庭園の芝生の上を小さな男の子が三人…転げ回って遊んでいる。
子犬のようにじゃれ合いながら…楽しそうに笑っている…。
吾蘭・来人・絢人の三人…元気いっぱい。
いつもは子安さまが付き添っているが…休日なので一族の子どもたちが総勢で面倒を看ている。
中にはまだ自分がお兄さんやお姉さんたちに面倒を看られている幼稚園児も居るのだけれど…自分より年下の子たちの世話をすることは一族の子供の修練のひとつ。
誰も何も言わなくても手の空いた時には進んで子守をする。
これは将来…一族を背負って立つ者として極めて重要な修練だから…誰からも文句は出ない。
「子供というものは…何人居ても可愛いものだな…。 」
居間のガラス戸から外を覗いていた宗主は…楽しげにそう呟いた。
お伽さまも微笑みながら頷いた。
「紫苑を手放した時の有がどれほど無念であったか…を思うと胸が痛みます。
吾蘭を木之内姓に…との宗主のお言葉はまさに救いでありましょう…。 」
木之内吾蘭…か…。
宗主は紫苑にそっくりの小さな男の子に眼をやった。
幼いなりに懸命にふたりの弟を護ろうとしている…健気な吾蘭…。
本家の孫に相応しい器量…宗主は満足げに微笑んだ。
「クルトは西沢姓だろうが…輝女史は…ケントをどうするつもりかな…?
ケントは…太極の化身の血を引く子だ…。 僕とも一応は血族だが…。 」
そうですねぇ…。
お伽さまは…少しの間…考えた。
「あの子が生まれた時にノエルがすぐに認知をしましたから…高木姓かと…。
島田姓にすることは…おそらく克彦さんが反対するでしょうし…ましてや…滝川姓にはならないと思いますが…。 」
ふむ…恭介…か…。 できれば…あの男も僕の家族に入れたいものだが…。
ふ…っとお伽さまが笑った。
「あれほどの逸材…滝川家が放しますまい…。
家族は無理でしょうが…今はこの一族でも要人の地位にありますから…折を見て更に待遇を上げられては…? 」
そうだな…と宗主は頷いた。
「お伽…出かけるのだろう…? 」
はい…とお伽さまは答えた。
今日は師匠衆の月例会ですので…。
仲根が玄関のチャイムを鳴らすと…英武が顔を出した。
いつもは居ない顔が突然…眼の前に現れたので仲根は一瞬怯んだ。
「あ…ごめんねぇ…。 驚かせちゃった…。 」
英武は機嫌よく笑いながらそう言った。
仲根は軽く会釈して居間の方へ向かった。
テーブルで新聞を覗き込んでいる大男は…怜雄…。
検証会で遠巻きに見たとは言え…直で顔を合わせるのは初めてだった。
「おい怜雄…ちょっと移動してくれ…。 料理が置けない…。 」
豚の角煮の大皿を運んできた滝川が声をかけた。
お…済まん…。 怜雄はすぐに場所を空けた。
キッチンへ入っていくと西沢がオーブンから香草焼きの鳥を出しているところだった。
傍で玲人がサラダボールの中身を混ぜ合わせていた。
ノエルが揚げソバを大皿に盛ると亮が上に野菜や肉を炒め煮にした具をかけた。
山と盛った蒸しパンを英武が居間へと運んでいく…。
仲根は何だか不思議な世界へ入り込んだような気がした。
ここは料理店の厨房か何か…で…周りに居るのは料理人やボーイ…そんな感じ…。
「おっ…仲根くんいいところへ…。 その鍋のスープを運んでよ…。
鍋ごとで構わないからさ…。 」
西沢が丸っこい土鍋を指差した。
仲根が言われたとおりにスープを運ぶと…大方準備が整ったらしく…みんなテーブルの方へと集まった。
報告があって来たんだけど…なんだか言い出しにくいなぁ…。
仲根は周りを見回した。
そう…仲根は別に飯を食いに来たわけではなかった。
が…誰も飛び入りの仲根の存在をおかしいともなんとも思わないらしく…用件を訊こうともしない…。
さっき…仕事先で別れたばかりの亮でさえ…まったく気にもかけていない…。
仲根が戸惑っていると…英武や怜雄が気を利かせて料理を皿に盛って渡した。
仲根くん…遠慮しないで沢山食べなよぉ…。
はぁ…有難うございます…頂きます…。 じゃなくて…あの…。
「紫苑…仲根くん…何か言いたげ…。 」
さすがに…いつも西沢ペースに巻き込まれている被害者だけあって…玲人がようよう仲根の困り顔に気付いた。
「あ…楽しくお食事中のところ申しわけないんですけど…報告に来たもんで…。
この間…紫苑さんから頼まれた件なんですけど…。 」
ああ…あれね…と紫苑は頷いた。
「紫苑さん…磯見という名の若い能力者をご存知ですよね…。
亮が家系図の中からその名前を見つけたんで…同一人物かどうか探ってみたんですが…。 」
磯見…!
