ヤスの雑草日記(ヤスの創る癒しの場)

私の人生の総括集です。みなさんと共有出来ることがあれば幸いです。

潔く生き抜き、潔く死を受け入れたい、と思う

2008-10-31 00:26:03 | 観想
○潔く生き抜き、潔く死を受け入れたい、と思う

若い頃の主な関心事とは、人はなぜ生きるのか?あるいは人はなぜ死なねばならないのか?という、とても本質的な哲学的思念の只中でもがいているものだろう。それがはっきりとした思想になり得なくても、生きることの退屈感や、重圧感に打ちひしがれそうになりながら、個性的な違いによって、何らかの抗いに身を晒すのが若さというものである。僕から見ると、青年という、考える自由を最も多く持ち、苦悩する自由さえ最も純粋な形で表現し得る時期に、大人の価値観に対して、何らの疑念も持たず、社会的エリートへの道のりをひた走るような青年たちが、現代という時代を実につまらない存在にしてきた大人たちの焼き直しのような存在に見えて、実に厭な感じを抱いてしまうのを禁じ得ない。

たぶん、自分の生と死というものを、ある種の潔さの中に閉じ込めることが出来るのは、ちっぽけな存在者たる自分が、この世界から立ち去ることになるにせよ、世界は厳然として存在し続け、しかしその一方で、世界の未来を託してゆけるであろう、若い人々が営々と生の営みを絶えることなく、この世界の只中で、永続させてくれるのだろうという、密やかなる希みがあるからだ。確かに自己という一個の人間はちっぽけな存在に過ぎないが、自己の生と死というものを、それ自体として閉ざしてしまうような死生観は、いかにもさもしいと僕は思う。閉じた生も死も、僕には自己の美意識たる<潔さ>からは程遠い概念性である。潔いとは、何も右翼の腹切りや、自爆テロに殉じるテロリストのような決断を意味しない。僕にとっての潔さとは、生も死もあくまで世界に開かれた概念が生み出す可能性を指して言うのである。自己の生が、他者の生に対する力に繋がり、自己の死は、死を終末とするのではなく、勿論輪廻転生などという馬鹿げたスピリチュアリティを意味するのでもなく、あくまで死は死そのものとして受容するが、未来を担う人々がこの世界を限りなく広げてくれることを願うという意味で、自己の死も世界に開かれたものと考え得るものである。その意味で、僕の死生観は神など信ぜずして、そのままに開かれた概念性を持ち得ると確信する。それが僕の裡なる<潔さ>の定義でる。

だからと言って、自分など決して人に褒められるような生きかたはしていない。むしろ、脱線に次ぐ脱線の連続が自己総括としての僕の生きざまである。多くの人を傷つけた記憶の方が生々しく自分の脳髄を支配しているし、逆に、人のためになれたことなど、かなり手前勝手に考えても、数えるほどしかない。そんな人間なのだから、別に上からの目線で青年たちにもの申すつもりなど毛頭ない。むしろ青年たちに懇願したいくらいのものである。「オレはもう何も出来ずこの世界から立ち去るし、そして君たちに残してやれることなど一切なかったわけで、何かを言い残す資格などないけれど、君たちには、出来ることなら後悔のない人生を歩んでほしい。後悔のない人生ほど、他者のためになり得る可能性を秘めた生きかたなんだから」と、人知れず呟いて、この世界から立ち去りたいものである。それが僕の覚悟である。

現代は、いまの大人の大半が恩恵を蒙ってきたような価値観など、どこをどう探しても見つかりはしない世界である。だからこそ、学歴社会をはじめとする既成の価値など信じてはいけない。所詮、大人の唱える価値観などは、自分の経験則の中から拾い出した浅薄なものに過ぎないからである。さらに言えば、大人だって、自分が生き残るためには、君たち青年を犠牲にしても憚ることはないだろう、ということである。こんな日本社会の中に閉じこもらず、チャンスがあるなら、世界へ飛び出せ!そして、文字通り自己の世界観を広げよ!訪れ来る死を待つだけになってしまった哀しきおっさんの、小さな世界に対する見切りのつけかた、それを敢えて<潔さ>と呼ばせてくれるなら、自分の矮小な生と死が、未来に生きる人々へと繋がりますように、と切に願う。

○推薦図書「スペインの墓標」 五木寛之著。実業之日本社。 激動と反抗と狂気の‘60~’70年代を生き抜いた男の生きざま、女のいきざまを描いた五木の最も存在理由の深かったかなり前の作品集の復刻です。いまや五木寛之は、仏教精神にすがりつき、人生釧めいた書ばかりを書いては儲けている作家になり下がりましたが、この時期の五木は掛け値なしですばらしい、と思います。どうぞ、楽しんでください。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

生きた痕跡など残したいとは思わないな

2008-10-29 04:56:40 | Weblog
○生きた痕跡など残したいとは思わないな

僕の思い過ごしかも知れないが、人はどのような個性に生まれついても、自己主張という欲動からは自由にはなれないような気がする。目立ちたくないと言う人も、それは、文字どおりの自己主張という意味合いの反証としての現れなのであって、まったく自己を圧殺して生きることなど本来、人間には出来はしない、と僕は思う。自己主張とは何も自己の考えを表出するという狭い範囲に閉じ込めて捉える必要はない。この世界において、自分の意思に従って何らかの形で、自己表現をしたいと思い、この世界の中に生きている限りにおいて、生きる意味を模索しつつ生を全うするという行為そのものが、自己表現であり、自己表出である。むしろ人の心に深い傷のごときものが刻まれ、自己表現の機会を隠ぺいしたくなるような心性こそ、限りなく不幸なことなのではなかろうか。

自己表現するためには、当然のごとく他者の存在を抜きにしては語れない。物言わぬ壁に向かって物申すなどという行為は虚しく、また切ない行為であろう。己れの存在を語るには、必然的に語るべき対象があってこそ、自己表現に意味が付加されるのである。派手に世の中の注目を集められる人も、市井の人として生を閉じる人も、自己表出という意味合いにおいては、同質量である。つまりは自己表現という領域においては、有名・無名を問わないものだろう。正直に告白しておくと、僕自身は、個性的な問題なのだろうが、どのように差っ引いても、派手に世界に向かって自己表出をしたい人間である。その意味においては、いまに至るも、いかにも派手というには正反対の生きかたしか出来ていないわけで、自己評価としては、明らかに敗北した側の人間としての感性を抱いたままに、生を閉じることになるのだろう、と思う。まあ、自分の志向が分かっていながら、そうできなかったのだから、明らかに力量がなかったということだろう。致し方ない。これが自分の能力の限界か、と思う。生ある限り自己の志向の実現に関しては、決して諦めることはないが、答えは自ずと出てはいる。ただ、諦念という概念は僕には無縁なので、いつまでも辿り着けないものに対して、もがき続ける生涯なのではなかろうか?

ただはっきりと断言できることは、僕の欲動は生きている限りにおいてのそれであって、僕の自己表出の根強き願望は、自分の死をもって無に立ち返る。したがって、自己の死後のことなどは無責任なようだが、知ったことか、とも思う。僕から言わせれば、生きてナンボの世界こそが、世界そのものなのだ。だから、死しても自分の生きた痕跡を残したいという、かなり普通に通用する感覚は一切僕の裡にはない。僕にとっての死とは全ての終焉を意味するのであって、死後の世界など胡散臭い存在でしかないし、だからこそ僕は思想的には無神論者であり、政治的なスタンスにおいてはアナーキストであることを迷いなく貫きたいと思う。

死を迎えたら、様式化された死の儀式などまっぴらだし、衛生法などという法律などがなければ、死した自分の亡骸など、人の邪魔にならないところへでも棄ておいてくれればそれでよい。現実的にはそうもいかないのであれば、棺桶は値段がはりそうだし、日本は火葬で死者の後始末をするのであれば、大きめの段ボール箱にでも自分の遺骸を詰めてもらって焼いてもらえばよい。死の様式化に、つまらない金を使うくらいなら、生者のために使える金である方がどれほどよいか知れたものではない。馬鹿高い墓などもっての他だし、自分の死後の形式的な儀式めいたことも全てなきものにしたいと、死するときに書き遺そう、と思う。死者の遺言でもなければ、世間という目が死者である僕自身の意図を阻みかねないからである。繰り返すが、僕の中では死は全ての終焉である。終焉とは、その言葉どおりに、密やかにこの世界から立ち去るべきことを意味している、と信じて疑わない。

たぶん、僕の生は大いなる失策として終わるだろう。それならば、自己の死くらいは自己主張を貫きたいものだ、と心底思う。死者は死者らしくあくまでこの世界から静かに立ち去るべきであり、さらに言うなら、生の痕跡すら残す必要もないではないか。大切な誰それの記憶の中にしばらくの間、漠然としたイメージとして留まれれば、それに越したことはないが、他者と隔絶した死であってもそれでよし、とする。死するとき、出来る限り、己れの生の痕跡を残さず、この世界という舞台から去りたい。生という人生舞台から、自分の痕跡を綺麗さっぱりと取り払っておさらばしたい。どうと言うこともない観想だが、敢えて書き残す。

