よろしくお願いします。
都跡巡りは平城京編は過去に2度ほどやりました、一方の藤原京については4月に藤原宮跡に菜の花を見に行った後で、その付近界隈を取り上げてお送りしました。今回はその藤原京編の2回目、宮跡の東側に当たる天香久山に近い部分を巡った記録をお送りしてみようと思います。タイトルは「七条東二坊界隈」としたのですが、これではイマイチどこなのかよくわからないですね~、と言うことでこれで分かりやすくなったかな~↓↓↓
上の条坊復元の地図では緑色の四角で囲んだ所、その下の模型図の写真では赤色の四角で囲んだ所が今回取り上げる場所となっています、それではまず天香久山に一番近い部分から巡って行くこととしましょう。
藤原宮跡の東を通る道は東一坊と二坊の間道に当たる道、近鉄耳成駅から南へと続く道なので中ツ道~東二坊と思ってしまうが、中ツ道は橿原市に入った辺りで経路があやふやになってしまうので、結果的にこの道は中ツ道から1本ズレることになってしまう。藤原京文化財研究所の入口の前には昔の道路跡の表示がある、その辺りが本来の経路となっていたのだろうそれももう1300年も前のこと、今となっては言ってしまったもん勝ち、という気もしますがね~。この市道は橿原市と明日香村の中心部を結んでいて、奈良からだと中ツ道とつながっているので明日香村に行く時にはいつも利用する道だが、橿原市内は道が狭い上に車が多く走るには注意が必要な所。そこから一歩内側に入った所では、狭い道に時代も一歩戻ったかのような民家の並び、その中にはホントに時代が戻ってしまっている看板がたくさん掲げられている「おもちゃ館」と言う建物があった。何かめっさ興味をひかれるんだけど、ちょっと入りにくい雰囲気も、でも画像検索してみると結構いろいろと見ものがありそうなので、機会があれば一度行ってみようかと思っています。
市道が少し左にカーブした所で明日香村に入る、ここでも真っ直ぐ明日香には向かわずちょっと寄り道、右に曲がって小山と言う集落へと入る。少しだけ先へと進むと学生さんの賑やかな声が聞こえてくる、自分(一人称)がここにやって来たのは藤原京時代にあった紀寺跡だが、その隣と向かい側には庭球場があって学生さんがたくさん集まっているわけである。最寄りの駅は近鉄畝傍御陵前駅だが、そこからここまでは結構距離があり、本薬師寺前から飛鳥川へと至る道にもたくさんのジャージ姿の学生さんが歩いているのを見かける、まあ若いから歩くのもいい運動だし何とも思わないのだろう。ただ、その賑やかな雰囲気の中での観光と言うのも何とも気が引けるもので、紀寺跡の説明が書かれた看板を写真に撮っているだけでも、ちょっと怪しい人に見られかねない。ここには廃寺巡りの他に吉野川分水巡り、万葉歌碑巡りでもやって来ているが、万葉歌碑はいまだに見つけられないままになっている、庭球場の中を自転車で走るのは気が引けるし、ラケットを持ってないとここには来てはいけない雰囲気さえ感じられる、どうも自分(一人称)の苦手な場所です。紀寺については・・・条坊図では小山廃寺と記されている・・・、奈良市に紀寺と言う町があっていろいろと関連があるとのことですが、その辺りは前に藤原京廃寺巡りで触れているので、詳しいことに関しては今回はまあいいでしょう・・・。
ちなみに先述した近鉄畝傍御陵前駅から紀寺跡へと至る道が、今回のタイトルにある七条大路にあたる道。紀寺跡から東へと進んでさっきの市道を越えると、またまたたくさんの人の姿が、今度は学生さんではなく家族連れの姿が多い。交差点から少し入った所にはミルク工房・・・↓↓↓
「牛乳から作る幻の乳製品「古代チーズ 飛鳥の蘇」が評判の工房。蘇とは古代飛鳥人が愛した風味豊かな乳製品だ。日本で数少ない自家ブランドの自家牧場で採れた牛乳を使用した商品を数多く製造販売している工房で、オリジナルアイスクリームやパン・チーズケーキなども人気が高い。飛鳥の蘇は限定販売されている。」
・・・があって、明日香村観光の名所となっているがもちろん自分(一人称)はそこには興味なし。前に廃寺巡りで訪れた日向寺前を通り過ぎて、東二坊大路に当たる道へと入って田園風景の中を進んで行くと、これも前に訪れたことのある大官大寺へとたどり着く。ここも前に取り上げたことがあるので詳しいことは置いといて、最後は条坊図の緑枠から少しだけ外れて九条大路へ。少しだけズレているが山田道・・・桜井市から天香久山の東側を通って明日香村へと至る現在の県道15号線・・・に通じているので県道15号線に相当しているのだろう。バスも通る広い道の正面には古墳かと思ってしまう緑の丘が見えている、それが雷丘、雷神が落っこちていて天皇の家臣に捕えられた場所と言うことで前に取り上げたことがありました。雷神が落ちていたと言えば、昔読んだ童話を思い出すのですが・・・って、この話もその時にしたのだったかな。これからはまた雷の季節がやって来ます、自分(一人称)にとっては何とも憂鬱な季節ですが、自然には逆らえませんからね、自身で気をつけるしかないですね、今回もご覧いただきましてありがとうございました。・・・・・・・・・・まちみち