周り中から一斉に声が上がった。
「高倉家の当主の子でした…。 実子らしいんですが…生まれてすぐに磯見家の養子になっています…。
預かっている添田は、その件についてはまったく知らないんじゃないかと…。 」
どこかで…聞いたような話だね…。
西沢の笑顔が引きつった。
「ここからが本題なんっすけど…磯見家は古くは業使いの家系なんです…。
継承者が居なくなって久しいもので…あまり知られていませんが…。 」
業使い…!
西沢家の面々の顔色が変わった。
「業使いに襲われた…とお父さんは言っていたが…。 」
怜雄が思い出したように言った。
「まさか…だって…僕は磯見に直接触れて読んだんだぜ…。
業を一度でも使ったことがあるなら…僕にだって分かるはずだよ…。 」
英武は訝しげに西沢を見た。
「ごく稀に…眠っていたり…無意識の時にだけ…隠れた力が甦る能力者が居るらしいんだ…。
だけど…倉橋家の当主の話では…業使いは呪文や業そのものを知らなければ能力があっても使うことができないということだ…。 」
西沢は以前に久継から聞いた話をした。
じゃあ…磯見には無理だよな…。 継承者が絶えた家系なんだから…。
それはそうだ…と皆は頷き合った。
「三宅は…使えるよ…。 」
それを否定するようにノエルが言った。
「あいつ…古文書読めるし…古い資料が残ってたから自分で勉強したんだ…。
磯見だってもしかしたら…そういうの読んでたかも知れないじゃん…。 」
そうだよな…と亮もそれに同意した。
「自分にそういう能力があるとは知らない磯見には…力を使おうという意思はなかったのかもしれないけど…ひょっとしたら歴史オタクかなんかで…家の古文書を読んでたとか…ね。
直行も…先輩が部室に残してった資料を嬉しそうに読んでたから…。 」
眠れる業使い…か…。
「磯見かどうかは別として…やっかいだな…。 相手には意識がないんだ…。
その業使い自身が武器や道具として使われているだけで…。
でも…能力者の気配だけは感じたぜ…。 どちらの気配かは分からないが…。 」
攻撃を受けた状況を思い出しながら滝川が言った。
「添田の眼が光っているのに…奴等は磯見を使うだろうか…? 」
玲人が首を傾げた。
エージェントの眼は…そう簡単に誤魔化せないぜ…。
誰かの力が働いていれば絶対気付く…。
西沢の脳裏で…突如…何かが閃いた…。
ドクンっと心臓が高鳴った。
「添田…まさか…。 」
西沢の胸に添田の言葉が甦った。
『万が一…私が発症した場合には私の力を固く封じ込めて欲しいのです…。
・・・・・・私がどうにかなってしまった時にはおそらく…私の仲間たちよりもずっと手早く手際よくやっつけてくださるでしょう。
仲間内にも重々頼んではありますが…情において躊躇う者も居るでしょうから…。
・・・・・・能力者の私が狂い出したらとんでもないことになります。
被害ができるだけ他に及ばないようにご助力をお願いしたいのです…。 』
あれは…潜在記憶の弊害を言っていたのではなかったのか…?
確かに発症と言っていたが…本当はもっと別のことを伝えたかったのか…?
僕が添田と個人的な付き合いを避けたのは無意識だけど…僕の中でなにか本能的に危険を感じ取っていたんだろうか…?