○推薦図書「ある意味、ホームレスみたいなものですが、なにか?」 藤井健伺著。小学館。死についての僕の勝手気儘な観想ですので、せめて推薦図書は、真逆の、生のドタバタ劇の中から生きる意味を見出せるような作品を推薦します。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

人生って、どれだけ自分の過去からの呪縛から解放されるかで、幸・不幸が決まるなあ

2008-10-28 00:46:37 | 観想
○人生って、どれだけ自分の過去からの呪縛から解放されるかで、幸・不幸が決まるなあ

いまのような仕事に辿りついたのは、殆ど偶然の産物に近いから偉そうなことは言えないが、現在の僕の観想では、人は成長して、自立し、自分一個の存在として生きているかに見えて、その実、決してそうではない。人間とは敢えて乱暴な言い方をすると、自立するとは、いかに自分の過去のしがらみから解放され、自由になれるかの度合によって、その人の幸福の度合が決まるということでもある。

よく考えてみれば簡単なことなのかも知れない。だってそうだろう。人が成長するに従って身にまとう教養の質量とは、当然進行形のそれを含めるとしても、大半は過去の総体ではないか。だからこそ人は自分の過去から全く自由になれはしない。よい意味でも悪い意味でも過去が現在の自分を支配している。逃れられない事実であろう。この事実を厳粛に認めた上で、現在の自己、そして未来における自己のありようを、過去の生の総体としての存在として、いかに再構築することができるかどうかが、人間が自由という概念を獲得することと深く結びついているのではなかろうか?単に過去に縛られたままに生きていては、自分の将来に一条の光も射しては来ないであろう。このとき、人は自由とは正反対の、呪縛の只中に生きていることになる。人の不幸とは、このような精神性から生み出される具象の集合体である、と言って過言ではない。人が生きて、自己の生に某かの可能性を見出すことができるか否かは、過去の呪縛を解きほどいて、呪縛の隙間に、可能性という光をどれほど多く差し込ませることができるのか、という精神の営為の果てに生じる結果如何によって決定される。

したがって、人の幸福や不幸という結果は、一見すると具体的なものに感じられるかも知れないが、幸福になるも不幸のどん底に止まるも、それはあくまで自己の過去との対峙を超克した上で獲得される、至って思念的な要素に満ち溢れているのである。言葉を換えれば、人間の未来への可能性とは、観念の可能性と言い換えても間違いはないだろう。思考力の低下した人々にとっては、日常とは日々起こる雑多な出来事を称して、日常を自己の置かれた世界にまで敷衍して、世界、つまりは己れの現在および未来を、ことのほか具体的に生起する日々の出来事にすり替えてしまい、過去の再検証もなく、そうであれば、当然のごとく過去の総体の再構築など夢のまた夢の中に放り投げて、安穏として憚らない。つまりは思考停止状態のままに生を空費していることになるのではないか。

繰り返して言うが、人は決して過去から全く切り離されるように自由を獲得するのではない。人はいかに不幸な過去を背負っているにせよ、その過去に現在と未来の可能性の光を照射し、過去を再構築することによって、新たな自由を獲得するのである。自由とは思考の自由の力そのものである。

過去に安易に縛られることなかれ!過去を自分の不幸の言い訳にすることなかれ!その意味で、常に努力家であれ!過去の総体をいかに変容させ得るか、これが生きる課題なのである。幸福になるも、不幸に甘んじるも、自分に対する精神的変容を果たすべく努力するか否かに懸っている。それはつまり、自由を獲得するも、不自由を己れの力量のなさの言い訳にするも全ては己れの観念の磨きかた如何に懸っていると言い直すことが出来る。歳はとったが、まだまだ僕は自由であり続けたい。心底そう思う。

○推薦図書「吉増剛造詩集」吉増剛造著。ハルキ文庫。血のように熱く疾走する孤独な詩的シーンをくり広げる詩人の言葉に触れてください。人間の存在そのもの、行為そのもの、想いそのものが鮮烈な言語の体験ともなり、無限なる詩的宇宙を創造していきます。お勧めの書です。ぜひどうぞ。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

生という平衡感覚

2008-10-27 02:34:30 | 観想
○生という平衡感覚

生きるという営為のプロセスにおいて、人はしばしば自分でも想像し得なかったような力を発揮することに驚き、勇気を奮い立たせ、眼前の壁に立ち向かうことができる。またその一方で、想像を絶するほどの脱落感に襲われ、生きる意欲すら喪失することもある。これが人生か、と思い切れれば苦労はなかろうが、人は自己の内面に起る心の高揚感と失楽観との狭間で右往左往しつつ生きているというのが、人生というものの妥当なとらまえ方ではなかろうか?それは日常語で言えば、人生の喜びであり、また哀しみでもある。人はこのような両極の間を行きつ戻りつしながら、自分の内面と向き合いながら、なんとか折り合いをつけつつ日常という地平を命の限り生き抜く。問題なのは、折り合いのつけかたなのではないか、と僕は思う。

この世界に生を受けて以来、自分では少々永すぎると思える人生行路を走り抜けてきた。人生、山あり谷あり、というが、僕の場合は谷底でもがいている時期の方が圧倒的に永い。その過程で何度か死と直面したが、その度に何故か生き残った。たぶん神を信じる人であるなら、神に自分は生かされていると錯誤してもおかしくはない生き残り方である。僕は絶対者を信じない人間ゆえに、単なる確率の問題だろう、と思っているし、その確率の問題から言えば、何でもない事柄で、唐突なる死を甘受して差し支えないと覚悟してもいる。たぶんこのような考え方はずっと以前から抱いていた感覚であるから、時によって、人生を投げやりに生き、またある時には、どうせ永くはない命なのだ、居直るしかないではないか、とタカを括って生きてきた感が強い。たぶん、この種の生きざまからは、他者に対する優しさや思いやりという感覚は、日常的に見慣れた現れかたをしなかっただろうことが、いまになって理解できる。簡単に言うと、たぶんに自分勝手な表現手段しか持ち合わせていなかった、ということである。人を傷つけただろうし、それにも気づかず自分では真逆の解釈をしていたのかも知れない。

 教師という仕事に就いた時期があった。自分では、最悪の困難に陥った生徒の助けになった、と思い込んでいた。しかし、心のどこかに不全感がずっと居座り続けていた。自分は何かを見逃してはいまいか?という疑念がどうしても拭えなかった。忘れられないままに永いときが過ぎ去った。その後、僕は当然のごとく、教師という仕事からはみ出し、現在に至る。何かの偶然なのか、僕の心の中にわだかまり続けていた生徒も大人の女性になり、ある日僕のもとを訪ねて来てくれた。彼女の話からやはり自分の中の不全感は根拠あるものであり、彼女を救えたかに見えて、その実、自分のなし得たことと言えば、自己満足程度のことに過ぎなかったことを思い知らされた。彼女の苦悩はもっとずっと深いところにあった。僕は彼女の苦悩を根底のところで見抜いてやれなかった。会いに来てくれたとき、彼女はすでに日常語で言うところの幸福など掴めぬところまで追い詰められていた。絶望感が僕を再び追い詰めた。彼女が置かれている立場や環境の本質を彼女に伝えること以外に僕に出来ることなど何一つなかっただろう。

しかし、人は助けるも、助けられるも、その時宜を逸すると、有効な言葉も無効になってしまう。約10日間の彼女との対話の結末は、実ることなく再び彼女を明らかな苦境の中に戻すことにしかならなかった。彼女の裏切りなどではない。明らかに僕の不甲斐なさゆえの出来事である。彼女が直面している環境と人との関係性の重さに想いを馳せれば、彼女の心の内面にもっと深く届く言葉を投げおくれたはずなのだ。再び大きな不全感に見舞われている自分を認識せざるを得ないが、残念ながら、いまとなっては、「タラ・レバ」の範疇での言葉の重みなどで、彼女の心を動かすことなど出来はしなかったのだろうとも思う。

救いのない結末が彼女には待ち構えているだろう。そして、彼女に関わりながら、何の助けにもなれなかった僕の心も救いのない状況に陥っている。いまさら理屈で自分の不甲斐なさを塗り固めるつもりはない。また、開き直る意図もない。この欠落感を忘却したり、安逸な埋め合わせをすることなく、残された生を、またこつこつと生き抜くだけである。決して自己正当化もしない。出入りの激しかった自己の生に、真実を誤魔化すことのない平衡感覚だけは付加しつつ、それを抱き続けながら生を全うしようと思う。少なくとも、いま、この時点で、彼女には生き残っていてほしい、と心底願う。

○推薦図書「迷宮遡行」貫井徳郎著。新潮文庫。人生のラビリンスに迷い込んだ人間の本質をミステリーという手法を使って、描き切った感のある良書です。この作者は才能に溢れています。ぜひ、どうぞ。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

生き直しOK!これが人生ではないか!真のエピキュリアンたり得よう!

