コロナ対応下で、小町座として初めて、朗読劇を上演しました。地元の公民館の行事にお招きいただきました。演目は「テイチクうたものがたり」。2016年にテイチクレコードの社史から書き起こしたもので、既に2回、公演していますが、小町座メンバーでは初めて。また、何より、今回は、マスクで稽古、本番はマウスシールドと観客席の間にビニールシートを吊って、と何もかも初めてのことです。マウスシールドに関しては、「え?マイクつけてるの?」と思うくらい、妙な反響があり、声はよく聞こえました。問題は、観客との間のシート。公民館の方が用意して下さいましたが、どうしても皺が出来、それにかぶると表情は全く見えません。それでも朗読劇なので、何といっても声の臨場感。そこは役者たち、よく頑張っていました。
今回、観客席を見ていて感じたこと。これまで2回上演しましたが、何かが違う。椅子と椅子との間隔があり密集感もなく、空間に余裕があるため、小劇場的な臨場感がない…。いえ、そんなこと以上に、マスクをして、声を発しないように「見る」ということは、芝居を見ている呼吸さえも抑制し、感応することを拒むのかもしれない…と感じました。懐メロを歌うシーンもありますが、一緒には歌えない。足で拍子をとっている方もいましたが、そんなリアクションがとても有り難く思いました。
まもなく、舞台も椅子の間隔をあけなくても良しとなるようですが、マスクで声はなるべく出さないのは続きます。つくづく、舞台というのは、お客様の反応をいただき、それによって演じる者がライブに力をもらいながら、共に完成させるものなのだ、と思いました。
それでも、小町座のメンバーにとっては、昨年12月の本公演以来の舞台。「舞台が出来たことが嬉しかった、心の中でシールドをなくしてました」という感想は嬉しかったです。
一方、私は今のこの状況を取り込んだ、新作のイメージがすっかり出来ています。これがいつ披露できるのかは全くわかりませんが、今だからこそ書ける戯曲にむかって、妄想?世界が広がっていきます。次なる小町ワールドによろしくおつきあい下さいませ。
リハの様子
今回、観客席を見ていて感じたこと。これまで2回上演しましたが、何かが違う。椅子と椅子との間隔があり密集感もなく、空間に余裕があるため、小劇場的な臨場感がない…。いえ、そんなこと以上に、マスクをして、声を発しないように「見る」ということは、芝居を見ている呼吸さえも抑制し、感応することを拒むのかもしれない…と感じました。懐メロを歌うシーンもありますが、一緒には歌えない。足で拍子をとっている方もいましたが、そんなリアクションがとても有り難く思いました。
まもなく、舞台も椅子の間隔をあけなくても良しとなるようですが、マスクで声はなるべく出さないのは続きます。つくづく、舞台というのは、お客様の反応をいただき、それによって演じる者がライブに力をもらいながら、共に完成させるものなのだ、と思いました。
それでも、小町座のメンバーにとっては、昨年12月の本公演以来の舞台。「舞台が出来たことが嬉しかった、心の中でシールドをなくしてました」という感想は嬉しかったです。
一方、私は今のこの状況を取り込んだ、新作のイメージがすっかり出来ています。これがいつ披露できるのかは全くわかりませんが、今だからこそ書ける戯曲にむかって、妄想?世界が広がっていきます。次なる小町ワールドによろしくおつきあい下さいませ。
リハの様子