女性の身体からくらくらするほどの濃厚な薔薇の香りが漂って息苦しいほど。
口紅の色と同じ紅いネイル…鋭く磨き上げられたそれが三宅の頬を撫でた。
「何故なの…可愛い呪文使いさん…? 」
突如…着メロが流れた。
「おや…西沢紫苑からだわ…。 早く出ておあげなさいな…。 」
携帯に触れたわけでもないのに、女性はいとも簡単に相手の名前を口にした。
三宅は慌てて携帯電話を取り出した。
紅いネイルが横から携帯を取り上げて三宅の耳に運んだ。
西沢は…合わせたい人が居る…と言っただけで詳しいことは何も言わなかった。
二日ほど後の午後を指定して切った。
携帯を三宅のポケットにしまうと愉快そうに笑った。
いい男だけど…間抜けだわ…。
HISTORIANなんぞの手助けをするなんて…ね。
あら…ごめんなさい…あなたもだったわね…。
「あいつ等は…勇者気取りの外来エリート集団だから…辺境日本の能力者たちなど使い捨ての駒に過ぎないのよ…。
そうね…利用価値の高い政府の高官クラスとか…財界の要人とかならちゃんとお仲間と見做すでしょうけど…。
もう少し呪文をかけたままで…うんと混乱させてやればよかったのに。 」
薔薇の君は随分と過激なことを言う…。
「何でもかんでもプログラムのせいだと考えること自体誤りなのよ。
もっと人間という生き物を見つめるべきだわ…。 」
三宅は眼を見張った。
ひょっとして…オリジナルの完全体…?
うふふ…と紅い唇が笑った。
完全体かどうかは…自分では分からないわね…。
HISTORIANが眼をつけていることは確かよ…。
完全体同士が出会ったら…戦って勝つしかない…西沢はそう言っていた。
しかし…それらしい女性が目の前に居るのにそんな気配は感じられない。
「不思議かしら…? でも…紫苑の言っていることは正しいわ。
私でなければ…あなたはとうに死んでるかもよ…。 」
紅い爪が三宅の頬から顎を滑り降り首を伝ってネクタイの上で止まった。
「HISTORIANなどとはきっぱり手を切って…私の許へおいでなさい…。
三宅の末裔なら…悪いようにはしないわ…。 」
薔薇の君の妖しい瞳が眼の前にある。艶かしいその肢体が今にも触れんばかり…。
三宅はごくっと唾を飲み込んだ。
あのちょい抜け坊やもすぐに気付くわ…。
世の中を混乱させているのが本当は誰かってことを…。
あら…悪口じゃないわよ…あの子は…そこが可愛いのよ…。
ただでさえ他国から非難を浴びてるってのに…国連関係の施設ぶっ飛ばすとはどういうことぉ…?
それでも…尚且つ…その立場を擁護し続けるってのも…微妙な国内事情があるにせよ…ちょっと考えた方がいいんじゃねぇ…?
新聞と睨めっこ…滝川の朝のぼやきが始まった。
先生…コーヒーは…?
西沢のコーヒーを淹れるついでに滝川にも声をかける。
今朝はノエル絶好調…久々に卵焼きが美味しい。
西沢が笑いながら自分の皿からノエルの皿へと補充してやる。
「貰うよ…。 何…ノエル…気分良さそうじゃない…? 」
滝川がノエルの方に眼を向けた。
「なんかねぇ…少し楽になったんだ。 飯島院長の話よりちょっと早め…。 」
ふたりにコーヒーを渡して…ノエルはまた卵焼きを頬張った。
青菜のおひたしと卵焼き…焼きシシャモ…若布や豆腐のお味噌汁…どれもノエルのために西沢と滝川が用意した朝食メニューだ。
悪阻で食の進まないノエルのために、西沢も滝川も朝晩できるだけノエルの食べられそうなものを考えた。
毎日これくらいがっついてくれると嬉しいんだけどなぁ…。
そう言って西沢が笑った。
「ごめんね…。 」
俯いたノエルの頭を西沢がそっと撫でた。
「これからはきっとたくさん食べられるようになるよ。
ふたり分必要なんだから…。 」
滝川も笑顔で言った。
ノエルが学校へ出かけて行った後、定休の滝川が自宅の305号の空気を入れ替えに行ったので、西沢はひとり仕事部屋で新しい画材を広げていた。
久々に花木桂からイラストの依頼が来ていて…花木には珍しく成人女性向けの恋愛小説だった。
成人ものはあんまり好きじゃないのよね…夢が無いんですもの…桂は電話でそう漏らしていた。
僕も全然好きじゃない…なんてことは言えなかった。
仕事ですから…ねぇ。
この手のものを描こうとするとやたらむかついてくる。
違うだろ…そうじゃねぇだろ…なんて内容に文句をつけたくなってくる。
ぶつぶつ言いながら仕事をする。
ノエルの体調を考えるとモデルはさせられないから…余計にいらいらする。
亮にモデル頼もうかなぁ…と西沢は思った。
軽く仕事部屋の扉をノックする音がして…毎度…と玲人が部屋に入ってきた。
幾つか入っている仕事の予定を伝えに来たのだ。
「玲人…ちょっと…ちょっとここへ転がって…。 」
ええ…なに? 怪訝そうな顔をしながら玲人は床に転がった。
首筋から背中にキス…の状況を再現してくれない…?
