小次郎が虹の橋へ旅立ってから1ヶ月経ちました。
大好きな小次郎。
15年一緒だった小次郎。
振り返るまでには時間を要したけど…
病と闘って辛そうな小次郎ばかり思い出しては泣いてたけど…
そろそろ元気だった頃の楽しい想い出、星野家に笑顔をプレゼントしてくれた可愛い顔の小次郎を思い返したいなって思います。
ダンボールに捨てられていた子猫2匹。
ご近所さんがなぜか我が家に知らせに来て、子猫を見てしまった両親は見捨てるわけにはいかずに家に連れ帰りました。
それが、さちと小次郎でした。
最初からうちの猫だったか!?っていうくらい初日から星野家に馴染んでいて、いつも飼い猫にはあまり懐かれない父にも分け隔てなく接してた2匹。
だから、父もデレデレだったな。
2匹の大運動会は過激で、帰宅すると床に炊飯器が転がっていたこともしょっちゅう…!(๑꒪⍘꒪๑)
子猫の頃は、よく父の手作りの仏壇や神棚に乗って好き放題してたよね。
だから、うちの仏壇には上に乗れないように三角屋根が後付けされたんだぞ!?
子猫の時の罰当たり写真がどこかに紛れて見つからないんだけど、大人になっても変わらずの小次郎。
で、やっぱり父お手製のキャットタワーに上ると、なぜか興奮して猫キック炸裂。
息を吹きかけると、さらに興奮。
小次郎は、私から見ると草食系男子。
遠慮がちで、さちにいつも押されてたね。
寝てるとこ寝てるとこ、さちに横取りされて、一緒に寝てても枕にされて。
で、自分の寝床にさちが寝てると、ジーっと見てるだけで何も出来ない。
その代わり、おねーちゃんの私物が小次郎の枕や敷布団にされてたよね。
おねーちゃんの匂いがついてたから?.+:。(〃∇〃)゚.+:。
おねーちゃんの膝に乗りたくても遠慮がちで。
「乗りたいな」って顔でずっと待ってる。
「いいよ」って言っても、乗るまでが焦れったい!
年に一度のワクチン接種の時も、大暴れするさちとは違い、あっさり捕まって、無言でキャリーバックに収まって、帰宅して反抗的なさちを横目に、すぐいつも通りリラックスしてたね。
病院嫌いには違いなかったけど。
逃げるのが下手、隠れるのが下手、何かを捕まえるのが下手。
おっとりしてるというか、諦めが早いというか「お前は絶対外じゃ生きられないね」っていつも話してた。
小次郎は、ヒモ一本、お手玉1つ、丸めたレジ袋、なんでもおもちゃにして遊んでた。
お金かからなくて助かったもん。
猫じゃらしには目がなかったね。
小次郎の執着は凄まじかったなぁ。
おねーちゃん、怪我覚悟で遊び相手になってたよ。
よく空き家のお隣のベランダに探検しに行ってたね。
玄関先で出迎えてくれるのも嬉しかったよ。
夏は小次郎のおっぴろげ姿にいつも笑わせられたっけ。
東日本大震災の時もあの大きな揺れの中、すぐそばでスフィンクスのように踏ん張って耐えてたね。
小次郎は揺れるたびに私たちの近くに逃げてくるから安心だったよ。
怖かったけど「守ってあげなくちゃ」って奮い立ったよ。
一度、弟が自宅に帰る時に、一緒に小次郎も玄関の外に出たのに気づかず、一晩締め出しちゃったことあったね。
翌朝、慌てて外に探しに行ったら、家のすぐ下の階の踊り場にうずくまって、ジッとしてたんだよね。
臆病者で助かったよ。
いつも私たちに気を遣ってもくれてたよね。
名前を呼べば、すぐに寄って来てくれる。
自分が別のとこに行こうと歩いてても、呼べば必ずこっちを優先してくれる。
たまに「うーん、あっち行きたいけど…おねーちゃんが呼んでるし…うーん、うーん」って悩んでる事もあったよね。
そんな小次郎が健気で可愛くて、ついつい用もないのに呼んでばかりでゴメンね。
歳を取ってから、痩せてる小次郎しか印象になかったけど、ピーク時はさすがにスゴかった!
なんじゃこりゃ!∑(゚д゚;ノ)ノ
13歳になってからは病院通いが続きました。
発作が起き、膀胱炎になり、食欲不振になり、甲状腺機能亢進症の治療で療法食を強制給餌であげるようになり、ストレスで舐めハゲも出来…
舐めハゲ対策で、洋服着せたりアレンジしたり大変だったんだから!
でも似合ってたなぁ…(*´艸`*)
最終的には、布製のエリザベスカラーにしてハゲは完治したけど、この姿↓もおねーちゃん最高に好き!
