徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百四十一話 安心しとけ…! )

2009-03-16 18:09:12 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 通りを隔てた向こう側の緊迫した動きひとつひとつに、其処此処に見え隠れする報道関係者と思しき姿が敏感に反応する…。
道行く人が次々と物珍しげに立ち止まり、その周りを囲んで野次馬と化していく…。
立ち合う犯人らしき姿も何も…こちら側からはほとんど見えないというのに…。

 その人だかりから少し離れた並木の陰に滝川の姿…。
滝川はじっと…群衆の向こう側を見つめている…。
興味津々の見物人たちとは対照的に…ただ無表情な眼を向けている…。

やれやれ…思ったとおりだ…。

大きく溜息吐きながら…亮は滝川の居る並木の方へと向かった…。

「先生…? 」

偶然出会ったかのように軽く声をかけ、いつもどおり親しげに微笑んで見せた。

やっぱり来たか…。

その何気なさを装った声を耳にして…滝川は思わず苦笑いした…。

 誘うでも誘われるでもなく、その場を離れ、ゆっくりと歩き出した…。
何処といって行くあてがあるわけではなかったが…大勢の見知らぬ他人の傍でわざわざ披露する話でもなかった…。
無論…その場を動きたくなければ…いかようにもできるふたりではある…。

 声はかけたものの…二の句に迷い…亮は黙って道なりに歩いた…。
滝川もいつになく無言のまま…ただ歩調だけを合わせている…。

 亮にとって滝川は家族のようなもの…役目とは心得ていても…職質めいた話をしたくはない…。
滝川は別に…意に介さないだろうけれど…。

閉ざされたままの輝の工房が見えるところまで来て…ようよう沈黙は破られた…。

「まさかとは思うけど…輝さんの敵をとろうなんて考えてないよね…? 」

おそるおそる遠慮がちな…亮の問いかけ…。

「分かってるくせに…。
だから来たんだろ…御使者さん…。 」

皮肉っぽい笑みを浮かべたまま滝川はそう答えた…。

「ぶっ殺してやろうと思ってたが…気が失せた…。 」

それは…いつもの冗談ではなく…半ば…本気とも取れる口調…。
亮の心臓が駆け足を始めた…。

「先生が…どうして…?
そりゃぁ…先生は輝さんと半分同棲してたみたいなもんだし…ケントの父親代わりでもあったけど…だからって…。

先生…ひょっとして…本当は輝さんのこと好きだったの…? 
それで復讐なんて…考えたわけ…? 」

何だって…?

呆れたような滝川の目が亮の顔を一瞥した。

「馬鹿言っちゃいけない…輝と僕とはあくまでダチだ…。
そりゃぁ…一緒に暮らしてたんだから…何にもなかったとは言わないが…。

 紫苑にその気がねぇから…やめたんだ…。
紫苑が動くつもりなら…代わりに…と思ったんだがな…。 」

 野次馬や報道陣の向こう側に詰めているに違いない警官が耳にすれば、即、後ろに手が回りそうな事を平然と語る滝川…。
聞いている亮の方がうろたえた…。

「代わりって…いくら紫苑命でも…それは…。 」

間違ってる…と喉まで出かけて…言葉にするのを躊躇った…。

はっきり言い切って良いんだろうかなぁ…紫苑を想う先生の気持ちは…分からなくもないし…。

亮の躊躇を察してか…滝川の方から口を開いた…。

「紫苑はまだ…輝の死を受け入れることができないでいるんだ…。
認めてないから…復讐する気も起こらない…。

 まぁ…そのうちには…どうしたって認めざるを得ないんだけどな…。
怒りのボルテージは上がるかも知れんが…もう…暴走はしない…。
実際に手を出すことはないだろう…。 」

僕にもその気はねぇから…安心しとけ…。

安心しとけ…と言われても…御使者である亮の立場からすれば…ハイそうですか…と引き下がれるような状況ではない…。

「そういうことじゃなくて…僕が言いたいのは…。
仮に紫苑にその気があったとしても…やり方次第で何とか止められるんじゃないか…って…。
今も先生が言ったように…世界が崩壊するかもしれないような力を暴走させる懼れはないんだし…。 」

何も先生が代わりにどうこうしなくたってさ…。

非難するような眼で滝川を見つめた…。
滝川の笑顔が少しばかり翳ったように思えた…。

「輝は紫苑の恋人だけど…母親みたいな存在でもあったからな…。
紫苑は多分…ひとり遺されることに耐えられないんだよ…。
自殺を図った実母と…どうしても重ねてしまうんだろう…。

度を超えた意地悪はするし、嫉妬深い女だけど、紫苑は自分を心から愛してくれる面倒見のいい輝が大好きだったんだ…。 」

そんなこと…訊いてるんじゃないんだけどなぁ…。

亮は小さく溜息をついた…。

「紫苑が超へこんでるのは分かってるけど…なんで先生が?…って話だよ…。 」

的を得ない滝川の答えに、亮は少しばかり焦れてきた。

先生ってば…時々人を苛々させるような態度をとるからなぁ…。

その苛々があからさまに亮の顔に出た…。

やれやれ…怒らせちまったか…。

滝川はまた苦笑した…。

僕の気持ちの…問題…さ…。

「紫苑を護ってやりたいんだ…。
エナジーの意思に従ってあのくそったれどもの魂を消滅させたことで…紫苑の心はまた…癒えない傷を負った…。

御使者の務めだろうが…太極の意思だろうが…たとえどんな正当な理由がつこうとも…実際に手を下したのは紫苑自身…生涯…その傷は消えない…。

紫苑…何も言わないけど…ほんとは泣きたいくらい痛むんだろうよ…。
数え切れねぇほど傷があるんだからな…。

だからさ…紫苑にとっちゃ輝のことだけでも堪え難い衝撃なのに…その上さらに傷口広げるような愚行をさせたくないんだよ…。
そうさせるくらいなら…紫苑が動く前に僕が先にしとめてしまった方がいい…。
そうだろ…? 」