おまえの感性で構わないから…。
馬鹿言うな…そんなもん分かるか!
そこを何とか…さぁ…仕事なんだから…。
いま…ノエルには頼めないんだから…。
「なにやってんだぁ…? 」
戻ってきた滝川が玲人の大声を聞いて顔を覗かせた。
「お…丁度いいや…恭介…おまえ…玲人の首筋から背中にかけてキスしちゃって…。 」
首…って…おまえ…内容はよ…?
「え~っと…豪邸のプール…甲羅干し中の美女…水着つきの…な…。
プールから上がってきた恋人がちょっかいかけるシーン…。 」
あ…そう…ちゃんと説明しないと別のことしちゃうぜ…。
どっちにしてもやだ~!
おまえが持ってきた仕事だろ…少しぐらい協力せいや…。
そう言うと滝川は言われたとおりに演じてみせた。
「そこでストップ…。 OK! 描けた…ありがとさん…。
玲人…いい顔してたよ~。 続きはベッドでねぇ~。 」
ふざけんな!
背中に乗っかっている滝川を押しのけて、玲人はむっくり起き上がった。
「いや…思ったよりいい反応だったね。 玲人…薔薇の素質あり…だな。 」
薔薇だよ…悪いかよ…。
あ…気にすんな…悪口じゃねぇから…。
やだな…そんなむくれるなよ…玲人…キスしちゃうよ…。
やってみろよ…できるもんなら…どうせ…馬鹿にしてんだろ。
じゃ…頂きぃ…。
やかましい外野を他所に西沢は別のことを思い出していた。
薔薇…薔薇ねぇ…不意に西沢の嗅覚にあの香りが甦った。
どこかで嗅いだ香りなんだよな…。
「思い出した! 天爵ばばさまだ! 」
天爵ばばさま…? 滝川と玲人は同時に西沢の方を見た。
「あの各界のお偉いさん専用の…お告げ師のことか…? 」
滝川が訊いた。
「そう…いまのばばさまは…庭田麗香…。
裁きの一族と同様かなりの旧家で…実力派のお告げ師…。
超美人で超グラマー…感度抜群…。 」
何で分かるんだよ…そこが…?
「ちょっとわけありで…。 」
あ…お試し済みか…。
…ってか…喰われたんだよ…。
かなわねぇよ…ばばさまには…。
それを聞いて床のふたりが大声を上げて笑い転げた。
おまえでも喰われることがあるんだぁ~紫苑!
すげぇ女だなぁ…!
「何しろいつの時代から生きているか分からないくらい古い魂を受け継いでいるってことだから…。
僕なんか赤ん坊同然で…ばばさまに好きなように遊ばれたってか…な。
まだ…駆け出しの頃の話だが…。 」
けど…なんでばばさまの薔薇の香水が…?
ひょっとして…三宅に近付いたことを知らせてきたのか…?
まあ…午後に三宅が来ることになっているから…すぐに分かることなんだけど…。
人に見えないものが見え…感じられないものを感じることができる智哉の不思議な能力…。
ワクチン・プログラムの完全体三宅の身体から智哉がどんな情報を引き出せるのかは謎だが、今後の参考に滝川だけでなく玲人も立ち会うことにした。
約束の時間が近付くと智哉の方が先に現れた。
滝川たちと軽い話を楽しみながら三宅が来るのを待った。
それほど間を置かず、玄関のチャイムが鳴った。
西沢が扉を開けると、いきなりスーツ姿のオネエが飛び込んできた。
「紫苑ちゃぁん。 お久しぶりぃ…。 」
誰よ…? 西沢は相手の顔を見直した。
「スミレちゃん…? ばばさまんとこの…? 」
そうよ~。 何年ぶりかしらぁ…?