2008-10-26 08:37:19 | 観想
○生き直しOK!これが人生ではないか!

人は何らかの形で苦境に陥ると、まず襲ってくるのは絶望感である。時間の経過とともに、絶望感が漂白されたように、空漠感が心に陣取って、ポカリと心に穴があいたごときになる。このとき、空漠感の大きさの度合によって、人の生死が決まると言って過言ではない。だからと言って、絶望のどん底から這い上がれる人の空漠感が小さくて、自死する人の空漠感が、生きてやり直すという人々のそれよりも絶望の度合が深いとも思わない。要は、人が絶望と空漠感の果てに、立ち直れるかどうかの指標は、自己の周りに、自分を支えてくれる人間がいることを信じ切れるか否か、という、この一点にかかっていると思われる。他者を信じ切れない人は、結局は自分の内在の力をも信じ切れない人ゆえに、人生を生き直すことなど出来はしない。その反対も勿論、然りである。

絶望の果てに身動きが取れなくなったり、最悪の場合、自死を選ぶということは、その人の心そのものが空虚なのであって、他者が立ち入れないか、あるいは積極的に他者を排除しているかのいずれかである。このような状況に陥ると、当然その人には自己の未来像が喪失されており、再生のための概念性すら思い浮かばないわけで、行き着く果ては、自分がこの世界から消えてなくなりたい、という慨嘆が裡に生じるのは容易に想像出来るだろう。嘆きの深さに押しつぶされると、待ち構えているのは自死でしかない。しかるべき結末である。だからと言って自死した人々を責めるつもりなど毛頭ない。それどころか、死した人々には深く頭を垂れるだけである。無念な気持ちが高じるだけである。

ちょっとした勇気。他者を信じる勇気と、信頼に値する人と信頼に値しない人との区別をはっきりとつけることが必要なのだ。他者を信じると言っても誰にでも依存しているだけでは、その人にはいずれ同じ種の絶望感とその先に待ち受けている空漠感が襲って来て、結局は自死の時期がずれるだけのことである。

結論から言うと、人はどのような苦境からも這い上がれるし、角度を変えて言えば、人生に一度や二度の苦境が訪れないはずがないのである。自分が苦しいとき、他者の幸福な姿を実体以上に大きく見るのが、苦境に陥った人の心性である。またそのような心性が、自分が惨めであるという想いを深くする。深まった辛酸は、文字通り酸であるがゆえに、立ち直ろうとするエネルギーを溶解する。この苦しみの繰り返しが、所謂鬱状態であり、それが高じると自死への道へと踏み込んでしまうのである。再度言うが、人は大きな失策をしでかしても、またその失策ゆえに苦境に陥っても、必ず絶望の淵から這い上がってくるように生を受けているはずである。人の脳髄は、とりわけ再生機能においては、優れているはずなのだ。人格の壊れは、脳髄の、再生機能の壊れでもある。再生機能が働けば、絶望の淵にいるからこそ、立ち直るために協力してくれる他者を、単に依存することなく、自己再生の助力をしてくれる存在であると認識出来る。そうなれば、人は簡単には折れはしない。人は元来生きるために強靭な脳髄からの命令によってどのような苦境にも負けないという確信に満ちた心に切り替わる。これが生きる力である。

平坦なる人生など再度言うがあり得ない。誰にも人生のどこかに深くて暗い穴が待ち構えている。そこにはまることを極端に怖れるべきではない。落ち込んでしまったら、這い上がればよいだけのことだ。這い上がれば、そこには某かの生きる糧が見えてくるようになっているのが人生である。生きる糧を発見できるかどうかの指標は、利用するための人間を探すのではなく、いかなる物質的援助を与えてはくれなくても、<生きた言葉>を投げかけてくれる他者を見出すことができるか否かにかかっている。<生きた言葉>とは、空漠感に心の水袋から惜しげもなく、生きるための水となるべき言葉を注いでくれる行為そのものである。ならば、人は立ち直るべき存在ではないか!立ち直るべき意思力とは、勇気をもって空漠感に生きるための水を注いでくれる人を探し当てることではないか。絶望などしている暇はなかろう?無論、誰にだって、心の落ち込みくらいは在る。それがまた生を見直すきっかけにもなるわけで、絶望⇒空漠感⇒死という最悪のプロセスとは似て非なるものである。

人生は出直しの連続と言って過言ではない。言葉を換えれば、出直し、いつでもOK!なのである。取り戻せないものなどありはしない。本物のエピキュリアンとは、このような思考回路の持ち主である。全ての人よ、人生のエピキュリアンたれ!大いに人生を楽しめばよいのである。苦しみもときにはエピキュリアンにとっての栄養源にもなる。生に確信を持とう!生きる覚悟を持とう!

○推薦図書「愛をください」辻仁成著。新潮文庫。生きるために最も必要な要素、それは愛でしょう。小説の構成は、単純な男女の往復書簡の形になっていますが、愛における考察は深いものがあります。気軽に読めて、なお深い作品です。お勧めします。どうぞ。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

美醜という問題について考える

2008-10-23 01:22:03 | 観想
○美醜という問題について考える

美と醜というテーマは永遠に人を捉えて離さない観念である。再度言い直すと、美と醜とは、具象的なる存在では決してなく、あくまで観念的な存在物なのである。シェイクスピアが魔女に言わせた言葉-きれいはきたない。きたないはきれい。-に凝縮されているように、美は醜となり、醜は美ともなり得る存在である。つまり人は観念の世界において、ある存在物や出来事を美しいと感じ、はたまた醜いと感じるのである。人の感得する美醜とは、あくまで観念の生み出したドラマとして感受できるものである。

人はときとして、自他の表層的な現れだけを指して、美しいと言ったり、醜いと言ったりする。確かに表層的な美醜はある距離感を置けば、それがあたかも単なるオブジェのごとき存在として使い得る観想ではあるだろう。とりわけこの種の観想は、芸術作品や自然現象には該当すると思われる。しかし、人が他者を評する場合における美醜の判断素材などにあまり明確な根拠はない。さらに言えば、人が人を美しいと言ったり、醜いと言ったりする場合、判断する側の人間の内奥の美意識のあり方によって、美醜の決め方は異なるのは当然のことである。つまりは表層的なものに惹きつけられるごとき、安逸な価値基準しか持ち得ない人間には、美醜は、あくまで表面的なそれでしかない。無論そこには判断する人間の、分析不能な<きれいはきたない。きたないはきれい>という倒錯した観念が介在するのは必然でもある。さらに平たく言うと、世の中に蔓延るきれい、ときたないという区別ほど信用に値しないものはない、ということである。

美しいとか醜いと評価される側の人間にとって、それは性別を超えて、自己評価にどれほど確信が持てるか、という一点によって、その人独自の美醜が決定づけられる。つまり人は自分を美しいと感じることが出来れば、あくまで美しいのであり、自分を醜いと錯誤したその瞬時に、人は美とは永遠に隔絶した位置にまで遠ざかることになる。

そうであれば、人間における美醜の問題とは、判断者においては、あるときにはきれいはきたないということになり、別の場合においてはその真逆の判断が下されることになる。それはあくまで根拠の希薄な心の領域で決定づけられるような脆弱なる結果論に過ぎないのではないか?あるいは評価される側の人間にとっては、自己肯定感の確信の強弱によって、決定づけられるものではなかろうか?自己肯定を個性の歪曲なく出来る人間は、自分を美しいと感じることができ、自己肯定どころか自己否定が勝る人間にとっては、個性が歪曲した分だけ、自己の醜悪さが増すのである。

このように人の美醜の価値判断の基準など、どこまで行っても曖昧で表層的な主観主義が支配する心の領域で生起する問題であり、美しさが醜さに、醜さが美しさに変動する性質を持った価値基準である。勿論、人は美しいと感じるがゆえに美しい他者を愛でるのであるが、その美しさそのものが、事のはじまりから変動を繰り返す可能性に満ちた存在なのである。心変わりという、昔ながらの表現にはたぶんこの種の思想が底に在る。心変わりしたその瞬時、美は醜となり果てる。人の心の酷薄さは意外に美醜の価値基準において、分かりやすく現出するのである。

人は、心だけが清らかであっても美しいとは定義づけられない。無論肉体だけが整っていたとしても美しいと言えないのは当然である。何故なら、人の存在とは、心と身体という総合体として捉え得るものであり、それを<からだ>という概念で規定すれば、当然のごとく、人の美醜とは心と身体の総合体としての<からだ>の美しさそのものであり、心と身体を分離した美醜の規定など何ほどの意味もないのは当然であろう。人の美しさとは、あくまで<からだ>の美しさと同義語である。<からだ>の美しさが崩れれば、当然のごとく、<きれいはきたない。きたないはきれい。>という倒錯が生じる。人の美醜とは煎じ詰めれば、このようなものではなかろうか?今日の観想である。

