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プリンパフェを注文したんだけど…ステキだねぇ。
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あまりに居心地がよくて、長居しそうだよ。
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なぜ日本人選手は銀メダルで謝罪するのか? 悪しき習慣を上杉隆氏が斬る
異例のメダルラッシュで日本中の注目を集めたリオ五輪が、ついに閉幕しました。数々の名シーンを産んだ今回のオリンピックでしたが、特に注目されたのが女子レスリングの吉田沙保里選手が4連覇を逃して「謝罪」した場面。しかし、メルマガ『上杉隆の「ニッポンの問題点」』で上杉さんは「試合直後に謝っている選手は日本人選手を除くと皆無」とバッサリ。敗戦後に日本選手が謝罪をするようになった原因として「ある事件」を紹介し、その悪しき習慣を批判しています。
なぜ日本人五輪選手は謝罪するのか?リオ五輪でレスリングの吉田沙保里選手が4連覇を逃した。それでも銀メダルだ。
4回、つまり16年間にわたる五輪出場で連続でのメダル獲得。立派という言葉が軽すぎるくらい立派でないか。
しかし、吉田選手は涙ながらに謝罪した。
「たくさんの方に応援していただいたのに、銀メダルで終わってしまって申し訳ないです」
「日本選手の主将として、金メダル、取らないといけないところだったのに、ごめんなさい」
「自分のやっぱり気持ちが、最後は勝てるだろうと思ってたんですけど、取り返しのつかないことになってしまって…」
「もうこんなにたくさんの方に遠いところまで来ていただいたので、日の丸の旗や声援がものすごく聞こえてきたんですけど、最後、自分の力が出し切れなくて申し訳ないです」
日本人には見慣れた光景だ。だが、果たして、いったい誰に対して吉田選手は謝っているのか?
金メダルを逃して、誰よりも悔しい思いをしているのは他ならぬ吉田選手本人だろう。だから、直後のインタビューが「悔しい」とかならば理解できる。あるいは、対戦相手に敬意を表して、グッドルーサーぶりをみせるのもわかる。
だが、「ごめんなさい」とはどういうことか?
実際に、今回のリオ五輪で、海外の選手ら(英語圏)が敗北した際のインタビューを、片っ端からYouTube動画などで探した。私が観た限りでは、試合直後に謝っている選手は皆無だった(日本人選手を除く)。それら大半は、対戦相手に祝辞を贈り、自らの敗因について分析しているものばかりだ。
かつて、競泳の千葉すず選手がアトランタ五輪で期待した成果をあげられず、出場した個人2種目でメダルを逃したことがあった。団体のメドレーリレーも4位だった。競技後、インタビューに答えた千葉選手はこう語った。
「オリンピックは楽しむつもりで出た」
「そんなにメダルメダルというのならば、ご自分で出ればいいじゃないですか」
「日本の人はメダル狂いですね」
言いたいことを言ってのける、若いアスリートらしい、気持ちのよい発言ではないか。むしろ清々しい。敗れてもなおテレビを通じて堂々と語る千葉選手をみて、私はむしろ頼もしさと喜びを感じたものだった。
ところが、日本社会はこの千葉選手の明るさと朗らかさを受け容れなかった。
「オリンピックをバカにしている」「わがままだ」などというバッシングが、千葉選手に向けられたのだ。いまで言う「炎上」というやつである。
千葉選手への攻撃はメディアのそれだけに留まらなかった。次のシドニー五輪の代表選考会に五輪標準記録を突破して優勝したにもかかわらず、代表に選ばれなかったのだ。生意気な千葉は五輪に連れて行かない、という連盟幹部の匿名のコメントも紹介される。こうなると、もはやメディアと日本水泳連盟を共犯とする社会的リンチの様相を呈した。
千葉選手は、当然にこのアンフェアな決定を不服としてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴した。だが、訴えは認められず、シドニー五輪には出場できず、そのまま引退を余儀なくされた。
この「千葉事件」はその後のアスリートたちに悪影響を与えた。競技に向かう選手たちは、試合よりも所属連盟の幹部たちに気を遣うようになったのだ。
これ以降、日本人選手たちが、五輪などの国際大会で心から楽しみ、自由な発言をすることがめっきり減った。
五輪での日本人選手の謝罪文化はこうやって確立されていったのではないか。
4年に1回のオリンピック。観る方にとってみれば4年に1回のお祭り程度の認識だが、選手にとってみれば長く苦しい4年間の集大成なのだ。せめて、ハレの舞台である五輪くらいは、楽しませてあげてもいいのではないか。謝罪など考えずに…。
どうせならば、各競技連盟には、試合後のインタビューでの謝罪は禁止するくらいの心意気をみせてほしいものだ。
image by: Shutterstock
『上杉隆の「ニッポンの問題点」』
「リテラシー」(情報を読み解く力)こそ、今最も必要なスキル。情報操作だらけの大手メディア報道では絶対伝えない情報を届ける『上杉隆の「ニッポンの問題点」』はリテラシー向上にピッタリのメルマガ。
出典元:まぐまぐニュース!