小次郎も嫌がってなかったもんね。
さちが亡くなってから、益々甘えん坊さんになりました。
それまで、さちに遠慮してたのか、寂しがってる私たちを慰めようとしてくれたのか…
ある時から、私が布団を敷くと、どこにいても、どんなに自分が寝てても、必ず私の枕元に座りに来たよね。
急に始まったんだよね。
「なんで?」って思ってたけど、嬉しかったな。
でもすぐいなくなる。
添い寝まではしてくれない。
もしかして「おねーちゃんが眠るまで、近くにいてあげる」って事だったのかな。
やっぱり小次郎は優しいんだ。
小次郎はカメラを向けると、ジッと見つめてくれるから、可愛い写真がいっぱいあるんだよ。
でも、おねーちゃんと一緒に写ってるのは唯一これだけ↓
よりにもよっての強制給餌の時の写真。
もっと一緒に撮りたかったけど、家族に撮ってくれる人がいないんだもん…(இωஇ)
今思えば、動画をたくさん撮っておけばよかったって後悔してる。
小次郎の面白い仕草や可愛い声を残しておけばよかった。
小次郎の動画が経鼻カテーテルや圧迫排尿の病院でのレクチャーなんて、見返すの辛いだけだもん…。゚(。ノωヽ。)゚。
今年の3月からは通院ばかりで、歩けなくなって、寝たきりになって、自力で食事も排泄も出来なくなって…
希望を捨てずに看病したけど、小次郎はもう限界だったんだよね。
そんな身体で私たちのために頑張ってくれてたんだよね。
小次郎がどうしてほしいのかわからないまま、苦しい思いばかりさせちゃったけど「小次郎がそこにいる」っていうだけで、おかーさんもおねーちゃんも癒されてたんだ。
小次郎。
会いたい。
謝りたい。
抱きしめたい。
撫でてあげたい。
鼻キスしたい。
声が聞きたい。
ゴロゴロも聞きたい。
そばにいてくれるだけでいい。
なんだか恋人に言ってるみたいだけど、小次郎は性格が男前な猫だったから。
おねーちゃん、本気で小次郎に惚れてたんだぞ♡
縁あって、2匹一緒にうちに来てくれて…
たくさん笑わせてくれて、たくさん想い出をくれて、15年も幸せに過ごさせてくれて…
小次郎、ありがとう。
いつまでも忘れないからね。
大好きな小次郎。
15年一緒だった小次郎。
振り返るまでには時間を要したけど…
病と闘って辛そうな小次郎ばかり思い出しては泣いてたけど…
そろそろ元気だった頃の楽しい想い出、星野家に笑顔をプレゼントしてくれた可愛い顔の小次郎を思い返したいなって思います。
ダンボールに捨てられていた子猫2匹。
ご近所さんがなぜか我が家に知らせに来て、子猫を見てしまった両親は見捨てるわけにはいかずに家に連れ帰りました。
それが、さちと小次郎でした。
最初からうちの猫だったか!?っていうくらい初日から星野家に馴染んでいて、いつも飼い猫にはあまり懐かれない父にも分け隔てなく接してた2匹。
だから、父もデレデレだったな。
2匹の大運動会は過激で、帰宅すると床に炊飯器が転がっていたこともしょっちゅう…!(๑꒪⍘꒪๑)
子猫の頃は、よく父の手作りの仏壇や神棚に乗って好き放題してたよね。
だから、うちの仏壇には上に乗れないように三角屋根が後付けされたんだぞ!?
子猫の時の罰当たり写真がどこかに紛れて見つからないんだけど、大人になっても変わらずの小次郎。
で、やっぱり父お手製のキャットタワーに上ると、なぜか興奮して猫キック炸裂。
息を吹きかけると、さらに興奮。
小次郎は、私から見ると草食系男子。
遠慮がちで、さちにいつも押されてたね。
寝てるとこ寝てるとこ、さちに横取りされて、一緒に寝てても枕にされて。
で、自分の寝床にさちが寝てると、ジーっと見てるだけで何も出来ない。
その代わり、おねーちゃんの私物が小次郎の枕や敷布団にされてたよね。
おねーちゃんの匂いがついてたから?.+:。(〃∇〃)゚.+:。
おねーちゃんの膝に乗りたくても遠慮がちで。
「乗りたいな」って顔でずっと待ってる。
「いいよ」って言っても、乗るまでが焦れったい!
