徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第五十一話 胸騒ぎ)

2006-08-06 23:32:55 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 先が決まらない不安というのはどんな場合にでも付いて回るものだが、初めて社会に出るとなるとやはりこれまでとは違い特別なような気もする。
 これといって目指すもののない亮にとって、進路を考えるのはひどく難しいことのように思えた。
仲間たちが積極的に訪問する会社を選んでいくのを見ていると、取り残されそうで焦りだけは増すのに、かと言って何をしたいという目標もなく手当たり次第訪問するのも躊躇われた。

 勿論…好きな仕事で食べていけるなんて人は、ほんの一握りに過ぎないことは分かっている。
生きて暮らしを立てていく為には、選り好みなんかしてられないんだから…何処かに就職しないとなぁ…。

 紫苑はいいなぁ…と亮は思った。 いろいろな天分に恵まれていて…さ。
同じ血を引くとは思えないくらいだ…。

 男性モデルは女性モデルほど注目されないし、どんなに見た目が良くっても向こうから仕事の依頼が転がり込んで来るほど美味しい世界じゃない。
まめに売り込んで採用されてなんぼだが…そんな中で引退した今でもなんだかんだ依頼が来るほど利用価値の高い容姿と独特の雰囲気を持ってるし…世界的な賞をいくつも受賞した天才イラストレーターだし…そこそこ人気のエッセイストだし…。

 亮も時々玲人の斡旋でモデルをするが、それを本職にできるほどではない。  
自分で仕事を取る必要が無いだけ恵まれてはいるが…それは自分がそれほどモデルという仕事に執着していない証拠なのだろう。
本気だったら自分から仕事を取りに出かけるはずだ…それも必死で…。

 新学期が始まってから…ずっとこんな調子で憂鬱な気分。
間もなくやってくるだろう大嫌いな雨の季節がさらに追い討ちをかけないようにと願っていた。

 「なに…それ…? あ…もしかして…腹帯ってやつ…? 
おまえがやってるとまるでその筋の方が腹に巻くさらしだね…。 」

亮はノエルの御腹に巻かれた白いさらしを見て笑った。

 ほっとけ! これしてないと…先生に叱られるんだから…。
最初…ベルト式のやつ買って貰ったんだけど…蒸れちゃってさぁ…気味悪いの。
これだったらさ…誰かに見られてもやくざ映画のファンって言っときゃいいし…。

 「但し…巻く場所が微妙に違うんだよなぁ…。 」

そう言ってノエルは溜息をついた。
夏は…堪んないよね…これ…暑くてさ…。

 「お母さんになるのも大変だね。 でも生まれたら仕事どうすんの? 」

 僕は仕事先が実家だからさ…母さんと紫苑さんの協力でなんとか続けられる…。
西沢家が随時ベビーシッターを派遣してくるらしいし…。
そう考えると恵まれてるね。 

 「跡取りだからなぁ…いつまでも女やってるわけにはいかないんだよ…。
おちびさんが出てきたらすぐに男に戻んないと…さ。 」

 そっかぁ…でもいいよ…仕事が決まってるんだからさ…。
いま…それが最大の悩みなんだ…。



 悩み…と言えば…このところスミレが時々メールをくれるのだが…ほとんど世間話に近いような内容ばかりで…愚痴ひとつ書いてないのがかえって痛々しくて気にかかる。
 大きな志を抱く姉を助けるためにどんなにか大変な思いをしているのだろうに…差し障りのない話で言葉を濁している。
それでもきっと話し相手が居るだけで気の晴れることもあるのだろう。
結構まめに送ってくる。
 
 まるで旅行先から絵葉書を送るかのように、その土地その土地で写した画像を入れて…何処其処の祭りが勇壮だったとか…何某の城が秀麗だったとか…そんな内容の話ばかりだが…西沢にはスミレちゃんがその土地の有力な家門と話し合いをするために出向いた報告だということが察せられる。  

 無論…スミレではなく天爵ばばさまの代理庭田智明として訪問するわけだから、門前払いを食わせるような一族はないだろうし、どの家門も表向き扱いは丁寧だろうが、歓迎はまったく期待できないと言っていい。

 ただ…スミレの折衝手腕には侮れないものがあり、完全協調とまではいかないものの一考には価するという判断を相手に抱かせることは想像に難くない。
 その上に何か強力に後押しする者があれば、さらに有利な展開を期待できるものを、それがないということが返す返すも残念だった。

 庭田は名門ではあるが、能力の特殊性から普段関わっている相手が能力者ではなく、普通の人たちであるがために横の繋がりにやや欠けるところがあり、同じように特殊性を持っていても、能力者相手の裁きの一族は縦横に巨大なネットワークを持っている。
庭田が裁きの一族の協力を得たいと考える理由はまず第一にそこにあった。