○推薦図書「愛の衣裳」伊藤俊治著。ちくま文庫。20世紀の夜にざわめくいまだ知られざる身体>の可能性を、刻印されたヌードという素材をもって論じています。作者の卓抜な筆力が、身体の美をあますところなく描いています。無論僕の論理の片面における論証です。よろしければどうぞ。

京都カウンセリングルーム
文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

偏狂する愛

2008-10-22 01:03:30 | 観想
○偏狂する愛

何をもって愛と称するのかは、その定義は相当に困難なことになるだろう。いや、もっと突き詰めて考えれば、愛の定義づけなど、そもそも不可能なことなのかも知れない。人間の心が愛という介在物によって豊かになり、人生そのものに光が射すということであるなら、それを至福と称してよいとは思う。僕になし得る愛の定義などはせいぜいこの程度のもので、たぶんかなり表層的なとらまえ方であることは否定しない。しかし、自分のこれまでの人生を俯瞰してみると、それが男女のそれであれ、肉親や夫婦のそれであれ、愛とは常に、その常態から逸脱する可能性を秘めているものだろう、ということにはかなりの確信がある。表現に幅を持たせるために、愛の逸脱を偏狂する愛のありかたと称してもよい。

僕は今日に至るまで、父の愛を失った。母の愛を断ち切った。夫婦の愛を崩壊させた。二人の息子には見捨てられた。父よりも、勿論母よりも信頼していた叔母夫婦に一方的に愛を断ち切られた。満身創痍の長い、長い年月だった、とつくづく思う。少なくとも僕に言えることは愛とは守ろうとしても、いや、守りに入ったら、その瞬間から愛は常道から逸脱していく存在なのではないか、と結論づけざるを得ない。その意味において、愛とは保守するべき対象ではなく、変革するべき、常に新たな光を求めて止まない、革命的な情念ではなかろうか?したがって恒常的な愛の概念などありはしない。少なくとも僕の裡ではそうだ。愛は変質し、変節し、激変し、昇華し、はたまた降下し、欠落し、瓦解する存在である。愛こそはその存在理由そのものが、危うい土壌の上に建っている斜塔のごときものであろう。

そうであるなら、生ある限り、逸脱すべき対象としての愛を求め続けてもよいのではなかろうか?偏狂する愛こそが、僕には愛の本質を言い当てているような気がしてならないからである。僕の裡なる愛に対する思念が、偏狂する愛であるなら、その偏狂の要素の中には、いかなる世俗的で猥雑な要素、つまりは世間知が支配するような愛の概念性を根底から覆した結果の産物が残っているはずだ。

物事を単純化することが理解を助けるなどという発想は好みではないが、敢えてそのような視点でものを言えば、たとえば、僕の裡では世間知が支配的な価値観で言う、建設的な愛と破滅的な愛とのいずれを選びとるか?と問われれば、迷いなく後者をとる。世間知など僕にとってはタカが知れている存在に過ぎす、そこから発せられる発問であるなら、破滅的で、偏狂する愛のあり方をこそ、選びとるに越したことはないと思う。世間知から規定され得るような建設的とは、僕にとっては退屈で、間のびした、どこまでも平坦なくだらない概念でしかないからである。生きている限り僕は偏狂する愛のあり方を探し続けるだろう。行き着く果てなど容易に想像はつく。自滅、である。このひと言でケリがつく。それでよいではないか。偏狂する愛の果ての、自滅への道のりには、当然に滅びの美学が潜んでいるはずである。僕はたぶんそのような美意識を体感したいのだ、と思う。

現代ほど美という概念から遠ざかってしまった時代はないのではなかろうか?凡庸な仕事をし、凡庸な恋愛をし、凡庸ゆえに退屈極まりない結婚をし、子どもをつくり、家を建て、凡庸の果てなる死を、凡庸が醜悪にまでなり果てた死への旅路のための葬式仏教の、儀礼的で、死の後始末さえ金の値段によって相場が決まるなどというアホウな生きかた、死にかたをしないためには、現代における美意識の復権が必須であろう。美意識の復権のための、生きかた、死にかたが偏狂なる愛の果てにやって来るものであるなら、是が非でも偏狂なる愛から自滅への道へと突き進んでみようと思う。そのプロセスで、愛の概念に美意識が付加される可能性があるのなら、自ずと生きるべき道のりは決まって来るのではないか?たぶん、偏狂なる愛の形式は、愛に美を取り戻させてくれる不可欠なスパイスのごとき存在ではなかろうか?拙いが、今日の観想としたい。

○推薦図書「ポルノグラフィア」ヴィトルド・ゴンブロヴィッチ著。河出書房新社。この書にはただならぬ男女の生と性が、人間の本質的な存在物としてプロットの上で飛び跳ねているような刺激的で文学的な要素に溢れています。ゴンブロヴィッチは「コスモス」という作品で有名ですが、この書もぜひお見逃しなく。お勧めです。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

シナリオなき人生劇場としての生の舞台から、絶対に降板はしないでいよう、と思う

2008-10-17 21:00:33 | 観想
○シナリオなき人生劇場としての生の舞台から、絶対に降板はしないでいよう、と思う

人生とは凡庸で、退屈極まりなく、社会通念や社会制度という牢獄のような、身動きのとれないものだ、と考えることも出来れば、角度を変えて眺め直してみれば、生とはまさにシナリオなき人生劇場そのものだとも言えるのではなかろうか。もし生が人生劇場的舞台の上で繰り広げられるシナリオなき活動の連続体であるとすれば、人は各々の生という演技力を常に磨きつつ、鍛練し尽くした演技を劇場舞台の上で、観客である他者に対して余すところなく述べ伝えなくてはならないのだろう。このように人生を劇場にたとえるとするならば、自己の演技力としての生の力を鍛えるべき、孤独なリハーサルの時期を除けば、本舞台における磨き抜かれた演技としての生は、観客という他者抜きには意味をなさない。それが切なきひとり芝居であれ、芝居を投げかけられる他者としての観客は必ずいる、ということである。どのような形態の芝居であれ、人生劇場にはあくまでシナリオなき生の発露の場が眼前に広がっているのである。シナリオという言葉を敢えて使うとするなら、人はどこまでも自分自身の力で、自分固有のシナリオを即興で書きあげなくてはならないだろう。それが人生というものの本質ではあるまいか。

人を愛し、愛を愛しむことのできない精神性など、人生劇場に登場する役者としてはヘボ役者、いつまでも自分の控室も与えられない大部屋つきの冴えない役者だろう。できることなら人生、真っ向勝負で貫いて、人生劇場の役者として、主役がはれる人間になりたいものだが、このまま舞台が進行していくとすると、僕などは、役どころの定まらぬ脇役で終わるならまだしも、劇場の舞台の上にも立てぬままに、人生劇場から寂しく降板していくのがオチではなかろうか。最近つくづくそう思えてならないのは、単なる気弱のなせる業なのか、はたまた努力の甲斐なく表舞台から姿を消してゆく、はかないやさぐれ役者のなれの果ての姿が見え隠れしているからなのかも知れない。すでに実人生からリタイアする年齢だ。なのにまともな年寄り役すらこなせず、性懲りもなく、いまだに青年の役どころに憧れ続けているという、この精神性はいったいなにものであろうか?

しかし、これがまぎれもない僕の実像なのである。たとえて言うなら、人生劇場の舞台から落っこちて、ニッチモサッチモ立ち行かなくなったドジな落ちこぼれ役者なのである。 とは言え、僕はまだ人生劇場から降りたわけではない。さらに言うと人生劇場の舞台から降板して忘れ去られた役者でもない。ヘボでもやはりいまだ現役なのである。死の瞬間が訪れるまで、たぶん名優には決してなれはしないが、ヘボのままに周囲から引退を促されつつも、厚顔にも脇役に甘んじつつ、しぶとく進歩のない演技を続けていることだろう。観客のブーイングに気おされることもなく、舞台から降りぬ覚悟を僕は心密やかに決めているのである。 ならば、これからの僕にとって必要なのは、派手な舞台の上に舞う女優なのではない。女優はあくまで芝居の上における主役なのであって、脇役の僕に主役級の、個性主義の相手役の女優は必要ない。主役と絡む場面すらないだろう。またそのようなことも望んではいない。いま、僕に必要なのは、多くの観客の大きな拍手でもなく、名声でもない。 数は圧倒的に少なくとも、脇役の存在を静かに認めてくれる眼力のある少数派の観客と、舞台のソデから稽古を伴にした数少ない同じ脇役の静かで、豊かな鑑賞眼だけである。たぶん、僕の役者としての、そして人間としての評価はこの人たちによって定まるだろう。それで構わない。かつてはド派手な活躍を夢見た青年俳優も、いまや老いさらばえ、老いゆえの力なき、それでいて渋みのある演技が出来ればそれで満足だと思っている。人生とは諦念の歴史だと言って憚らない人々もいるが、僕の脇役としての人生とは、決して諦念の結末が招いたものではない。むしろ、老いてもいまだ老いたしぶとさで、残り少なき人生を、他者との関わりの中で全うしようとしている。それが人生劇場における僕の覚悟である。今日の観想である。

○推薦図書「セルフ・ヘルプ」 ローリー・ムーア著。白水Uブックス。「作家になる方法」「別の女になる方法」といった一見してハウツーものの文体で、まるで実際の自分とは別人になれるかのごときパロディに徹し切った彼女の作品は、現代人の孤独な人生も並はずれた彼女のユーモア感覚で、深い哀しみすら何ほどか生の営みの中に溶け込ませてしまうような不可思議な世界が繰り広げられています。お勧めの書です。


文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

コングラッチュレーションズ!(Congratulations!)

