小雪は、そっと目を開けました。障子を通して、まだ明けやらぬ朝の光りが薄ぼんやりと浮かび上がってきます。夕べの客も早立ちして、部屋は深々として、布団から一寸出した手にさえ如月の寒さが寄せ来ます。
男を送り出した後のややなんとなく薄ぼんやりとした気だるい気分で、布団に、自分の体を人ごとのように横たえています。
そして、いつも、無意識のように体の何処から出るのか分らないような「あーあ」とも[アーン」ともつかない言葉にならない言葉が、口を付いて出るのでした。
この宮内に流れ着いてからもう早いもので七ヶ月年が過ぎようとしています。
ふと今でも、京のあの「尊王だ、やれ、佐幕だ」と、わけも分らない男の人達の身勝手な空騒ぎの中に、否応なく自分も押し込められていったあの時が、頭に飛び込んできます。
お人が、至る所で、『正義だ』とか、やれ『天誅だ』とかで、いとも簡単に切り殺されています。三条大橋の袂の高札場に人様のお首が、毎日のように無惨にかけられています。薄笑みを浮かべて平然と、お人をお切りになるお武家さんの噂も耳にしたこともありました。
「まこというのは、平気でお人を殺してしまわれることでっしゃろか」
と、おしげさんが出っ歯を突き出しながら小さく笑っていって言ったことも思い出されます。
「天子さまの御為とか何とかと言っても、やっている事は、江戸のお人と同じこ とどす。人をあやめて得意げになっているだけのことどす」
「人を殺すのが男の生きがいだなんて、へんてこな世の中でおす」
「みんな男の身勝手どす。まちがいおへん」
「口では、偉そうにお前達、女どものためだなんて言っているくせに、結局、男 さんたちの自分勝手でおます」
「男さんたちは、だれもかれもがしたい放題のことがやれて、ほんとうにうらや ましい世の中どすな」
「私も男に生まれてきとうおましたなー」
「そうどす。そうどす。女なんてつまんのうおす」
と、いつもここに話が落ち着きます。
どうしてそんな世の中になってしまたのかしらと、小雪たち京の女達はみんな思っているのです。そんな騒ぎの中にとっぷりと溶け込んでしまった小雪の心が、朝の布団での「あーあ」の言葉の中に入っているようです。
こんな風にして「小雪」の物語は始まります。
男を送り出した後のややなんとなく薄ぼんやりとした気だるい気分で、布団に、自分の体を人ごとのように横たえています。
そして、いつも、無意識のように体の何処から出るのか分らないような「あーあ」とも[アーン」ともつかない言葉にならない言葉が、口を付いて出るのでした。
この宮内に流れ着いてからもう早いもので七ヶ月年が過ぎようとしています。
ふと今でも、京のあの「尊王だ、やれ、佐幕だ」と、わけも分らない男の人達の身勝手な空騒ぎの中に、否応なく自分も押し込められていったあの時が、頭に飛び込んできます。
お人が、至る所で、『正義だ』とか、やれ『天誅だ』とかで、いとも簡単に切り殺されています。三条大橋の袂の高札場に人様のお首が、毎日のように無惨にかけられています。薄笑みを浮かべて平然と、お人をお切りになるお武家さんの噂も耳にしたこともありました。
「まこというのは、平気でお人を殺してしまわれることでっしゃろか」
と、おしげさんが出っ歯を突き出しながら小さく笑っていって言ったことも思い出されます。
「天子さまの御為とか何とかと言っても、やっている事は、江戸のお人と同じこ とどす。人をあやめて得意げになっているだけのことどす」
「人を殺すのが男の生きがいだなんて、へんてこな世の中でおす」
「みんな男の身勝手どす。まちがいおへん」
「口では、偉そうにお前達、女どものためだなんて言っているくせに、結局、男 さんたちの自分勝手でおます」
「男さんたちは、だれもかれもがしたい放題のことがやれて、ほんとうにうらや ましい世の中どすな」
「私も男に生まれてきとうおましたなー」
「そうどす。そうどす。女なんてつまんのうおす」
と、いつもここに話が落ち着きます。
どうしてそんな世の中になってしまたのかしらと、小雪たち京の女達はみんな思っているのです。そんな騒ぎの中にとっぷりと溶け込んでしまった小雪の心が、朝の布団での「あーあ」の言葉の中に入っているようです。
こんな風にして「小雪」の物語は始まります。