今年のオリンピックは、いつも以上にテレビを見たなぁ。
そのなかで、自分でも違和感を持ったことがまさしく『銀でも謝罪、銅でも謝罪』…。
日本人は嫉妬深いからなぁ。
非常に強い台風10号は今後、北東に向かって進み、火曜日にかけて本州に接近、上陸する見込みです。
26日(金)の午後6時、非常に強い台風10号は南大東島の南の海上をゆっくりとした速さで東へ進んでいます。中心の気圧は945hPa、中心付近の最大風速は45m/sで非常に強い勢力まで発達しています。
台風10号は今後、少しずつ速度を上げながら東よりに進む見込みです。28日(日)の午後3時には日本の南海上へ進みますが、台風の進路にあたる海域の海面水温が高いため、中心付近の気圧は925hPaまで発達する見込みです。中心付近の最大風速は50m/sとなるでしょう。
台風はその後も非常に強い勢力を保ちながら、29日(月)の午後3時には伊豆諸島の南東海上へ進みますが、その後は北へと進路を変える見込みです。
30日(火)の午後3時には東北から近畿にかけての広い範囲が予報円に入ります。そして31日(水)の午後3時には日本海へ抜ける見込みです。
予報円が大きい分、まだ進路が定まっていませんが、今のところ29日(月)の夜から30日(火)にかけては本州に上陸するおそれがあります。今後も最新の予報をこまめに確認するようにしてください。
※台風の予報円とは、台風の中心が70%の確率で入る範囲のことです。
この先、太平洋側の海上では次第に波が高くなり、西日本を中心に雨の強く降る所もありそうです。また、前回の台風9号のように関東地方に接近した場合、山沿いの地域では雨量がかなり多くなるおそれもあります。土砂災害や低い土地の浸水、河川の増水や氾濫などに警戒してください。
日本気象協会 気象予報士 篠原正
東京の実家へ帰省するタイミングとドンピシャなんだよなぁ。
31日は、湘南モノレールや江ノ電に乗りに行こうかと思っていたけど、無理かなぁ。
広島市の原爆ドームは、もとは「広島県産業奨励館」で、美術・物産品が展示される文化振興の場だった。不死鳥のようによみがえり、惨禍の爪痕をほとんど見ることができない市内にあって、鉄骨とれんが壁だけを残すドームは、核兵器の非道を示す象徴となった▼だが戦後、市民感情は解体論に揺れていたという。そんな時、原爆症で16歳で亡くなる楮山ヒロ子さんが、死の前年、日記に記した。「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、恐るべき原爆を世に訴えてくれるのだろう」(要旨)▼その思いに胸を打たれ、保存署名を始めたのが、10人ほどの子どもたちだった。運動は社会に大きな衝撃を与え、永久保存が正式決定された。50年前のことである▼世界遺産には原爆ドームやアウシュビッツのように、人類が二度と同じ過ちを起こさないための戒めの意味を持つ“負の世界遺産”がある。また近年、負の歴史があった場所を訪ね、思いをはせる「ダーク・ツーリズム」への関心も高まっている▼歴史は、それを直視し、正しく残す努力があってこそ歴史となる。負の歴史から目を背けたいという弱さを乗り越える勇気と、風化にあらがう強さが要る。広島、長崎の被爆者の平均年齢が80歳を超える今、切実にそう思う。(志)
実際に行って現物を見る。
たとえそれが負の遺産だったとしても、いや負の遺産だからこそ、現実に触れるべきだと思う。
信越線・篠ノ井線の長野駅―姨捨駅(長野県千曲市)間で運行中の「ナイトビュー姨捨 夜景ツアー」では、「日本三大車窓」の一つと言われる姨捨駅からの夜景が楽しめる。
姨捨駅は標高547メートルにある全国でも数少ないスイッチバック方式の駅だ。近くに「大和物語」に登場する姨捨伝説で有名な姨捨山(冠着山、標高1252メートル)や、平安時代から「月の名所」として知られ、松尾芭蕉も句を詠んだ「姨捨の棚田」もある。
姨捨駅からの眺めは、眼下に千曲川の流れを収め、善光寺平(長野市街地)や千曲市を一望することができる。夜にはきらめく光の点が市街地一面に広がり、幻想的な情景となる。姨捨の夜景は「日本夜景遺産」にも認定されている。
姨捨サービスエリアからの夜景しか見たことがないけど、キレイだったなぁ。