2008-10-17 00:06:15 | 観想
○コングラッチュレーションズ!(Congratulations!)

人間この歳まで生きていると、なかなか自分の年齢に伴う環境の変化を自覚出来ないもので、時折耳に入ってくる、かつての友人の訃報や、病変による体力の衰えや、エリート社員だったのに、リストラされただとか、妻に先立たれたというような不幸な現実を前にすると、さすがにいかに自分が年老いたのか、諒解できる。何となく自分の生活の変化に対応するのに必死なときは、友人たちは無事に人生行路を歩んでいるはずなのに、いったいこの俺は何をやっているのやら、という慨嘆ばかりが漏れるのだが、それにしても、自分が如何に壊れていようと、かつての友人たちが、かつてのイメージのままに、人生を闊歩してくれていると思うだけで、安心させられもする。無論同時に友人たちへのある種の羨望が裡に湧いてくるのも否定はしないが、僕の場合は圧倒的に、友人たちの人生に対する揺るぎない足場の確立を望んでいて、またその望みが多分に僕の精神の安定に役立ってもいる。その意味で、追放された、かの学園に対する恨み・つらみは確かにあるし、そこで何らの友情も育めなかった自分を情けなくも思うが、それ以前・以後に築いた人々との関係性における不幸な変化を聞くのは、自分の結構惨めっぽい現実がありながらも、そのことはさておいて、彼らに対する入れ込みようはただならぬものがあり、自分の危うい生の足場すらさらに危うくなってしまう。世の中、いったいどうなっているのか?という大きな疑問符が頭の中をぐるぐると回る。

特に青年の頃の友人たちの勇壮な姿が瞼に焼き付いているだけに、彼らのうちの誰かの訃報などが入ってくると、僕自身の存在理由を揺るがせるに十分な影響をもっている。彼らの死によって、自分の生への拘りが増すのではない。すでに自分の生への執着心など、どれほど微細なものであるか、十二分に検証済みである。そんな感情よりも、自分がかつて生き抜いた青春の頃の、あるいは教師を追放された後の苦悩の渦中の思念そのものが誰それの死という現実によって揺らいでくるのを如何ともし難いのである。

人は、どのように孤独に見えても、あるいはいっとき、孤立という状況下に置かれようとも、そこから這い上がれるのは、たとえその瞬間において、幻像であれ、幻像こそが精神の地獄を彷徨っている自分を鼓舞してくれる大切な要素であり、その意味において、人間における孤独や孤立というものは、確かな精神の絆によって支えられているのではないか、と僕は思う。いまは幻像であれ、その幻像の中に確かな内実が、かつて存在したというリアリティは、いまの苦しみを超克させ得る力をもっている。だからこそ、人は、かつて深く関わった他者に対して如何なるジェラシーの念も、恨みの感情も抱くべきではない。他者の成功は、自身の不幸を乗り越えさせてくれる心の栄養を与えてもくれるからだ。

成功の渦中にある関わりの深き他者の突然の死、あるいは成功という衣を剥ぎ取られて末の自死という行為は、深く自分を落ち込ませる要素を孕んでいる。それこそ自意識過剰なのかも知れないが、自分が死に見舞われる方がよほどましではないか、とすら感じてしまう。だが、同時に先に死にゆく者たちが、不幸だとは限らないのではないか、とも思う。死とはもともと不条理なものなのである。不条理性がどのような形であれ、襲ってきたとしても、僕と関わった人々であるなら、当然に僕以上に不条理な死というリアリティを理解しているはずだろうし、死する瞬間に、自己の生の総括をきちんとやるはずである。それが自分の死の後に残る形としての総括なのか、あるいは物言わず死を受け入れるのかは別にして、彼らは彼らなりに、自己の生の総括を残された時間の中でしっかりとやり切っているに違いない、と思うことにした。そうであれば、たとえ短い生を閉じたにせよ、彼らに対して、彼らの死そのものに深く共鳴しなければならないと思う。そうして、彼らに直接届かぬにせよ、ごくろうさん!というひと声をかけてやろう、とも思う。人はいずれは自己の死を受容しなければならないのである。一回性の生を閉じなければならないのである。死というリアリティは平等にやってくる。だから、いまは死した友人たちに対して、ごくろうさん!という言葉とともに、コングラッチュレーションズ!という言葉をかけることで、彼らの死を物理的な生の停止という状況からさらなる高みへと止揚せしめようと思う。深き敬意を込めて。今日の観想とする。

○推薦図書「ラブコメ今昔」 有川浩著。角川書店刊。僕のようなおっさんから見れば、実に幼い居直りが原点になっているような短編集です。が、この作家にはおっさんをも惹きつける魅力が確かにあります。年齢に関わりなく、偏見を捨ててお読みください。お勧めです。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

沈黙は金なり。ウソだろう?

2008-10-16 01:59:12 | 文学・哲学
○沈黙は金なり。ウソだろう?

沈黙という状態を、日本ではあまりにも過剰に評価する傾向があるように思う。言葉を発することの出来る人間が、敢えて言葉を拒絶するのである。そこに何らかの思惑があると考えるのが普通ではないだろうか?人がどのようなかたちであれ、某かの社会構造に組み込まれている場合、言語交通という手段は、その社会構造を円滑に機能させるための最も欠かせない重要なファクターである。人と人とがそれぞれ異なる価値意識を持ちながらも、言語交通という手段によって互いの異なる思想性を交わらせていくという土壌の上にしか、新たな価値の創造などという営為はまずなし得ないことである。異なる思想のぶつかり合いによってしか、人間が、人間にとって最も有意味な思想をかたち造り、その所属する社会を改善していくことなど出来はしないのである。もし、誰それが、議論を闘わせることを避けて沈黙という卑劣な行為を選択するのは、議論によって傷つきたくはない、という負け犬根性か、あるいはより積極的な、自らの意見を吐露しないことによって、自己の権威に対する従順さを主張するがごとき自己保身、あるいは暗黙による昇進への意思表示であるに違いない。沈黙することによって、自己保身や自己の従順さを権威に這いつくばって得ていくような心性を僕は心良しとはしない。沈黙するくらいならば、敢えて物申した上での敗北を僕なら選択するだろう。人間が生き続けるためには、自己主張に基づいた自尊心が何よりも必要である、と僕は信じる。

だいたいにおいて、沈黙は金なり、などとウソぶいている輩ほど、自らの沈黙が裏目に出る可能性があることを考えない。日本における沈黙の意味は、かつての古き日本の価値意識が現代に通用しなくなったときから、沈黙にもそれなりのリスクがついてまわることになったのである。このことを理解しないで、ある日突然リストラに遭ったり、あらぬところへと出向させられ、かつての地位を奪われるという悲喜劇の只中で、自身の身の処し方も分からないままに自死してしまうかのごとき自滅的行為の主因は、個としての人間の、手の届かない権威に対する唯一有効な手段-自意識を表現しようとする意思とその行為-を放棄した結果の、もの言えなかった人間の、無残な最期の姿である。大いに同情はするが、やはり僕には闘わずして、矢尽きた感を拭えない。

生きていくには、人はどのような仕事に就こうと、生きる勇気が必要である。この場合の勇気とは自己を自由に表現する意思力を育むということである。沈黙とは、まさに生きる勇気とは真逆の、勇気の反対概念である。ならば、人は生きるための勇気さえ裡に確固として保持していれば、死すら怖れはしないだろう。同じ死であれ、沈黙の果ての死と、自己を主張する意思を貫いて後の敗北によるそれとは、死の意味が異なる。その意味において、自己を主張出来なかった故の死など僕は認めないし、そのような死に方をするつもりもない。