都跡巡りは平城京編は過去に2度ほどやりました、一方の藤原京については4月に藤原宮跡に菜の花を見に行った後で、その付近界隈を取り上げてお送りしました。今回はその藤原京編の2回目、宮跡の東側に当たる天香久山に近い部分を巡った記録をお送りしてみようと思います。タイトルは「七条東二坊界隈」としたのですが、これではイマイチどこなのかよくわからないですね~、と言うことでこれで分かりやすくなったかな~↓↓↓
上の条坊復元の地図では緑色の四角で囲んだ所、その下の模型図の写真では赤色の四角で囲んだ所が今回取り上げる場所となっています、それではまず天香久山に一番近い部分から巡って行くこととしましょう。
藤原宮跡の東を通る道は東一坊と二坊の間道に当たる道、近鉄耳成駅から南へと続く道なので中ツ道~東二坊と思ってしまうが、中ツ道は橿原市に入った辺りで経路があやふやになってしまうので、結果的にこの道は中ツ道から1本ズレることになってしまう。藤原京文化財研究所の入口の前には昔の道路跡の表示がある、その辺りが本来の経路となっていたのだろうそれももう1300年も前のこと、今となっては言ってしまったもん勝ち、という気もしますがね~。この市道は橿原市と明日香村の中心部を結んでいて、奈良からだと中ツ道とつながっているので明日香村に行く時にはいつも利用する道だが、橿原市内は道が狭い上に車が多く走るには注意が必要な所。そこから一歩内側に入った所では、狭い道に時代も一歩戻ったかのような民家の並び、その中にはホントに時代が戻ってしまっている看板がたくさん掲げられている「おもちゃ館」と言う建物があった。何かめっさ興味をひかれるんだけど、ちょっと入りにくい雰囲気も、でも画像検索してみると結構いろいろと見ものがありそうなので、機会があれば一度行ってみようかと思っています。
市道が少し左にカーブした所で明日香村に入る、ここでも真っ直ぐ明日香には向かわずちょっと寄り道、右に曲がって小山と言う集落へと入る。少しだけ先へと進むと学生さんの賑やかな声が聞こえてくる、自分(一人称)がここにやって来たのは藤原京時代にあった紀寺跡だが、その隣と向かい側には庭球場があって学生さんがたくさん集まっているわけである。最寄りの駅は近鉄畝傍御陵前駅だが、そこからここまでは結構距離があり、本薬師寺前から飛鳥川へと至る道にもたくさんのジャージ姿の学生さんが歩いているのを見かける、まあ若いから歩くのもいい運動だし何とも思わないのだろう。ただ、その賑やかな雰囲気の中での観光と言うのも何とも気が引けるもので、紀寺跡の説明が書かれた看板を写真に撮っているだけでも、ちょっと怪しい人に見られかねない。ここには廃寺巡りの他に吉野川分水巡り、万葉歌碑巡りでもやって来ているが、万葉歌碑はいまだに見つけられないままになっている、庭球場の中を自転車で走るのは気が引けるし、ラケットを持ってないとここには来てはいけない雰囲気さえ感じられる、どうも自分(一人称)の苦手な場所です。紀寺については・・・条坊図では小山廃寺と記されている・・・、奈良市に紀寺と言う町があっていろいろと関連があるとのことですが、その辺りは前に藤原京廃寺巡りで触れているので、詳しいことに関しては今回はまあいいでしょう・・・。
ちなみに先述した近鉄畝傍御陵前駅から紀寺跡へと至る道が、今回のタイトルにある七条大路にあたる道。紀寺跡から東へと進んでさっきの市道を越えると、またまたたくさんの人の姿が、今度は学生さんではなく家族連れの姿が多い。交差点から少し入った所にはミルク工房・・・↓↓↓
「牛乳から作る幻の乳製品「古代チーズ 飛鳥の蘇」が評判の工房。蘇とは古代飛鳥人が愛した風味豊かな乳製品だ。日本で数少ない自家ブランドの自家牧場で採れた牛乳を使用した商品を数多く製造販売している工房で、オリジナルアイスクリームやパン・チーズケーキなども人気が高い。飛鳥の蘇は限定販売されている。」
・・・があって、明日香村観光の名所となっているがもちろん自分(一人称)はそこには興味なし。前に廃寺巡りで訪れた日向寺前を通り過ぎて、東二坊大路に当たる道へと入って田園風景の中を進んで行くと、これも前に訪れたことのある大官大寺へとたどり着く。ここも前に取り上げたことがあるので詳しいことは置いといて、最後は条坊図の緑枠から少しだけ外れて九条大路へ。少しだけズレているが山田道・・・桜井市から天香久山の東側を通って明日香村へと至る現在の県道15号線・・・に通じているので県道15号線に相当しているのだろう。バスも通る広い道の正面には古墳かと思ってしまう緑の丘が見えている、それが雷丘、雷神が落っこちていて天皇の家臣に捕えられた場所と言うことで前に取り上げたことがありました。雷神が落ちていたと言えば、昔読んだ童話を思い出すのですが・・・って、この話もその時にしたのだったかな。これからはまた雷の季節がやって来ます、自分(一人称)にとっては何とも憂鬱な季節ですが、自然には逆らえませんからね、自身で気をつけるしかないですね、今回もご覧いただきましてありがとうございました。・・・・・・・・・・まちみち
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