない人には、ついに怨みが息(や)む。
5 実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。
この世は苦、生きるということは苦です。(いや、人生は楽しい、この世は極楽だという人は、そうあってほしいという願望。事実は苦なのです。よ~く観察してみましょう。生まれて死ぬまで楽しかない、なんて人は一人もいません。人間は、苦しいから息をしているのです。苦しいから動くのだし、苦しいから楽を求めるのです。ということは、苦しいことがあっても、それは当たり前ということですね。)
でも苦しみを少しでも楽に変えようと思うなら、心を清らかにするしかない。汚れた心はさらに苦しみをうむ。(汚れたままに放っておけば、さらに汚れる。人間の心は汚れやすい)
何があっても怨みの心をもたない人は、平和です。苦しいのは心が汚れているからです。自分の心次第なんです。ということは、自分次第で幸せになれる、ということなんですね。
な~んだ、清らかな心をもてばいいだけか。
それが、なかなか・・・・・・ついつい・・・・・・。 さあ、楽しく修行をしよう!!
少しずつ、何度も読みたいと思います。
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