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「ジキル博士とハイド氏の怪事件」ロバートルイス・スティーブンソン

2015年02月20日 | 読書

【ロンドン在住で、医学、法学の博士号を持つジキル博士の家にしばしば出入りする残酷な醜男ハイド氏。ジキル博士の友人であるアターソン弁護士は2人が異常に親密な関係である事に疑問を抱き、調査をしていくが、そんな中、ハイドは殺人を犯す。二重人格を扱った古典的小説。】

”二重人格”で有名な小説ですが、読んでませんでした。ホラーチックなお話で、なかなか興味深い。

人には、完全な悪人も完全な善人もいない。そして人間の心を単純に善と悪のふたつに分けることはできない・・・と思います。人の性格も、「こうだ」と決められません。人はいろんな面を持っていて、それが一瞬ごとに、場面によって、微妙に変わっていくものです。

人の心の中には色々な絵の具のようなもの(感情、汚れみたいなもの)が混ざっている。それが場面によって様々に濃くなったり薄くなったり混ざり合ったりしてある傾向をみせる。子供の前では親としてとか、職場では管理職としてとか、お客様の前、親しい友人の前、一人の時、初めての場所、慣れた場所・・・・もう、二重人格どころじゃない。

人間は多重人格でないと生きていけない。(ついでに言うと、本音だけで行動してはいけない。ある程度の建前があるから礼儀も保たれる)。それぞれで適切な性格(”傾向”でしかない)をもって行動していくからやっていけるのであって、それが善の人格と悪の人格の二つだけ、というのはむちゃくちゃホラーですな。

しかも、肉体は精神がもとであるから、善の人格と悪の人格とで体格や若々しさや見た目までもが違うというのだから、なるほど~と思いながらもゾ~っとします。必死で善行為をしてきた博士なので、善の人格の身体は大きい、けれど悪の人格は善行為の義務から解放され自由なので小柄だけど若々しい・・・、だそうです。(肉体がそんなに瞬時に変化するわけない。ここはSF)

博士の問題点は、善行為が「しなくてはならない」という義務になっていること。人からよく見られたいという欲であること。これは本当の善行為ではない(偽善ですね)。だから、義務からの解放、自由という恐ろしい悪人格(つまり、やりたい放題)が生まれるわけですね。

本当の善行為は「自分も相手も喜びである」もの。だから、義務ではなく、自然とやりたくなる自発的なもの。何の欲もないので自由であり喜びしか生まれない。

善とは何か、悪とは何か。
人や物事を善と悪とだけで考えると、人生うまくいかなくなります。

・・・というようなことを、読んで思った。

 

星4つ  

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