不登校の息子とビョーキの母

不登校の息子との現在、統合失調症の母との過去

子供のように幸せでした

2019-07-17 10:03:19 | 日記
「Mさん、メニュー画面の『入荷棚入れ』からはいればいいんですよね?」
私は思い切ってこちらから話しかけました。

「そう、入荷棚入れにして棚札番号を読み込んで……」
私から話しかけてあげたらようやく落ち着いたのか、Mさんはみんなに詳しく説明し始めました。

(ああよかった)
こうやって普通に接していれば、仕事に支障をきたさずに仲良くやっていけそうです。
私は仕事も続けたいし、Mさんにも好かれていたかったのです。

休憩に行くため棚からバッグを取ろうとして、私は思わずニヤリとました。
私のバッグの隣にMさんのバッグがぴったりくっつけて置いてあったのです。

(小学生じゃないんだから……)
と思いましたが、かわいかったので、翌朝お返しにMさんのバッグの隣にバッグを置いてあげました。

(ちゃんと気がついたよ!)
という合図のつもりです。

さて朝礼が終わって私たちがまた荷物置き場の前で待っていると、Mさんが仕事の説明にやってきました。
と思ったら、まっすぐ私の隣に来てピタッとくっついてしまいました。

(ちょっ、近い近い!どんだけうれしかったのよ?)
私が焦って少し離れたので、Mさんもやっと気がついて体勢を立て直し、
何食わぬ顔で今日の作業の説明を始めました。
カドタさんがニヤニヤしてこっちを見ています。私はもう顔から火が出そうでした。

しばらくの間は、一緒に仕事ができるだけで子供のように幸せでした。

「Nの働いてる倉庫にさ、Hさんって人がいるでしょ」
ある日夫が雑談の途中にこう言いました。

「Hさん?知らないな。3階の人?」
「2階だって。俺、PTAでお世話になった人なんだけど。奥さんが時々応援に来ますよって言ってた」
「ええ!?」

私があまりイヤそうな顔をしたので、夫はそれきり話題を変えてしまいました。
また私の人間嫌いが出たと思ったのでしょう。

私は元々友達の輪を広げることが嫌いです。友達の人数が増えるにつれ、
なんだか自分の手には負えなくなってくるような気がして、恐怖すら感じてしまうのです。

息子が不登校になってからというもの人間嫌いの傾向は増して、今では友達と呼べる人はまったくいません。

夫はMさんの噂を何か聞いたという様子ではありませんでした。
けれど私の心の中では警戒警報が鳴っていました。2階ではけっこう噂になった私です。

あまりMさんと仲良さそうにしていると、夫の耳に入らないとも限りません。

痛々しくて見ていられません

2019-07-10 09:34:54 | 日記
またMさんの監督の下で働くことになって、私は緊張しました。
(どんな顔して会えばいいんだろう?Mさんはどういう感じで接してくるだろう?)

3階で朝礼を終えた後、私たち応援軍団はぞろぞろと2階に下りました。
私はマスクをかけて行きました。
風邪をひいていたわけではなく、ましておしゃれマスクなんてわけもなく、
Mさんに会った時に動揺が顔に出るのを隠そうとしたためです。

Mさんも緊張しているようでした。
というより私たちの前でしゃべるのが精神的にきついみたいでした。

ヤケクソのような口調で、
「まだ1階から荷物が上がってこないんで、バックヤードに棚入れしてて」
とだけ言うと、さっさと自分の作業に戻って行ってしまいました。

残された3階のメンバーはきょとんとしてしまいました。
一体何をすればいいのか分かりません。
補充の仕事が初めての人も多いのに、そんなざっくりした指示を出されても……。

リーダー格のSさんがまたMさんを呼びに行きました。
Mさんは戻ってくるには来ましたが、誰の顔も見ないようにして
「ここにある商品、ここからここの棚にどこでもいいからny棚入れして」
とさっきよりいくらかマシな説明をしました。
とはいえこれでも私たちには何をどうすればいいのかよく分かりません。

(これはイカン)
と私は思いました。

これでは仕事にならないし、周囲の人にも余計に変な印象を与えてしまう。
私は責任を感じました。

Mさんがこんなにオドオドしているのは私のせいです。
いや、私のせいではないにしても、私が原因です。
Mさんは私にストーカーだと思われていると思っているのでしょう。