もし…もし…この閃きが正しければ…僕はほんと大間抜け…。
何とかしてやらなきゃ…このままじゃ…添田が気の毒だ…。
月例会の師匠衆から問い合わせが入ったのは…お伽さまが本家を出てから二時間ほど経ってのことだった…。
今日の会は場所が近いし…酒席がありませんから…と自分の車で出かけたのだが…20分もあれば到着するはずの場所に約束の時間が来ても一向に現れない。
いつもは誰よりも早くから来て皆を待っているほどの方なのに…と師匠衆のひとりが心配そうに電話口で言った。
本家は俄かに騒然となった。
事故にでも遭われたのでは…と家人が近隣を探したが見つからなかった。
時が時だけにお伽さまの身を案じた宗主は御使者を使って探させた。
お伽さまの車は…月例会の前になど立ち寄るはずもない…少し離れた場所にある大型スーパーの駐車場に放置されてあり…お伽さまの姿はなかった。
滝川の時と同じようにフロントガラスが蜘蛛の巣になっていた…。
お伽さまが誘拐された…という情報はすぐに全国の御使者に伝えられた。
エージェントも即座に動き…そして…あの組織も…。
産声を上げたばかりの連携組織の…これが初仕事となった…。
次回へ
子犬のようにじゃれ合いながら…楽しそうに笑っている…。
吾蘭・来人・絢人の三人…元気いっぱい。
いつもは子安さまが付き添っているが…休日なので一族の子どもたちが総勢で面倒を看ている。
中にはまだ自分がお兄さんやお姉さんたちに面倒を看られている幼稚園児も居るのだけれど…自分より年下の子たちの世話をすることは一族の子供の修練のひとつ。
誰も何も言わなくても手の空いた時には進んで子守をする。
これは将来…一族を背負って立つ者として極めて重要な修練だから…誰からも文句は出ない。
「子供というものは…何人居ても可愛いものだな…。 」
居間のガラス戸から外を覗いていた宗主は…楽しげにそう呟いた。
お伽さまも微笑みながら頷いた。
「紫苑を手放した時の有がどれほど無念であったか…を思うと胸が痛みます。
吾蘭を木之内姓に…との宗主のお言葉はまさに救いでありましょう…。 」
木之内吾蘭…か…。
宗主は紫苑にそっくりの小さな男の子に眼をやった。
幼いなりに懸命にふたりの弟を護ろうとしている…健気な吾蘭…。
本家の孫に相応しい器量…宗主は満足げに微笑んだ。
「クルトは西沢姓だろうが…輝女史は…ケントをどうするつもりかな…?
ケントは…太極の化身の血を引く子だ…。 僕とも一応は血族だが…。 」
そうですねぇ…。
お伽さまは…少しの間…考えた。
「あの子が生まれた時にノエルがすぐに認知をしましたから…高木姓かと…。
島田姓にすることは…おそらく克彦さんが反対するでしょうし…ましてや…滝川姓にはならないと思いますが…。 」
ふむ…恭介…か…。 できれば…あの男も僕の家族に入れたいものだが…。
ふ…っとお伽さまが笑った。
「あれほどの逸材…滝川家が放しますまい…。
家族は無理でしょうが…今はこの一族でも要人の地位にありますから…折を見て更に待遇を上げられては…? 」
そうだな…と宗主は頷いた。
「お伽…出かけるのだろう…? 」
はい…とお伽さまは答えた。
今日は師匠衆の月例会ですので…。
仲根が玄関のチャイムを鳴らすと…英武が顔を出した。
いつもは居ない顔が突然…眼の前に現れたので仲根は一瞬怯んだ。
「あ…ごめんねぇ…。 驚かせちゃった…。 」
英武は機嫌よく笑いながらそう言った。
仲根は軽く会釈して居間の方へ向かった。
テーブルで新聞を覗き込んでいる大男は…怜雄…。
検証会で遠巻きに見たとは言え…直で顔を合わせるのは初めてだった。
「おい怜雄…ちょっと移動してくれ…。 料理が置けない…。 」
豚の角煮の大皿を運んできた滝川が声をかけた。
お…済まん…。 怜雄はすぐに場所を空けた。
キッチンへ入っていくと西沢がオーブンから香草焼きの鳥を出しているところだった。
傍で玲人がサラダボールの中身を混ぜ合わせていた。
ノエルが揚げソバを大皿に盛ると亮が上に野菜や肉を炒め煮にした具をかけた。
山と盛った蒸しパンを英武が居間へと運んでいく…。
仲根は何だか不思議な世界へ入り込んだような気がした。
ここは料理店の厨房か何か…で…周りに居るのは料理人やボーイ…そんな感じ…。
「おっ…仲根くんいいところへ…。 その鍋のスープを運んでよ…。
鍋ごとで構わないからさ…。 」
西沢が丸っこい土鍋を指差した。
仲根が言われたとおりにスープを運ぶと…大方準備が整ったらしく…みんなテーブルの方へと集まった。
報告があって来たんだけど…なんだか言い出しにくいなぁ…。
仲根は周りを見回した。
そう…仲根は別に飯を食いに来たわけではなかった。
が…誰も飛び入りの仲根の存在をおかしいともなんとも思わないらしく…用件を訊こうともしない…。
さっき…仕事先で別れたばかりの亮でさえ…まったく気にもかけていない…。
仲根が戸惑っていると…英武や怜雄が気を利かせて料理を皿に盛って渡した。
仲根くん…遠慮しないで沢山食べなよぉ…。
はぁ…有難うございます…頂きます…。 じゃなくて…あの…。
「紫苑…仲根くん…何か言いたげ…。 」
さすがに…いつも西沢ペースに巻き込まれている被害者だけあって…玲人がようよう仲根の困り顔に気付いた。
「あ…楽しくお食事中のところ申しわけないんですけど…報告に来たもんで…。
この間…紫苑さんから頼まれた件なんですけど…。 」
ああ…あれね…と紫苑は頷いた。
「紫苑さん…磯見という名の若い能力者をご存知ですよね…。
亮が家系図の中からその名前を見つけたんで…同一人物かどうか探ってみたんですが…。 」
磯見…!