 さらに庭田には戦闘系の能力者がほとんど居ない。
この由緒正しいお告げ師の家系は護身には優れていても対戦には向いていないようで、三宅を誘ったように時々外部から新しい力を導入する。
以前の三宅なら役には立たないが、須藤から学んだ今は結構使えるかもしれない。
 力のある能力者が少なくなっているこの時代にあって、裁きの一族の能力者たちは粒揃いである。
三宅級の能力者ならごろごろ居る。
戦力不足の庭田にとって喉から手が得るほど欲しい人材を多数保有していた。 
 
 そうした中にあって、スミレはどちらの能力にも優れている数少ない族人で、備わっている能力からすれば姉の麗香をはるかに凌ぐものがあった。 
 スミレはゲイだけれど女になりたいわけではなく、自分は完全に男だけど男が好きというだけなので、あの大袈裟なオネエ言葉は半ば演技である。
 姉である麗香に気を使って、傍からスミレの方が天爵ばばさまに相応しいと思われないためにしていることだが…本人は周りを煙に巻いて結構面白がってるようなところがある。
 特に西沢に対しては、実に可愛いオネエ振りを見せてくれる。
かつての西沢にとってスミレは恋人麗香と切っても切り離せない存在で…心から可愛いと思える人だった。

 イラストボードに描かれた美しい薔薇の園…それは現在の庭園ではなく過去の幻影…。
最早…絵の中にしか存在しない永遠の時間…。

 数枚描いたイラストのうち、依頼の趣旨に最も合うと思われるものを二枚選んで西沢はカルトンの中に入れた。
間もなく玲人が取りに来るだろう…。

 

 それは…御使者のひとりが遭遇した不思議な出来事だった。
三宅が呪文を解いたことで、何か突発的なきっかけがなければ発症者が出ることはないと思われていた。
 
 その御使者はたまたま地元の商店街を歩いていた。
久々の休みを利用して遊びに出ていたのだが、お茶でも飲もうと入った喫茶店で妙な会話をしている三人連れの年配の客を見かけた。

 それがさぁ…ちょっと前にほら…みんなで奈良へ遊びに行っただろ?
そんで大ちゃんがでっかい亀の石の前で急にぼけぇっとなったもんだから、こりゃ頭の血管でも切れたんじゃないかって大騒ぎになったじゃないか…?

おお…そうだった。 そんで…その後大ちゃんはよ…?

 それが…しばらくはよかったんだが…この頃そのぼけぇがぶり返してよ。
奥さんが慌てて医者へ連れて行ったんだが…どこも悪くないんだってぇのよ。
 それでも…人が変わったみてぇにぼ~っとしてたかと思うと突然家を飛び出して行っちまうってから、絶対どこかおかしいに違いないわなぁ…。

やぁ…それは困ったもんだなぁ…。

 御使者はその話をしていた年配の客から情報を読み取ると、早速、大ちゃんと呼ばれている男の家へ行ってみた。
当然…普通の家へ正面切って入れるわけもないから…その男が飛び出してくる瞬間を辛抱強く待った。

 無論…ひとりでは見張りきれないので同じ地域の御使者に応援をたのんだが…男は3日目に飛び出した。
後をつけると塾帰りの少年に飛びかかろうとしていた。
御使者は男を抑えつけて指示通り潜在記憶の消去を行った。
 同時に少年からも恐怖の記憶を消した。
男は正常に戻り家へ帰って行った。

 御使者の調べでは、大ちゃんと呼ばれたその男が仲間と奈良へ出掛けたのは、三宅が呪文を解いてからのことで、すでに何処の遺跡でも発症者は出ていなかった。
 奇妙に思った御使者は上に報告し、この件は次回の御使者会議でも扱われることとなった。
即日…西沢の許には、この問題について調査されたし…という依頼が上から届けられた。

 西沢は久々に三宅に連絡を取った。
よほどのことがなければ、庭田の人となった三宅に直接会うわけにはいかないので電話をしたのだが…。

 「そう…奈良だよ。 
奈良の巨石…亀石だけ呪文を解き忘れてないか…確認したいんだ。 
もし…解き忘れなら…至急解いて貰いたいんだけれど…。 」

西沢がそう言うと電話の向うで三宅が言葉につまった。

 『奈良と言われても…西沢さん…僕は奈良の亀石には呪文をかけていないんですけど…。 』

今度は西沢が言葉を失いかけた。

 「何だって…? じゃあ…奈良の件はきみじゃないのかい…? 」

ええ…と三宅は言った。

 『亀石は作られた年代がはっきりしませんし…周りが指定より新しい遺跡ばかりなので…やめたんです。 
指定は一万年以上前の巨石と言われるもの…でしたから…。 』

西沢は絶句した。

三宅の他にも使われた呪文使いが居るのか…?
そいつは…まだ…HISTORIANと行動をともにしているんだろうか…?

予知の苦手な西沢だというのに急にざわざわと胸騒ぎを覚えた。
それは容易には治まらなかった。






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