いや事実ストーカーなんだけど、別に私は迷惑がっているわけではないのです。
このままではMさんが人妻を追いかけ回すタチの悪いストーカーの烙印を押されてしまう。

私がMさんを嫌っていないと周囲の人に思ってもらえれば、Mさんは誤解を受けなくて済みます。
私は尻軽だと思われるかもしれませんが、そのくらいはしょうがありません。

若い男の子と仲のいいオバサンなんて他にもいます。
年齢が離れているからこそかえって深刻な関係ではないという印象を周囲に与えることができるでしょう。

人妻だとバレた(らしい)ことで、少し罪悪感が減って開き直れたというのもありました。

そもそも2階には彼の味方がいっぱいいるのだから、
仕事を代わってもらおうと思えばいくらでも代わってもらえるはずです。

わざわざ自分で出てきたということは、私に会いたかったからでしょう。
覚悟を決めて会いに来たはずなのに、何をオドオドしてるんだか。もう痛々しくて見ていられません。

私は最初の付帯業務の時のように仲のいい上司と部下というスタンスに戻りたいと思いました。

「Mさん、メニュー画面の『入荷棚入れ』から入ればいいんですよね?」
私は思い切ってこちらから話しかけました。

えーと、どう受け止めればいいのかな?

2019-07-02 09:30:55 | 日記
クリスマスが間近に迫ったある日から、突然Mさんは私の前に現れなくなりました。

会えない日が重なるにつれ、私はだんだんに仕事が手に付かなくなってきました。
ピッキング中に棚の端に横付けして置いたオリコンの位置を忘れて、探し回るようなミスもしばしばです。

(Mさんはなぜ姿を見せないのだろう。私に家庭があることを誰かから聞いたのだろうか……)

ストーキングをやめたとしても、偶然廊下ですれ違うくらいのことはあってもよさそうなのに、影も形も見えないのです。

(まさか仕事を辞めたとか?私に一言も言わずに?)

もっとも私たちは仕事以外で言葉を交わしたこともない仲です。黙って消えたとしても不思議はありません。

ようやくMさんに会えたのは、10日近くも経ってからでした。

食堂の鉄扉を開けた瞬間、ちょうど出てきたMさんと鉢合わせしそうになったのです。
すれ違った瞬間、Mさんは私の顔を何とも言えない泣きそうな表情でちらりと見ました。

私はまたその場に凍りついてしまいました。
小さい子を泣かせてしまった時のような居心地の悪さで胸がいっぱいになりました。

けれど同時にホッとしていました。

やっぱり、誰かから私のことを聞いたんだ。これで宙ぶらりんな状態から解放される。
どうせかなうはずもない恋だったのだから、ここで終わりにすればいいだけのことだ。
あまり深く傷つけずに済んで、本当によかった……。

ところが翌日の朝。Mさんはまたエレベーターホールに現れたのです。
何事もなかったように、例によって空の台車を押して。
その上すれ違いざまに、小さな声で「お疲れさまです」と言いました。
今まではすれ違っても挨拶なんてしなかったのに……。

私はびっくりして金魚のように口をパクパクさせるばかりでした。

えーと、どう受け止めればいいのかな?人妻でもいいって開き直った?
それとも、職場の仲間として普通に接しましょうってこと?

その数日後から、私たちリストラ候補生は今度は補充の応援に駆り出されることになりました。
例によってMさんの監督の下に……。

何?この無駄モテ期

2019-06-25 10:25:20 | 日記
実は私は8年ほど前にも、若い男に思われてさんざんな目に遭ったことがあります。

相手は子供にスポーツを教えてくれるボランティアの大学生でした。
子供がらみだったので、ママ友にも疑われておおいに面目を失いました。
まあもともと私に面目なんてあるかないかわかりませんが。

その時も心の中で好きだっただけで実際には何もなかったので、噂だけで済みましたが、
失恋と恥のダブルパンチでかなりダメージを負いました。

(もう恋なんてしない)とその時誓ったのに……。

もう生理も上がっちゃったし、今さらモテたくなんかないのに、何この無駄モテ期。

私は愛情に関して意地汚いところがあります。
夫がいるのに、愛してくれる男がいると、手放すのが惜しくなってしまうのです。
子供の頃から周囲の大人の愛が姉に集中していたせいでしょうか。