とは言え、死とは常に不条理な存在でもあり、いくら自己の意思力を行使したとは言え、死は必ず平等に向こうからやってくる。この場合の<向こうから>というのは、特に宗教的なものを意味しない。死が不条理であるという別の表現であると認識してもらえればよい。不条理であるが故に、自己主張などという行為とは無縁の死も訪れる。病気や事故などによる死は、人の自由意思とは無関係なところから襲ってくる。予測不能な死など何とも胸糞が悪いが、それは受容するしかないだろう。要は、唐突な死が訪れるまでの、人それぞれの生きざまの問題である。後悔のない生きかたと後悔のない死とは同義語である。そうであるなら、生と真正面から向き合い、生を充溢させるように生き抜くべきだろう。生が長かろうが、短かろうが、そんなことは問題ではない。むしろ生の只中にいる間に、死を怖れるな!と強く言いたいだけである。沈黙は金なり、とはそもそも怖れに基づいた思想である。さらに言うなら、沈黙は負け犬の思想である。負け犬のままに死を迎えることなかれ!今日の観想とする。

○推薦図書「誘惑」 石川達三著。新潮文庫。もういまや石川文学を読む人は少ないのかも知れませんが、物語性としての生と死のモチーフがこの書にはふんだんに盛り込まれています。小説のおもしろさを見失ったとき、立ち戻るべき作家ではないでしょうか。ぜひ、どうぞ。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

破壊・再構築・新生へ

2008-10-15 01:18:31 | 観想
○破壊・再構築・新生へ

人間、どんなところから生のホツレが出てくるかも知れない。そんなつもりは毛頭なかったということで、いったいどれほどの人々が順調な人生をフイにしていることか。しかし、さらによく考えてみれば、順調なはずの生に何らかのホツレが出てしまうというのは、もともと順調さという名のもとに隠された、生活の土台が腐りかけていた事を意味しているのではなかろうか。
 
腐った土台は、その根底から覆せ、というのが僕の目論見である。土台の意味をなさないものは破壊してこそ、新たな価値観の再構築が始まるのではないか?無論再構築という概念性そのものが、散逸してしまった旧価値のはしくれを採り集め、新たなネジで無価値なはしくれを繋ぎ合わせ、そこに内実を与えること。これが、再構築の本来の意味である。デ・コンストラクションとは、あくまで旧価値の枠内における価値の組み直し作業と考えればよい、と思う。現代フランス思想の出発点はまさにここにあるのであって、フランスという国が生み出してきた価値とは、本質的に保守的と言えなくもない。こんなことを書くと、フランスから次々と発信される左翼思想の代表格としてのジャンポール・ボードリアールなどは草場の陰から恨み事の一つも言うに決まっているだろうが、敢えて僕は、デ・コンストラクションを保守的な思想的土壌における旧思想の真摯な組み直し作業と称することにする。この段階における人間の思想の枠組みは、過去における成功体験なり、忘却したき思想の頽落などを、再構築の後にまで引きずるような悪しき可能性に満ちている。

無論、過去における経験知が含まれている限りにおいては、思想とあくまで真摯に向き合い、散見してしまった価値の一つ一つの評価を下し、砂の中からキラリと光る小石を拾い集めるがごときの、忍耐強い知的作業が必要であろう。自分のかつてのカウンセラーという仕事に引きつけて考えれば、カウセリングにおけるクライアントの過去の意識と行動の拾い集めの知的作業が、哲学的には、デ・コンストラクションの段階と言えなくもない。だからこそデ・コンストラクションという思想的営為が欠落したところに、新たな価値は絶対に芽生えることはないし、これをクライアントの問題として考えるとき、クライアントの過去という遺物の思想的な洗い流しなしに、単につらい過去を放り投げよ、などという無責任で、無思想なるカウンセリングなど、どこに存在価値などあろうか、と僕は思う。あくまでデ・コンストラクションの果てにこそ、まったく新しい価値意識の土台が構築され得るのである。

これを新生と呼ばずして何と称することができようか?人生に新生の可能性を感じられない場合、人は確実に死に至る。その意味において、人生とは本来死と背中合わせの関係性にあると言って過言ではないだろう。人は必ず、自己の人生に対して意識的にならざるを得ない時期が訪れる。それは生きている限りにおいて、度々訪れるはずである。人が意識的になったとき、思想上のデ・コンストラクションがはじまり、勿論、旧価値の再構築からは、新たなる再生、つまりは新生という革命的な精神のドラマなど、起こり得ない。この意味において、僕たちは常に新生を繰り返しながら生を全うしていかなければ、生きている意味など無きに等しいのである。無意識に生き、それこそ息絶えたならば、それを死と呼ぶがごとき、無知ゆえの恐るべき無思想には陥るまい。生き続けるならば、生の磁場に常に新生の可能性を秘めているような生きかたをしないで、何を生と呼べるであろうか?生はあくまで、旧価値の破壊から再構築へ、さらに新生へと進化していくべき可能性そのものではなかろうか?それなくして、人は生きているとは言えないのではなかろうか?今日の観想である。


○推薦図書「第十一の戒律」A・グリュックスマン著。新潮社刊。この書を推薦するのは、僕にとっては、上記の論考が覆る可能性を秘めた、力のある書です。それでも敢えて勇気をもって推薦します。お勧めです。どうぞ。

文学ノートかつてぼくはここにいた
長野安晃

慟哭という観念について想う

2008-10-10 17:21:24 | 観想
○慟哭という観念について想う


自己の人生の総括などと言いながら、勝手な自己正当化ばかりをしてきた気がしてならない。あるいは、自分の過去を失敗作だ、などと書きつつ、その裏側で自己憐憫に浸っていたような感覚から自由になれない。確かにひと言で言って、僕の人生は完全なる失敗作だ。どのように自己弁護しようと、その結末は自己評価としては最悪である。


青年になる前に、家庭崩壊した。自分が近しい人から愛される意味すら分からずに自立を迫られた。学生運動に身を投じたのも、理屈ではない。単なる逃避行の一種に過ぎない。いろんなドラマはあったにせよ、それらは、自分の裡なる、生きていることに対する虚しいまでの存在証明の失敗の連続とその結末に過ぎなかった、と思う。後は逃げることしかなかった。逃げて、逃げて、それでも逃げ切れなかった。中途半端に人生をやり直そうとした。だからこそその後も僕の人生、失敗の連続なのである。要するに過去の失敗から何も学べない不器用な自分を制御できないのが、僕という存在なのかも知れない。こんな人間が教師などという職業に就いたのがそもそもの間違いだった、と猛省する。自分が経験したことのなかった安定した生活が欲しかったから、新左翼という思想を捨てきれないままに、勿論そんな思想などすでに信じてもいなかったが、それにしても、極左という思考回路は、愚昧なる凡庸で平坦な日々の積み重ねには耐えられなかった。とにかく退屈だった。退屈を紛らわせることの出来ることは全てやった。23年間という愚鈍なる僕の精神の彷徨が、徐々に崩壊していくのを膚で感じた。瓦解は確実に訪れ、僕は教師という世界から追放された。当然の結末だろう。教師という仕事をやりおおせたのか?と自問すれば、たぶんサイテーな教師だったと思う。退屈感が生み出し得るものなど何もありはしないからである。

 
家庭というものを知らなかった。自分で食えるようになって無理やりに人の物まねをしたら、まるで価値観の違う女性を妻にするハメになった。絵に描いたような家庭。僕が最も嫌悪する要素を妻は最も好んだ。食えなくなったら、エセものの家庭も絵に描いたように壊れた。当然だろう。結婚という男女の存在形態がそもそも僕には理解不能なのだ。まともな生活など築けるはずがないではないか。二度目の妻には文字通り救ってもらった。行き倒れる寸前のところを命永らえさせてもらった。そういう大恩がありながら、結局彼女まで裏切った。売れないお笑い芸人でもあるまいに、3度目の結婚を懲りずにしたら、そこはまさに地獄だった。人間の信頼関係という危うい絆を、心のどこかで期待していたはずだが、見事なまでに、根柢から覆された。仔細は書かずとも想像にお任せすればよいと感じる。最後の他者への信頼感が、僕の裡から一掃された。これだけで十分な3度目の家庭生活の崩壊の理由たり得るだろう。


4度目の結婚をしたが、心の底ではもう一人きりになろうと決心していたのである。行き倒れればそれもよし。野たれ死ねばいいわけである。僕のような個性がこの現実世界に長年憚ったのがそもそも奇跡に近い。第一、他者との絆をつくるべき模範すら与えられなかったのである。これは幼き頃に構築されるべき大切な要素ではないか。それが僕には何一つなかった。無から有は生じない。真理だといまさらながらに思う。無は無として終わるしかないだろう。どういうわけか、無から有は生じるはずがない、と言い張ったら、5度目の結婚をすることになった。どうかしている。が、いまは、路頭に迷わんとしていた僕が、また新たな仕事をすることになった。その原動力になってくれているのが、現在の妻である。すべてを識った上での結婚に踏み切った女性だ。僕より数段受容力があると思う。死するまでこの人と一緒にいようと思う。もう一人芝居のような夫婦生活は僕も懲り懲りだから。