周り中から一斉に声が上がった。
「高倉家の当主の子でした…。 実子らしいんですが…生まれてすぐに磯見家の養子になっています…。
預かっている添田は、その件についてはまったく知らないんじゃないかと…。 」
どこかで…聞いたような話だね…。
西沢の笑顔が引きつった。
「ここからが本題なんっすけど…磯見家は古くは業使いの家系なんです…。
継承者が居なくなって久しいもので…あまり知られていませんが…。 」
業使い…!
西沢家の面々の顔色が変わった。
「業使いに襲われた…とお父さんは言っていたが…。 」
怜雄が思い出したように言った。
「まさか…だって…僕は磯見に直接触れて読んだんだぜ…。
業を一度でも使ったことがあるなら…僕にだって分かるはずだよ…。 」
英武は訝しげに西沢を見た。
「ごく稀に…眠っていたり…無意識の時にだけ…隠れた力が甦る能力者が居るらしいんだ…。
だけど…倉橋家の当主の話では…業使いは呪文や業そのものを知らなければ能力があっても使うことができないということだ…。 」
西沢は以前に久継から聞いた話をした。
じゃあ…磯見には無理だよな…。 継承者が絶えた家系なんだから…。
それはそうだ…と皆は頷き合った。
「三宅は…使えるよ…。 」
それを否定するようにノエルが言った。
「あいつ…古文書読めるし…古い資料が残ってたから自分で勉強したんだ…。
磯見だってもしかしたら…そういうの読んでたかも知れないじゃん…。 」
そうだよな…と亮もそれに同意した。
「自分にそういう能力があるとは知らない磯見には…力を使おうという意思はなかったのかもしれないけど…ひょっとしたら歴史オタクかなんかで…家の古文書を読んでたとか…ね。
直行も…先輩が部室に残してった資料を嬉しそうに読んでたから…。 」
眠れる業使い…か…。
「磯見かどうかは別として…やっかいだな…。 相手には意識がないんだ…。
その業使い自身が武器や道具として使われているだけで…。
でも…能力者の気配だけは感じたぜ…。 どちらの気配かは分からないが…。 」
攻撃を受けた状況を思い出しながら滝川が言った。
「添田の眼が光っているのに…奴等は磯見を使うだろうか…? 」
玲人が首を傾げた。
エージェントの眼は…そう簡単に誤魔化せないぜ…。
誰かの力が働いていれば絶対気付く…。
西沢の脳裏で…突如…何かが閃いた…。
ドクンっと心臓が高鳴った。
「添田…まさか…。 」
西沢の胸に添田の言葉が甦った。
『万が一…私が発症した場合には私の力を固く封じ込めて欲しいのです…。
・・・・・・私がどうにかなってしまった時にはおそらく…私の仲間たちよりもずっと手早く手際よくやっつけてくださるでしょう。
仲間内にも重々頼んではありますが…情において躊躇う者も居るでしょうから…。
・・・・・・能力者の私が狂い出したらとんでもないことになります。
被害ができるだけ他に及ばないようにご助力をお願いしたいのです…。 』
あれは…潜在記憶の弊害を言っていたのではなかったのか…?
確かに発症と言っていたが…本当はもっと別のことを伝えたかったのか…?
僕が添田と個人的な付き合いを避けたのは無意識だけど…僕の中でなにか本能的に危険を感じ取っていたんだろうか…?
もし…もし…この閃きが正しければ…僕はほんと大間抜け…。
何とかしてやらなきゃ…このままじゃ…添田が気の毒だ…。
月例会の師匠衆から問い合わせが入ったのは…お伽さまが本家を出てから二時間ほど経ってのことだった…。
今日の会は場所が近いし…酒席がありませんから…と自分の車で出かけたのだが…20分もあれば到着するはずの場所に約束の時間が来ても一向に現れない。
いつもは誰よりも早くから来て皆を待っているほどの方なのに…と師匠衆のひとりが心配そうに電話口で言った。
本家は俄かに騒然となった。
事故にでも遭われたのでは…と家人が近隣を探したが見つからなかった。
時が時だけにお伽さまの身を案じた宗主は御使者を使って探させた。
お伽さまの車は…月例会の前になど立ち寄るはずもない…少し離れた場所にある大型スーパーの駐車場に放置されてあり…お伽さまの姿はなかった。
滝川の時と同じようにフロントガラスが蜘蛛の巣になっていた…。
お伽さまが誘拐された…という情報はすぐに全国の御使者に伝えられた。
エージェントも即座に動き…そして…あの組織も…。
産声を上げたばかりの連携組織の…これが初仕事となった…。
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