ヤスの雑草日記(ヤスの創る癒しの場)

私の人生の総括集です。みなさんと共有出来ることがあれば幸いです。

時間と空間と人の記憶と

2008-12-15 23:40:09 | Weblog
 大学時代の友人の通夜だった。58歳にしてこの世をあっけなく去っていってしまったのである。大学の頃、友人たちと一致していた認識は、亡くなった友人が最もこの世に憚るだろう、ということだった。何十年も会っていない友人たちと、葬式でしか再会出来ない不甲斐なさを互いに慨嘆しながらも、彼の外面的なイメージとは、あくまでお気楽で、少々軽くて、女っぽいしぐさが気になる男だった、ということだっただろうか。それにしても惚れやすい男で、大学の4年生の頃、好きな同級生がイギリスに留学してしまい、彼女を追いかけてイギリスを彷徨い、彼女に自分の気持ちを伝えることも出来ずに、長い間帰国しなかったような、純情で、照れ屋で、その割には中途半端に行動的な男だったのである。
 そんな彼が、職場で素敵な美人の女性を射止めたのは、少々驚きだった。あいつはどうやって、あんな美人に自分の気持ちを訴えることが出来たのか、という話題で持ち切りの、彼と彼女の結婚披露宴だった。大仰なものではない。梅田の阪急電車の高架下にあるフランス料理だったか、イタリアンだったかの、こじゃれた店の二階で口にした料理の味がなぜか鮮明に蘇る。そして、そのときの彼の、嬉しい、とはこういう表情を指して言うものなのか、というくらいの満面の笑み。花嫁さんの綺麗な横顔(勿論正面から見ても類稀なる美形)を盗み見るときの胸の高鳴り。それらがワーと押し寄せて来る。帰りに、彼女と交わした手をなかなか離さなかった記憶と、みんなから、なんでお前だけが彼女と握手するかなあ、と呆れられ、それらの声に向かって、そういうならば手も握れなかったのはひとえにお前らの怠慢なのであって、オレが正直なだけだろう、と僕はうそぶいた。それ以来、彼にも、彼女にも今日の彼の通夜まで一度も会うことがなかった。若さとは哀しいほどに楽観的だ。いつでも会える。決まり切った紋切り型の、自己都合だけの人生の歩み。馬鹿げたことだ、と思う。
 時の流れとは残酷なものだ。何十年と会わなかったせいで、通夜で出会った友人たちの容貌の変化にギョッとしながらも、何も変わってはいないかのごとくに、言葉を交わす。友人たちも、いや、敢えてかつての友人たち、と呼ぼうか、彼らも僕に対して同じ想いで接しているのが手にとるように分かる。何とも居心地のよろしくない時間の流れの中で、自分の過去への郷愁が頭の中を駆け巡る。
 喪主の奥さんは少しやつれていて、かつて握手したときの面影が何とか伺えるほどには、あのときのレストランで握手した手の柔らかさと温もりをもっていた人であることが識別できる。たかだか40分くらいの焼香の時間が通夜という儀式の実体である。人の死とやらが成仏するということであって、永遠の別れなどではない、と何百回と繰り返してきたであろう説法を、僧侶はまたも今夜ご丁寧に繰り返した。本来、通夜などは友人の写真でも眺めているだけでよろしいのである。坊主も祭壇も不必要だ、と感じることにますます確信が深まる。数珠も持たずに焼香とやらを済ませて、喪主である奥さんの顔を見つめて、頭を垂れた、その瞬間、彼女の顔つきに変化が現れた。何十年という時の流れと、空間的な隔たりとしての過去の一点と現在の一点とが瞬時に繋がったのが僕には分かった。僕の名前などすっかりと忘れているにせよ、あのときのレストランでの別れ際の握手の感触が彼女の裡にも蘇ったはずである。その一瞬、亡くなった友人とも何かが繋がった気がしたのは決して思い過ごしなどではなかろう。
 会場を出るとき、喪主の奥さんと友人の弟さんと、たぶん彼の母親とが出口で丁寧に一人一人に頭を下げている。彼女が顔を上げた瞬時に、披露宴のパーティでお会いしたままで、申しわけありません、と呟いたら、彼女は、ええ、23年ぶりです、と呟き返してくれた。やはり彼は良い奥さんと長きに渡る時を過ごしてきたのだろう、と実感し、死ぬなら、こんなふうにこの世を去りたいものだ、と心底思った。少し急ぎ過ぎたが、かつての友よ、君はたぶん早すぎる死に対して憤ったにせよ、長く生きるだけが人間の生きかたではない。君は確実に幸せだったと思う。そのように今夜君の死を胸に落とした。そう遠くないうちに、僕も逝く。あの世などないし、人の死など無に帰するに過ぎないが、やはり僕も君と同じように無となるのである。寂しがる必要などないんだよ。だって、君は幸せだったのだから。

○今日も推薦図書はありません。自分の過去の遺骸と直面してきた日です。昨夜と同様に読み流してください。

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