私の場合寂しさは性欲と直結しており、友達では埋められないようです。
私が若く見えるのは恋愛体質のせいかもしれません。

休憩に行くため現場の鉄扉を押し開けて廊下に出ると、
ちょうど正面の総務部からMさんが出てくるのが見えました。

総務の受付の女性と何か話しながら歩いてきます。
朝も会ったのに、今日は2度も顔が見られてラッキー。

「クリスマスの物量なんか聞いてどうするの?」
「いや、ちょっと……」
Mさんはごまかして笑っています。

このタイミングで3階に来れば私に会えると思って、どうでもいい質問をしに来たのでしょう。

隣に立ってエレベータを待ちながら、無関心を装いつつも私はほんの少し彼のほうに視線を動かしました。
その途端、談笑していた彼が私のほうに向きなおりそうになって、
とっさに踏みとどまったのが分かりました。

私のこんなかすかな視線の動きにも、Mさんは全神経を集中しているのです。

かわいいなあ。

こんなオバサンのことを一生懸命追いかけて、バカだな……と思いつつ、いとおしさがつのります。
ああ、どうしよう!好きになればなるほど、つらい思いをすることは分かり切っているのに……。

(まだ大丈夫。まだズタズタになるほどのめり込んでない)
久々の恋の喜びに浸りながらも、まだ引き返せるかどうか自分で自分の気持ちを確かめる日々でした。

その翌日から、突然Mさんは私の前に現れなくなりました。

疲れたオジサンは恋バナで盛り上がる

2019-06-18 08:18:42 | 日記
私がMさんから逃げ回っているのが彼の友達には面白くないようで、休憩などで会うと冷たい目で睨まれることもあります。

友達と言ってもみんなMさんより年上で、社員さんもいるし、そのうちの1人は補充部門の副統括という偉い人なのです。
オジサンたちにとっては若いMさんのいちずな恋愛が眩しく、思わず応援したくなるのかもしれません。
それだけの魅力がMさんにあるのも事実です。

または、きつく無味乾燥な倉庫での労働に疲れたオジサンたちの心に、初々しいMさんの恋バナが潤いを与えるのかもしれません。

どっちにしても私には迷惑な話です。
私としては、年下の男との浮いたうわさなどで、職場で悪目立ちするわけにはいかないのです。そもそも既婚だし。
追っかけられれば追っかけられるほど無関心を装わざるを得ません。

(なんで?私、あの男の愛を受け入れなきゃダメ?その結果私がどんな運命をたどるか考えたことあるの?
離婚でもしたら誰か責任取ってくれる?ただ面白がって彼をあおってるだけのくせに……)

私は集団から圧力をかけられることが大嫌いなのです。こういうところはヒキコモリの息子とそっくりです。

Mさんは黒シャツとはいえ派遣社員で何の権限もないので、私が何かというと2階の応援に呼ばれるのは、
彼を応援している連中の差し金ではないかと思われます。

正直言うと、応援はあまり好きではありません。

Mさんの顔を見られるのはうれしいけど……劇場型恋愛のMさんの派手なストーキングのせいで、
私は2階では有名らしく、周囲の視線が痛いのです。

そもそもブースにこもりきりで1人でできる梱包の仕事が、自閉的な私には向いているのです。
大勢の人とすれ違い、声を掛け合うピッキングや補充の仕事は、私にとって気疲れするものでした。

私のいら立ちは彼の友達に向かっていきました。

(大の大人が寄ってたかって職場で何やってんの?
そもそも私のこと何歳だと思ってる?
年齢はともかく結婚してることくらい、それだけの人脈があれば調べられるんじゃない?)

居心地の悪い日々が続きました。Mさんにとっては純愛でも、私にとっては浮気です。
私にとってこの恋は、苦しく後ろめたい恥ずかしい秘密でした。

結果的にMさんをだましたみたいな形になってしまっていることも、付き合えるはずもない若い男を
未練がましくつなぎ留めておくことも、その男をオカズに夜ごと激しい絶頂に達していることも……。

周囲には隠しておきたいけれど、彼にだけは私の気持ちを知ってほしいという気持ちはもちろんありました。
同時に、知られてはならない、知られたらどんどん踏み込まれてしまうという警戒心もありました。

その頃の私は少女のように恋する気持ちと、イカれたオバサンだと自分を冷めた目で見る気持の間を
行ったり来たりしていました。
彼があまりに魅力的で支配的なので、いざというとき自制できるという自信がこれっぽっちも持てないのです。

まるで魅惑的な男にどこまで近づけるかというチキンレース。
どハマりしたら負けなのに、恋の毒が全身に回ったようになって、どうしても逃れられずにいたのでした。