いま、僕に表現し得ることとはいったい何か?それは慟哭でしかない。慟哭という方法でしか自己の意識を表現し得なかった、あらゆる人々に共鳴する。彼らの無念さに共感する。さて、その上で、これから自分がなすべきことを、たぶんそんな考えそのものが虚妄なのだろうが、誤魔化し、誤魔化ししつつ考えようと思う。切ない希いだが、切なさだけが信じる指標だ。これが僕にとっての、人生というものなのか?致し方ないだろう。認めるしかない。慟哭に値するが、せめてそれが自分自身にだけに発せられるものではなく、この世界に生を授かって、慟哭しなければならなかった全ての人々に対して共振したいと願う。今日の観想である。


○推薦図書「哀歌」遠藤周作著。講談社文芸文庫。臆病に生き、臆病に埋もれて、自分という存在がどれほど卑怯なそれなのかをとことん突き詰めた遠藤の力作短編集です。埋もれた名作ぞろいです。ぜひ、どうぞ。


文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

生きる勇気・死する覚悟

2008-10-07 23:59:30 | 観想
○生きる勇気・死する覚悟

青年の頃、人生とは生の瞬間、瞬間に新たな出来事が生起し、その度に生起した出来事を迎え撃つ側の僕の心の中にも常に新たな生へのエネルギーが再生産されつつ、文字通り生が枯渇するまで生き抜くのが人生だろう、と心の深いところで認識していたように思う。勿論人生とは、このような認識通りには決して展開し得ないものである。が、たとえいっときでも僕に、生とは何ぞやと自問し、その結果が前記したごときものになった瞬間でもあったとするなら、それは70年安保闘争という時代の雰囲気が僕を錯誤させてくれたようなものだし、途中のドタバタ劇を通り越して、何とか二流どころ(いまや三流どころと言えるか?)の大学に潜り込んで、食うや食わずの生活の張り詰めた雰囲気も、生の本質を錯誤させてくれるにはもってこいの素材であった。無論毎日直面せざるを得ない生活とは極貧という言葉が現代にまだ生きているかのごとく、それは亡霊のように僕につきまとって離れはしなかった。が、それはそれで心地よき人生に対する錯誤を抱かせてくれる心の栄養素のごときものでもあった。貧しくとも幸福だったなどとは決して言えないにせよ、生きている実感は確かに在った、と思う。僕にとっては、生と死との狭間において、たとえ危うくとも、いつ切れてしまうかも知れぬ精神の緊張の糸が張り詰めた状態を、たぶん生の本来のありようだと規定していたのだ、と思う。同時に生を生き抜くためには常に死する覚悟も裡に抱え持っていたと確信する。生と死という概念性・思想性が同じ質量で感じ取れること、これがまさに僕における「生きる」という意味であったと思う。別にこの歳になったからと言って、後知恵の力をかりて生の総括を書き記しているのではない。それはいまでもとてもリアルな生と死に対する観想なのである。

僕の生に対する核心にひび割れが生じ出したのは、安寧なる教師生活と、少しばかり高給取りになってからの長年に渡る年月が、生に対するとてつもない退屈感を抱かせ、退屈すればするほどに、自分の中にかつては確実に存在していたはずの、死する覚悟さえ雲散霧消させてしまった。こんなネジくれた男なのだ。それならば、安寧の中に抗いの仮想敵を創るのは当然の結末と言えば言えなくもない。仮想敵は、手が届きそうでいて、必ず敵なる存在が牙をむけば必ずこちらが敗北するようなものでなければ、生のドタバタ劇は実現出来ても、死する覚悟の方が消失してしまう。その意味で、僕の抗いは自分の腐りきった安定志向を懸けて立ち向かう相手でなければならなかったのである。単なる生のドタバタ劇を求めていたなら、学校空間という狭隘な世界で、その狭隘さをときとして蹴破るくらいの抗いで十分であったはずである。繰り返しになるが、僕にとっては、安寧な生への抗いとは、死する覚悟を包括しているようなものである必要があったのである。ここだけは絶対に抜かせない要素だった。僕なりのこだわりだが、まさにこのこだわりによって僕はすべてを喪失してしまったし、それは具体的に言うと、プチ・ブル的な視点から見れば、持てる側の人間から、持たざる者への転落を強いられたわけで、いつまで経っても子ども、いや少しだけ格好をつけさせてもらえるならば、青年の心から抜け出せなかった、という苦い味を噛みしめることになった。これを書いているいまも、勿論、生活という次元においては苦戦中である。このまま苦戦し、完全なる敗北の結末が僕の死であるのかも知れないが、もしそうであっても大した後悔はない。平坦な人生などもともと存在はしないのだ、と思いきれば、生活の不安定感もよし、とするしかない。

しかし、この歳になると、同じように人生のスタートを切った青年の頃の友人たちのことも結構気にはなるのである。社会的に成功してほしい、と心から願う。自分と同じようなことには決してなってほしくはない。人は、他者に対するジェラシーという観念に結構苦しめられるようだが、幸いなことに僕にはそのような感覚に一度たりとも悩まされたことはない。たぶん、青年の頃の友人たちのことがとても好きだったからだろう、と思う。ただただ、成功を願うばかりである。どこぞのアホなおっさんが、吉田茂の孫だということだけで、凡庸なボンボンに過ぎないのに、日本の総理総裁、はたまた経済閣僚になりおおせているような事実には確かに憤りは感じる。あるいは人生の不条理性、もっと次元を下げて言えば、人生の不公平さを感じないと言えばウソになる。こんなおっさんの実家の縁側の板間が100メートルもあると聞くと、この男には庶民の生活苦など分からんだろうなあ、という嘆息が出てしまうのも無理なからぬことではなかろうか。ともあれ、時代は民主主義という衣が被せられてはいるが、結局のところ権力を握った側の人間は信用できないということだ。自分の人生の始末は自分でつけるしかないだろう。ヤクザ的なもの言いだが、こんな時代だからこそ、空にでも向かって、凄んで見せるというのも庶民の遊びとしてはオツなものではなかろうか。人はそれぞれが生きる勇気という要素をしっかりと抱いているはずである。問題はそのことに自覚的であるか否か、だ。もし生に対する自覚が心の中に芽生えたとするなら、ぜひとも生と対極にある側の論理、すなわち死する覚悟についても考える価値はあると僕は思う。いかがなものであろうか?今日の観想である。

○推薦図書「格差社会スパイラル」山田昌弘・伊藤 守著。大和書房。以前に一度紹介した書ですが、人生のやりきれなさに関する考察を、かなり具体的な社会現象の分析によって明らかにしようとする試みです。易しく書かれたものですが、現代社会の暗黒の核心を突いている書です。ぜひ、どうぞ。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

地の底を這いずっても生き抜かないと。

2008-10-06 23:59:14 | 哲学
○地の底を這いずっても生き抜かないと。

つまらない話ばかりなので、仔細は省くが、このところ小さいけれど、それぞれの出来事は、小さいなりに自分の精神を負の状態に引き落とすだけの威力があって、ついつい愚痴をこぼすようなことばかりを書いていたと猛省している。正直に言うと、まだまだ不安定で、決着のつかない問題も抱えたままに生きていて、状況に何の変化もないが、それでもこれまでの僕の人生の底支えをしてきた大切な要素-他者を受容しようとする努力、あるいは困難に立ち向かおうとする意思力-の存在が裡に蘇ってきた、と思う。そうなのだ、これこそが僕の本質なのだ、とつくづく思う。もしもこの本質を喪失したとしたら、僕はたぶん放棄した瞬間に、この世界と対峙する意思力など簡単に喪失してしまうことだろう。何度もその種の危険は、僕の人生の節目で訪れた。これまでに幾度となく書いてきたことなので、もう書かないが、死の淵まで行ったことは何度もある。死にきれなかったのではない。あるいは死を意図的に回避したのでもない。死と直面したとき、僕の裡に湧き出てくる生への渇望感の方が死を上回っただけである。その結果、僕は自然なかたちで生き残ったのである。生への渇望感とは、自分が一個の人間であるという深い認識と同時に、一個の人間であるからこそ、自己の孤独感が自分の存在を押し潰そうとしても、他者という別個の理念が僕という個の存在を消滅の危機から回避させてくれる。そういうものである。