年に一度のワクチン接種の時も、大暴れするさちとは違い、あっさり捕まって、無言でキャリーバックに収まって、帰宅して反抗的なさちを横目に、すぐいつも通りリラックスしてたね。
病院嫌いには違いなかったけど。
逃げるのが下手、隠れるのが下手、何かを捕まえるのが下手。
おっとりしてるというか、諦めが早いというか「お前は絶対外じゃ生きられないね」っていつも話してた。
小次郎は、ヒモ一本、お手玉1つ、丸めたレジ袋、なんでもおもちゃにして遊んでた。
お金かからなくて助かったもん。
猫じゃらしには目がなかったね。
小次郎の執着は凄まじかったなぁ。
おねーちゃん、怪我覚悟で遊び相手になってたよ。
よく空き家のお隣のベランダに探検しに行ってたね。
夏は小次郎のおっぴろげ姿にいつも笑わせられたっけ。
東日本大震災の時もあの大きな揺れの中、すぐそばでスフィンクスのように踏ん張って耐えてたね。
小次郎は揺れるたびに私たちの近くに逃げてくるから安心だったよ。
怖かったけど「守ってあげなくちゃ」って奮い立ったよ。
一度、弟が自宅に帰る時に、一緒に小次郎も玄関の外に出たのに気づかず、一晩締め出しちゃったことあったね。
翌朝、慌てて外に探しに行ったら、家のすぐ下の階の踊り場にうずくまって、ジッとしてたんだよね。
臆病者で助かったよ。
いつも私たちに気を遣ってもくれてたよね。
名前を呼べば、すぐに寄って来てくれる。
自分が別のとこに行こうと歩いてても、呼べば必ずこっちを優先してくれる。
たまに「うーん、あっち行きたいけど…おねーちゃんが呼んでるし…うーん、うーん」って悩んでる事もあったよね。
そんな小次郎が健気で可愛くて、ついつい用もないのに呼んでばかりでゴメンね。
歳を取ってから、痩せてる小次郎しか印象になかったけど、ピーク時はさすがにスゴかった!
なんじゃこりゃ!∑(゚д゚;ノ)ノ
13歳になってからは病院通いが続きました。
発作が起き、膀胱炎になり、食欲不振になり、甲状腺機能亢進症の治療で療法食を強制給餌であげるようになり、ストレスで舐めハゲも出来…
舐めハゲ対策で、洋服着せたりアレンジしたり大変だったんだから!
でも似合ってたなぁ…(*´艸`*)
最終的には、布製のエリザベスカラーにしてハゲは完治したけど、この姿↓もおねーちゃん最高に好き!
小次郎も嫌がってなかったもんね。
さちが亡くなってから、益々甘えん坊さんになりました。
それまで、さちに遠慮してたのか、寂しがってる私たちを慰めようとしてくれたのか…
ある時から、私が布団を敷くと、どこにいても、どんなに自分が寝てても、必ず私の枕元に座りに来たよね。
急に始まったんだよね。
「なんで?」って思ってたけど、嬉しかったな。
でもすぐいなくなる。
添い寝まではしてくれない。
もしかして「おねーちゃんが眠るまで、近くにいてあげる」って事だったのかな。
やっぱり小次郎は優しいんだ。
小次郎はカメラを向けると、ジッと見つめてくれるから、可愛い写真がいっぱいあるんだよ。
でも、おねーちゃんと一緒に写ってるのは唯一これだけ↓
よりにもよっての強制給餌の時の写真。
もっと一緒に撮りたかったけど、家族に撮ってくれる人がいないんだもん…(இωஇ)
今思えば、動画をたくさん撮っておけばよかったって後悔してる。
小次郎の面白い仕草や可愛い声を残しておけばよかった。
小次郎の動画が経鼻カテーテルや圧迫排尿の病院でのレクチャーなんて、見返すの辛いだけだもん…。゚(。ノωヽ。)゚。
今年の3月からは通院ばかりで、歩けなくなって、寝たきりになって、自力で食事も排泄も出来なくなって…
希望を捨てずに看病したけど、小次郎はもう限界だったんだよね。
そんな身体で私たちのために頑張ってくれてたんだよね。
小次郎がどうしてほしいのかわからないまま、苦しい思いばかりさせちゃったけど「小次郎がそこにいる」っていうだけで、おかーさんもおねーちゃんも癒されてたんだ。
小次郎。
会いたい。
謝りたい。
抱きしめたい。
撫でてあげたい。
鼻キスしたい。
声が聞きたい。
ゴロゴロも聞きたい。
そばにいてくれるだけでいい。
なんだか恋人に言ってるみたいだけど、小次郎は性格が男前な猫だったから。
おねーちゃん、本気で小次郎に惚れてたんだぞ♡
縁あって、2匹一緒にうちに来てくれて…
たくさん笑わせてくれて、たくさん想い出をくれて、15年も幸せに過ごさせてくれて…
小次郎、ありがとう。
いつまでも忘れないからね。