私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語―高尚のろうたげ

2012-06-19 10:19:57 | Weblog
 それから菊五郎は思い出したようにこんな話も付けたしてくれました。

 「ああ、そうそう。これもついでだから云っていきますが。松斎先生、藤井高尚先生のことですが。この「ろうたげ」に付いて、ある時、こんなお話をしてくださったことがございましたのよ。先生が言われるには、先生は随分と琴がお好きで、ご自分でも時々爪弾かれることがあるのだそうですが、その“つま音はらうたげになつかしきをよしとする“と言われるのです。派手派手しく音色が飛び散るように聞こえるのがいいと言われています。しかし。此の爪弾く派手派手しい弦の音だけでは、『ああいい琴だった』と、聞く人を心酔させるように音色にはならないのだそうです、その音色の中に人を引き入れるためには、どうしても、琴の音でない琴の音を出さないといけないのだと言われておられています。・・・・その昔、あなたはご存じではないかも知りませんが、京にお住まいであった兼好法師というお人が言われたのだそうですが、横笛を吹く時は、その演者は、間々の音というものがあって、音でない音を出さないと真に迫る横笛の曲にはならないと言っています。松斎先生は、琴ですが、やはり、その間々の音、言いかえると爪弾ない弦の音を聞かせないと、本当の曲にはならない。それを、『間々の音の深く澄みて聞ゆるは、ふる人の手づかひなり』といっておられました。それを、私にも言われたのではないかと思っていますが、舞という人の手づかひに置き換えると、舞っていないそのほんのわずかな間にこそ、本当の舞がなければ、ああ、わたしは舞ったなどということは言えないと、言っておられるのではないかと思っているのです。・・・・・・・それが、あの紫式部の言った『へだて心』というものではないかと、私は思っています。舞ってない時に舞う。誰にでもできるものではないのです。神の御心が在って始めて人に植え附けさせてくれた技だとおもうのです。あなたに、そうです。あなたにです。それを演じてもらいます。」
 きっぱりと言われました。