僕においては他者とは生きている人間であると同時に、それは確実に、僕とは別の生の理念として存在する。したがって他者を受容する、とは、単純に他人の存在を認めましょう、というがごとき、易きヒューマニズムなどでは無論ない。更なる説明を加えるとするならば、僕にとっての他者受容の内実とは、他者とて、それぞれに一個の独立した存在であると認め、その上でならなる濃密な言語交通を媒介とした人間の絆の創造である。換言すれば、表層的なお友だちとしての他者との関係性などは僕の人生には必要のない存在と言えるだろう。濃密なる言語交通を他者受容の第1前提として位置付ければ、当然のごとく、そこに創りあげられるのは、個と個との連帯が紡ぎ出すことによって生じる確固たる生に対する勇気、この勇気さえ自己の内面に定着すれば、世界の中で生起する困難と称されるもので、乗り切れないものなど何一つない、と僕は思う。これが僕を支える生きる確信であり、生きる理念そのものである。僕が生きていられるのは、このような思想ゆえである。別の角度から言うと、この思想が揺らぐ瞬時があるとき、告白的に描写すると、僕の生に対する意思力の弱体化は紛れもなく僕の内面に巣くい、ヨレヨレの老年のごとき様相を呈する。これが僕の最大の弱点と言えるものである。とは言え、生のプロセスにおいては、必ずやいっときは心の内面にずっしりと居座るであろう、生に対する深き不安感や怖れに対する抗いの種は蒔かれている。もっと仔細に言えば、不安感や怖れが裡に芽生えたその瞬時にこそ、それらの負の感情に抗うための心の構えが生じ始めるのである。やはり、僕は自死出来ない体質と思想の持ち主なのであろうか?ならば、残された人生こそは潔く、それがたとえ無骨なものであれ、自分の生の行く末を見極めてもやろうではないか、と心密かに想うこの頃である。

人間、いずれは自己に許された生を閉じるときがやって来る。死は確実に向こうから訪れてくるのであるならば、やはり人はどのような理由があれ、自分で自分の生を中断させてはならないのではなかろうか。これが、何度も自死を考え、実際に自死の淵にまで行き着いた僕が誠実に言える最大の言葉である。だからこそ、人はどのような死が訪れようと、それが唐突な病気であれ、事故であれ、死の時期が老若に関わらず、自己の死というものを見極めてこの世界から立ち去りたいものである。死とはどこまでいっても、不条理である。アルベール・カミュは数々の哲学論考や小説や戯曲において、死の不条理性を神との対峙と決別という決意によって、超克しようと試みた。カミュが僕の体内に居座っているのは事実であるが、その一方で、アルベール・カミュにおける、それが反抗の対象であれ、確実に存在するべき絶対者が、僕の裡には、また確実に不在である。そもそも僕には西欧における神の概念も、東洋における仏教的思想も、事の始まりから実在しないのである。敢えて言うなら、僕における思想の始まりは、虚無という原点でしかない。何も存在しないということを証明することは、原理的に不可能だが、逆に見れば、裡に何か確固とした思想があるか?と自問すれば、その答えは断然、否、である。虚無という時点から構築された僕という思想、僕の存在様式とは一体何ものであるのか?いまは結論が出せないが、自己の死に至るまでの過程で、必ずや見出してみせる。これが僕の生きる覚悟である。今日の観想としたい。

○推薦図書「停電の夜に」ジュンパ・ラヒリ著。新潮クレスト・ブックス。僕の生きる覚悟とは別に、この作家の描く、慎重でかつ冷静な慈悲深い観察者としての人生の見方を優れた短編集で楽しんでください。このデビュー短編集がピュリツァー賞、O・ヘンリー賞、PEN・/ヘミングウェイ賞等を独占した驚異の作品集です。アメリカ文学に興味を失いかけている方はぜひどうぞ。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃

清原選手の特番を観たけど、やっぱり凄い選手やと、僕は思うなあ

2008-10-04 22:10:15 | Weblog
 昨夜家の近くで食事していたら、僕と同じくらいの年齢か、あるいはもう少し年下かも知れないが、ご夫婦で営んでいる洋食屋さんの奥さんが清原ってすごいわぁ、と言ってることにわざわざ茶々を入れて、清原の何をもって評価したのかはまるで分からないけれど、この客のおっさんは、清原は組織というものを理解しとらんから俺は嫌いやと、のたまわった。なんや、このおっさん?と思ってまじまじと顔を眺めたら、自分の好みで人の顔を評価するのはおこがましいが、たとえば二谷英明という男優の表情はいつもニヤニヤした顔つきをしていて、子どもの頃から日活映画を見るたびに、このおっさんのニヤケタ顔、好かんなあと思っていた、その顔つきによく似ていて、人の良さそうな笑みでは決してなく、何となく人を小馬鹿にしたようなニタニタ顔を見ていると無性に腹が立ってきて、一発お見舞いしてやろうかいな、とさえ感じてしまった次第。まあ、このおっさんのような中高年は職場でも絶対に嫌われているだろうし、もし部下がいるとするなら、下の人間はたまったものではないな、と同情してしまった。たぶん、僕なら絶対にこんなタイプの男は我慢ならんので、何発かお見舞いして会社を辞めさせられることになってるやろうなあ、と勝手な想像が膨らむばかり。とりあえずはこんなおっさんのことはをとやかく言っていてもはじまらないのでこのあたりで切り上げる。
 清原選手が甲子園で大活躍するずっと以前から、憧れてやまなかった巨人のドラフト指名が自分ではなく、桑田だったという、清原にとっては夢にも思っていなかったプロ野球選手としての出発で、その悔しさをばねにして、西武ライオンズで頑張るんだけれど、FAの資格が取れてから、巨人入団を果たすことになってケチがつくのは人生の皮肉というしかない。でも憧れだった巨人時代は散々だったし、特に巨人軍の監督が堀内になった頃は最悪で、一塁を守るスラッガーがペタジーニと清原であり、まったく実力が異なる選手どうしなら、まずは実力ある選手を起用して、それを励みに二番手の選手が育っていくというパターンはよくあることだけれど、この二人は完全に実力が拮抗している選手なのに、殆ど日替わりでいずれかの選手を起用するという非人間的なことをやらかして、監督の堀内は、結局二人ともに心を腐らせてしまった。ペタジーニもすばらしい選手だったけど、何と言っても助っ人の選手なんだから、他の球団で活躍してもらい、清原を起用したのであれば、気持ちよく頑張らせてやればいいものを、たぶん巨人のオーナーの渡辺の、全ての野手を4番打者で揃えてやろうという魂胆見え見えの、選手の面を金で叩いて平気な、血も涙もない男の犠牲にされた感がある。清原は巨人に移籍して、ずいぶんと選手生命を犠牲にしたように思う。
 人間にとっての憧れが必ずしもその人の幸福にむすびつかない典型的な例だろう。心が腐ると、避けられるはずの怪我までしてしまう。清原は憧れた巨人軍から戦力外通告という、プロ野球選手にとっては、最も屈辱的な辞めさせられ方を経験する。現実にその頃の清原の体はすでにボロボロだったと思うが、彼を救ったのは当時のオリックスの仰木監督で、それを意気に感じて、膝に故障を抱えているのに、わざわざ大リーガーのスラッガーの物まねをして肉体改造と称して、ボディビルダー並みの訓練をし、たぶん野球選手にとって必要な柔らかい筋肉を肥大化させてしまった。確かに体は立派になったが、体重も体が大きくなるにつれて劇的に増えたはずだ。このあたりが、桑田やイチローのような賢さのない、無骨な男なんだけれど、たぶんそんな無骨さを愛するファンは多かったはずだ。仰木監督亡き後、過酷な膝の手術を受け、さらに何か月もリハビリを受け、一軍復帰までするが、力尽きる。素人考えでも、何で日本の遅れたスポーツ科学にもとづく手術を受けるかなあと思うし、それこそアメリカのジョーブ博士のところで手術すればもっと違った結果が出たかも知れないし、何より、体躯を巨大化させれば大リーガー並みの大きなホームランが打てると考えて、間違ったトレーナーと専属契約してしまうようなところがいかにも清原らしいと言えば、言えなくもない。無冠の帝王などと称されているし、また2000本安打に到達するのにも遅すぎる感があるが、さよならホームランやさよならヒットの数は日本記録だし、三振の数も日本一というのだから、こういうプロ野球選手もいてこそ、おもしろいのかも知れない。みんながイチローみたいな緻密な計算をやっているような野球だったら、世の中のお父さんたちはビール片手にワイワイと騒いでいられないだろうし、肝心の娯楽が、娯楽でなくなってしまいかねないとは思う。その意味で清原は掛け値なしで、茶の間の野球ファンを喜ばせてくれた逸材だと僕は思う。彼の人気の高さはやはり、こういうところに起因しているのではなかろうか?敢えて言うなら、清原選手とは、人間の中に確実に存在する逸脱への欲動を、野球という世界で満足させてくれる存在ではなかったか。今後清原選手が野球とどのように関わりを持っていくことになるのか、僕にはとても楽しみなのである。そしていつまでも僕たちの裡なる逸脱への欲求の代償行為を世の中に問いかけ続けてほしいものである。やはり清原選手はすばらしい日本型の野球選手だったと思う。僕の中ではとても評価の高い選手には違いない。

○推薦図書「美女と野球」リリー・フランキー著。河出書房新社。リリー・フランキーはエッセイにこそ、彼の持味がよく発揮されている作家だと思いますが、彼の「東京タワー」や「ボロボロになった人へ」などの小説は、静かなプロットの運びなのに、確実に読者の心を揺り動かしてくれます。清原選手を思い浮かべながら、推薦のエッセイをどうぞ。味のある書です。

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