間違ってるよ…と亮の心が叫んだ…。

そんなこと…許されるわけがない…。

「先生が動けば…紫苑は余計に傷つくよ…。 」

どちらにせよ…結果は同じじゃないか…。

何の権限もなく手を下すこと自体が問題なんだ…亮は胸の内でそう憤慨した…。

いくら紫苑命でも…やって良いことと悪いことがあるだろう…。
まったく…先生らしくもない…。

「ふっ…紫苑にも手を汚すなと言われたよ…。
まぁ…紫苑に気がねぇなら…僕がどうするって意味もねぇことだし…。
今日はちょっと覘いてみただけさ…。 」

面白くもなかったけどな…。

吐き捨てるように滝川は言った…。

「賢明だね…。 
紫苑も…当のHISTORIANでさえ見捨てた悪党のことなんか…さっさと忘れりゃいいのに…。
そうするしか…人類の存続を守る方法がなかったんだからさ…。 
あのまま悪党どもが紛争の種を撒き散らせば…いずれはまたエナジーたちが暴れだしたに決まってるんだから…。 」

 何人もの尊い命を奪い、世間を混乱に落としいれ、罪のない人々を利用し苦しめた者たち…。
放っておけば犠牲者が増えるだけ…やがては世界の崩壊を招くだろう…。
奴等にゃ天罰が下って当たり前…その選択が誤りだなどとは認めたくなかった…。
母親が…犠牲者のひとりだということを考慮に入れなかったとしても…。

「僕が心配なのは…力の暴走よりもむしろ…紫苑の心の崩壊の方だ…。
紫苑も人間だからな…どのくらい堪えたらぶっ壊れるか…なんて…その時になってみなけりゃ分かりゃしないのさ…。
どんなに我慢強い人間にだって…限界はある…。

 なぁ…亮くん…。
きみにはまだ…きみの兄貴のことが全然分かってない…。
大きな荷物を幾つも背負わされて…その重みでいつ暴走するかもしれない自分という存在を怖れる男の気持ちが…さ…。

 今…紫苑が落ち着いていられるのは…少しだけ安心してるからなんだ…。
僕が紫苑の傍に存在する真の意義が伝わったから…。
勿論…紫苑にとっては…の話だけどな…。

 もしも…力の暴走を止められないような事態に陥った場合には…世界が破滅する前に…僕がこの手で殺してあげる…そう紫苑に約束したから…。
紫苑が…自ら命を絶たなくてもいいように…僕が逝かせてあげる…僕の命を懸けてでも…。

紫苑は…嬉しそうに笑ったよ…。
恭介…絶対…約束だぜ…って…。

分かるか…亮くん…?

生きるより殺されることを喜ばなくてはならない…紫苑の切なさが…。
生まれてからこれまで…さんざん酷い思いをしてきた上に…こんな悲しい選択を迫られる紫苑の痛みが…。

 僕にとっちゃ世界の破滅がどうのこうのよりも…紫苑が日々平穏に幸せに生きてくれることの方が重要だ…。
それがたまたま…どちらも無関係ではいられないだけの話で…。

だから…僕は…何でもしてやる…。
紫苑のためになら…何だって…。

間違っていることは百も承知だ…。 」

 紫苑命…それは仲間たちが冗談まじりに滝川の行動を揶揄する言葉だった…。
西沢紫苑という類稀な素材に心底惚れ込んで…その魅力を余すところなく写し取り表現することをライフワークとしている写真家滝川…。

 けれど…西沢への想いはモデルと写真家の関係だけに留まらないことを仲間の誰もが知っている…。 
分厚く不透明な膜で覆われた滝川の心の奥底で…密やかに光を放つもの…。
その形が…どういうものであるかは…誰にも分かりはしないけれど…。

「心配要らねぇって…そんなことにはなりゃぁしないよ…。
どんな手を使ってでも…僕が紫苑を護ってやる…。

紫苑にとっちゃぁ…僕は有さんや祥さんの代わりでしかないけれど…それならそれで…なりきってやってもいい…。

大丈夫…紫苑はちゃんと…人生を全うできるさ…。 」

滝川の目には亮の顔があまりに不安げに映ったのか…慰めるような優しい声で…そう言った…。

 間違ってる…とは…とうとう…言えなかった…。
言いたくなかった…。
間違っていてもいい…と亮は思った…。
お役目には反するかも知れないけれど…。

「そうだと…いいな…。 ううん…きっとそうだよ…。
先生にそこまで想われてるんだから…きっと…。
有り難う…先生…感謝します…。 」

 過去・未来…はどうあれ…現時点での紫苑は幸せに違いない…。
同じ形ではないにせよ…紫苑の中の空白は…滝川の真心で満たされる…。
それはさらに中枢へと浸透し…疼く傷のひとつひとつをも包み込んで…穏やかに優しく…癒していく…。
完全とはいかないまでも…。

 そう思うと…亮はなんだか西沢が羨ましいような気持ちにさえなってきた…。
自分にそれほどの想いを寄せてくれる誰かが…果たしてこの世に存在するのだろうか…と…。

「亮くんに礼を言われる筋合いはねぇな…僕の自己満足だ…。
紫苑…可愛いからな…。
初恋の紫苑ちゃんは僕の永遠の恋人だからさ…。 」







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