大陸旅遊倶楽部的日記

三国志・水滸伝・史記の旅と中国茶のほかモロモロ…

三国志子孫の村2002~孫権故里~

2005年06月30日 | 三国志・水滸伝・史記の旅


雄瓜地

…その時の気分で、文体も変るブログです。許してね(^_^;)。

本日は、孫権故里です。

孫権のおじいさん、孫鐘(そんしょう)が、瓜を作っていたという村は、龍門鎮から30分ほどの、場口鎮(じょうこうちん)瓜橋埠村(かきょうふそん)。行ってみると、瓜江のほとりに「瓜江埠」、「呉大帝故居」等と書かれた石碑が建っていた。石碑の裏に書かれた来歴によれば、

この川は、孫鐘の瓜畑の横を流れていたので瓜江(かこう)と呼ばれた。
瓜江にかかる橋は瓜江橋といい、橋が壊れた後は、そこに船着場(埠)を作った。
それでここを瓜橋埠というようになった。

ということ。孫家はこの船着場の西側にあったそうですよ。

石碑の写真を撮っていると、近所のじーちゃんが出てきて、この先にも別の石碑があると、案内してくれた。

………テレビに出ていた石碑だ…

「雄瓜地」という石碑が建っている辺りが、孫鐘の畑跡らしい。この時は青々とした水田になってた。石碑の付近にはスイカの食べかすが捨ててあったりして、生活感充分(笑)。
その後、じーちゃんプロデュースの瓜橋埠観光スポット(一番古いらしい建物と井戸)を巡り、一通り案内が終わると、家に寄ってお茶していけというので、図々しくもついて行ったりして…(笑)。


勿体無くも、お手づからお茶を淹れてくれるじーちゃん
ばーちゃんは後ろで、心配そうに見てました。仲良しって感じで羨ましい…

銘柄は定かでないが、ガラス瓶で緑茶をご馳走になった。多分龍井茶だったみたい。以前の中国ではインスタントコーヒーやクリープの空瓶でお茶を飲む習慣があったんですよ(…習慣じゃないか(笑))。蓋つきで、ガラスの質が良く、厚めで丈夫な空き瓶は、日用雑貨の質が粗悪な共産圏では、重宝したようですね。職場や列車の移動時に携帯している人が多かった。
90年代(80年代末にも売ってたのかな?記憶は定かでないですが…)に入ってからは、空瓶を模した携帯瓶が売り出され、最近のはちょっとお洒落になっているので、お土産に買ってきた友達も居たりして。ペットボトル飲料の普及からか、最近街中で持ち歩いている人を見なくなりましたねぇ。


孫権故里

さて、話しは戻って、じーちゃんは一生懸命この辺の来歴を語ってくれているのだが、言葉がまったく解らない(苦笑)。みんなで解ったフリをして、少々憩した後、瓜江の西側、孫権の旧宅跡地に行ってみた。所々水溜りができた畦道を歩いていくと、水田の中に、亭のようなものがポツンと建っている。

………テレビで見たその2だ(笑)

稲の緑が目に鮮やかで、野を渡る風は爽やか。三国志ファンの執念(?)怨念(?)で晴らした空は青く、久しぶりに時間の流れが緩やかに感じるところに来た気がしましたねぇ。やっぱ、田舎っていいなぁ。

ここ瓜橋埠には、上記の他、倉庫(?)って感じの、呉大帝廟もあります。いつか整備されるのを楽しみにしていますが、あまり期待できない感じ(笑)。

ところで、孫権故里そばの池(川?)にペットボトルが半分お尻を出した形で埋められていたんですけどね、気になったから何か聞いてみたら、これが何と、淡水真珠の養殖してるらしいですよ。ペットボトルで…。本当かな(笑)。


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