坂道の脇にはお茶農家が建ち並んでいて、テラスではおじさん達が電気釜で龍井茶を炒っている。
日本茶は蒸して酸化をとめるが、中国緑茶は釜で炒る。釜炒りなので、非常に香り高いお茶になる訳ね。日本人は味を重視し、中国人は香りを重視する(と、個人的に思っている。)。
おばさんの説明だと、500gの龍井茶を作るのに、釜炒りの行程が三回。だいたい4時間半かかるそうだ。乾隆帝の龍井問茶話しが終わった頃、おばさんは我々に注意した。
「この辺でお茶を買ってはダメよ」
「えっ?」
………西湖周辺のお茶屋じゃなくて、龍井茶室のお茶もダメなの???
「この辺のお茶は質が悪いのよ…」
「そうなんですか…」
「買うなら、龍井村の農家から直接買わなきゃダメ」
………この辺のおじさんたちは農家の人じゃないのかな、それともおばさん家で買えってこと(笑)?
パッキングされた龍井茶@500g
私のは拙い中国語なので、どのように良くないのか、確認することはできなかったが、ふと見ると、タバコを吹かしながら、釜炒り作業をしているおじさんと目があった。タバコの臭いが染み付いていそうな龍井茶なんて…(苦笑)。
………あのおじさんのお茶だけは買いたくない
坂道を登りきると、今度は下り坂になる。正面は山で斜面一面お茶畑だ。おばさんに獅子峰はどれかと聞くと、右側のあの山だと教えてくれた。獅子峰で採れるお茶が獅峰龍井だ。
「うちはすぐそこだから、お茶を飲んで行きなさいよ」
我々は、この言葉を待ってましたとばかり、おばさんについていった(笑)。 この辺りの家は、玄関前がテラスになっている。おばさんの家もテラスに白いテーブルと椅子が用意されていた。セールス用みたい(笑)。
テーブルに着いて待っていると、家の中からおばあちゃんが、例のお茶の入った洗面器と2つのグラス、お湯の入ったポットを持って現れた。例のごとく、高級と中級のお茶を淹れて飲み比べ。高級は獅峰龍井の明前茶、中級は獅峰龍井の明後だった。
明前明後の明とは、清明節のこと。清明節は春分から数えて15日目で、中国ではお墓まいりをして故人を偲ぶ慣習になっている。89年の天安門事件の発端も、清明節に故周恩来首相の墓前に集まった学生から派生したものだったと思ったな。日本のお盆やお彼岸みたいなものかな…。
茶葉は日光に当たると旨みが減って渋みが増すということで、あまり日に当たっていない清明節前に摘まれたお茶は珍重される。明前は素晴らしく透明感のある香りだが、個人的には香りも良くて旨みもある明後の方が好きだ。明前は500gで280元、明後は200元。おばさんの家では250g売りもしてもらえる。
………この2年でずいぶん上がったなぁ
なんて思いながら値切ってみた。値切るの得意じゃないけど(笑)。
「ちょっと安くして貰えないですか」
「あなた学生さん?」
「…いえ、だいぶ前に卒業しました」
大学を卒業してからあまりに久しいので、まさか学生とは言い辛かった(笑)。
お茶を買う量によって、ディスカウント率は変わるようだが、この時明前は260 元にしてくれた。
………さっき学生だと言っておけば、もっと安くなったのかも(笑)
パックに勤しむおばさんとおばあさん/おばあさんの手元には赤い蝋燭が…見えないかな(笑)
明前500g、明後500g。おばさんとおばあちゃんは手際よくパッキングした後、蝋燭に火をつけた。何をするのかと思って見物していると、獅峰龍井と書かれたビニール袋の口を、ろうそくの火で閉じたのだ。ビニールの口部分に幅1cm程の鋸の歯を当て、その先を火であぶり、熱で溶けたビニールがくっつくという具合。
………すごい、荒技!頭いい~(笑)
龍井村の獅峰龍井を堪能し、お茶を1キロ買い込み、杭州旅行の目的をほぼ達成。
帰る段になったら、おばさんが、
「この前の道を左に行くと九渓(キュウケイ)に出るから、そこから4路で街中に戻るといい」
と教えてくれた。一度、獅子峰を写真に収めてから、言われた道を辿ろうと思っていたら、
「おばあちゃんが、途中まで送るから」
と、おばさんに促されてしまった。せっかく、おばあちゃんが露払いをしてくれるというのだから、ついていかねばならない。おばあちゃんは、村外れまで送ってくれた。
道々おばあちゃんに聞いたのだが、この連日の雨は、もう一週間も続いているといことだ。今回の旅行はずーっと雨に違いない。実際、三国志関係の土地を回った日以外、ずーっと雨だった。
九渓は龍井山の南面にある、九つの渓谷を流れる渓流のことらしい。散策コースとして整備されているけど、渓流には橋がかかっていない。足場となる飛び石が置いてあるだけ。水を楽しめということか。緑の木陰、きれいな空気、マイナスイオン一杯(?)の涼しげな渓流は、暑い時期にはオアシスだが、生憎の天候で涼しい為、魅力も半減だ(T^T)。