ちいちゃんのひとりごと

ちいちゃんのひとりごとを勝手気ままに書いています。

休演→代演→休演→代演

2024年11月06日 | 介護
7日の浅草木馬亭の浪曲定席のとりが三門柳師匠だった。
それが五代目天中軒雲月師匠に代演となった。
ところが雲月師匠も体調を崩され富士琴美師匠になった。
浪曲協会の師匠と呼ばれる人たちが怪我やら病気やらで体調を崩されている。
楽しみにしていた他人には痛手です。
幸いチケットは予約制でもありません。
当日券です。
皆さんお目当ての師匠が休演なさることは残念ですね。
皆さんの一日も早い回復を願うところです。
私はと言えば自宅で2年前に倒れて入退院を繰り返した主人といます。
ましてや明日をも分からない入院している母がいます。
したがって私が熱を出す。
倒れる。
怪我をする。
私はそのようなことが起きないように日頃は気を付けています。
皆さんも体調管理をしてお過ごしくださいね。
特に私のように高齢者は気を付けてくださいね。

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咳喘息

2024年11月06日 | 介護
私は咳喘息とは言われたことはない。
ただ空気が悪いと咳が出る。
やたらと出る。
昔かかりつけ医で喘息ではないかと心配したが喘息では無かった。
気管支から来るものだろうが、風邪引きでも無いのに咳が出る。
この時期は鼻も出る。
春の花粉症の時期は何でもなかった。
おそらく秋の花粉症だと思われる。
すっかり私は腰を痛めて膝も悪くなりおまけに左手も負傷してからと言うもの、庭の草むしりが出来なくなったのだ。
草ぼうぼうの我が家の庭は花粉症のを呼ぶのだと思われます。
私の憧れの他人が咳喘息です。
今日はひどかったようです。
咳が出て喉も痛めてしまったようです。
薬局で市販の薬は効き目があるのでしょうか?
困りましたね。
私は咳をすると回りの他人から嫌がられます。
マスク越しでもコロナだと思われたりもします。
そもそも子供の頃から咳をしてました。
気管支が弱いようです。
タバコの他人が苦手です。
排気ガスも苦手です。
かえって咳を我慢すると苦しくなります。
皆さんは大丈夫ですか?


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自宅飯は一番美味しいよね

2024年11月06日 | 介護
自宅飯は一番美味しいと思うのだ。朝は牡蠣飯を炊いた。餅米入りの牡蠣飯は絶品です。
あらかじめ牡蠣は片栗粉か大根おろしで洗っておきます。
生姜は千切りにしておきます。
鍋に生姜の千切りと砂糖と酒と醤油を加えて牡蠣も入れてさっと煮ます。
ご飯は煮汁で炊きます。
炊き上がったご飯に牡蠣を入れて蒸らして混ぜたら出来上がります。
牡蠣は煮すぎると固くなり小さくなるのでさっと煮るのがコツです。
鍋も作りました。
決めてはかつお節と昆布の出汁です。
味付けは岡崎カクキューの八丁味噌です。
お酒と砂糖と八丁味噌です。
最後に少しお醤油を加えました。
白菜と水菜と大根と人参と椎茸と油揚げに長ネギに鳥肉だんごを加えました。
〆はうどんを入れても美味しいですよ。
ご飯を入れておじやも美味しいですよ。
肌寒くなってきたので鍋はいいですね。




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他人の飯を食う

2024年11月06日 | 介護
私は二十歳の頃に一度だけ他人の飯を食うが、他人の飯は美味しくはなかった。
すぐに帰ってきた私は自宅にいたが、家事を強いられるので、仕方なく前の会社に離して再び働くことになるのだ。
働いたはいいが、どこでもいいことは無いのだ。
弟が22歳で結婚をした。
私も漠然と結婚をしたいと会社を辞めた。
クッキングスクールに通うも楽しくはなかった。
自宅では家事を強いられたので、ハローワークに行き、次なる就職先を見つけてきた。
新しい会社でもいじめに合うのだ。
陰湿ないじめは後をたたない。
それでも何とか7年は働いた。
漠然と結婚をしたいと思っていた。
お見合いをした。
いくつかお見合いをした。
付き合った人もいた。
好みではなかった。
三十路を過ぎたら断ってはダメと職場の隣のおばさんに手相で言われていたので、32歳でお見合いをした他人と結婚をした。
相手を好きとか嫌いとか言うレベルではなかった。
2月にお見合いをして5月に結納を交わして10月末には結婚をした。
あばたもえくぼだったのかも知れない?
好きでもない人も長年連れ添えば愛情も生まれてくる。
新婚旅行は私の希望でハワイに行った。
新婚旅行は旦那が結婚式場に入っていた旅行会社に申し込んだので高い新婚旅行になったのは言うまでもない。
結婚式に旦那は呼べる友達がいなかった。
来たのは会社の先生夫婦だけだった。
私もまともに呼べる友達は1人しかいないので、なんとなく呼びたくもない職場の近所のおばさんたちを呼んだ。
いやはや大嫌いな新興宗教の熱心な信者のおばさんたちだった。
結婚式はつまらない結婚式だった。
自分の思い描いた結婚式とは掛け離れな式だった。
旦那の親族や母親の友人のカラオケの余興があり、私の方は父の姉が詩吟を披露して終わった。
唯一遠縁の国会議員からの電報が読まれた。
父が国会議員の秘書に頼んだものだった。
花嫁の私は終始泣かない。
なぜなら成田離婚を企てていたからだ。
ところが新婚旅行の帰りに成田には旦那の両親が迎えに来ていたのだ。
企てた成田離婚もおじゃんになったのは言うまでもない。
かくて私は成田離婚も叶わず、旦那と34年も連れ添うことになるなだ。#お見合い

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