宝満山研究会(山岳宗教遺跡の保全と研究)

大宰府の北東に聳える宝満山の歴史的価値を掘り起こし、山の保全を考える会です。

宝塔が建てられた理由2

2008-04-07 | Weblog
「爾時仏復告薬王菩薩摩可薩・・・
薬王当知如来滅後 在在処処、若説若読誦若書、
若経巻所住処、皆応起七宝塔極令高広厳飾。」
『妙法蓮華経』法師品第十

その時釈尊は薬王菩薩に告げて
「如来の滅後において、在々所々において、
「法華経」を説き、読み、誦し、書き、
そして「法華経」のあるところには、
みな七宝の塔を建設してそれを高く大きく
厳に飾らしめよ」

このように最澄が最高原理とした
『法華経(妙法蓮華経)』の経巻中の
造塔に関する箇所をひも解く時、
最澄が企画した「六所宝塔」は
法華経世界を古代日本において
現実のものにするという
彼自身の強い使命感に基づいて
企画されたものであったことが知られます。

また、後継者たちがこれを実践したのも、
ただ師の意思を継ぐということに留まらず、
自らが法華経世界に生きる修行者として
釈迦の言葉を現実のものするという
宗教者としての敬虔な実践的行為に
位置づけられるものであった、
といえるようです。