スミレは天爵ばばさまの弟…妹って言った方がいいのか…本名庭田智明…ばばさまの代わりに対外的な仕事を引き受けている。
「紫苑ちゃんがちゃんとメッセージを正しく受け取ったかどうか、確認して来いって…お姉ちゃまがさぁ…。
それとぉ…おそくなったけどぉ…結婚祝いね…。 」
紫苑ちゃん…ちょい抜けだからぁ…心配してんのよぉ…。
スミレはにっこり笑って、付き人に持たせてあるどでかいサンドビーズクッションを西沢に渡した。
ノエルちゃんが好きなもの…探したのよぉ…。
「さすがにばばさま…名前までご存知なわけね…。
三宅を手許に置きたいって話でしょ…? それは三宅次第だけど…。 」
何か魂胆があるんじゃないの…? 西沢は小声で囁いた。
うふふ…とスミレは笑いながら西沢の耳元に顔を寄せた。
「決まってるじゃねぇか…。
この件に危惧を抱いているのはおまえたちだけじゃないんだぜ…。
ま…そのうちばばさまから直々に…な。 」
今日は…一也ちゃんを置いてくからぁ…お世話してあげてねぇ…。
ころころと変わり身の早いこと…。
いつもながらスミレちゃんは…面白い…。 西沢は楽しげに笑った。
お騒がせのスミレちゃんが姿を消すと三宅が呆然と姿を現した。
おやおや…ばばさまにすっかり骨抜かれたな…。
苦笑しながら西沢は三宅を部屋へと招きいれた。
次回へ
口紅の色と同じ紅いネイル…鋭く磨き上げられたそれが三宅の頬を撫でた。
「何故なの…可愛い呪文使いさん…? 」
突如…着メロが流れた。
「おや…西沢紫苑からだわ…。 早く出ておあげなさいな…。 」
携帯に触れたわけでもないのに、女性はいとも簡単に相手の名前を口にした。
三宅は慌てて携帯電話を取り出した。
紅いネイルが横から携帯を取り上げて三宅の耳に運んだ。
西沢は…合わせたい人が居る…と言っただけで詳しいことは何も言わなかった。
二日ほど後の午後を指定して切った。
携帯を三宅のポケットにしまうと愉快そうに笑った。
いい男だけど…間抜けだわ…。
HISTORIANなんぞの手助けをするなんて…ね。
あら…ごめんなさい…あなたもだったわね…。
「あいつ等は…勇者気取りの外来エリート集団だから…辺境日本の能力者たちなど使い捨ての駒に過ぎないのよ…。
そうね…利用価値の高い政府の高官クラスとか…財界の要人とかならちゃんとお仲間と見做すでしょうけど…。
もう少し呪文をかけたままで…うんと混乱させてやればよかったのに。 」
薔薇の君は随分と過激なことを言う…。
「何でもかんでもプログラムのせいだと考えること自体誤りなのよ。
もっと人間という生き物を見つめるべきだわ…。 」
三宅は眼を見張った。
ひょっとして…オリジナルの完全体…?
うふふ…と紅い唇が笑った。
完全体かどうかは…自分では分からないわね…。
HISTORIANが眼をつけていることは確かよ…。
完全体同士が出会ったら…戦って勝つしかない…西沢はそう言っていた。
しかし…それらしい女性が目の前に居るのにそんな気配は感じられない。
「不思議かしら…? でも…紫苑の言っていることは正しいわ。
私でなければ…あなたはとうに死んでるかもよ…。 」
紅い爪が三宅の頬から顎を滑り降り首を伝ってネクタイの上で止まった。
「HISTORIANなどとはきっぱり手を切って…私の許へおいでなさい…。
三宅の末裔なら…悪いようにはしないわ…。 」
薔薇の君の妖しい瞳が眼の前にある。艶かしいその肢体が今にも触れんばかり…。
三宅はごくっと唾を飲み込んだ。
あのちょい抜け坊やもすぐに気付くわ…。
世の中を混乱させているのが本当は誰かってことを…。
あら…悪口じゃないわよ…あの子は…そこが可愛いのよ…。
ただでさえ他国から非難を浴びてるってのに…国連関係の施設ぶっ飛ばすとはどういうことぉ…?
それでも…尚且つ…その立場を擁護し続けるってのも…微妙な国内事情があるにせよ…ちょっと考えた方がいいんじゃねぇ…?
新聞と睨めっこ…滝川の朝のぼやきが始まった。
先生…コーヒーは…?
西沢のコーヒーを淹れるついでに滝川にも声をかける。
今朝はノエル絶好調…久々に卵焼きが美味しい。
西沢が笑いながら自分の皿からノエルの皿へと補充してやる。
「貰うよ…。 何…ノエル…気分良さそうじゃない…? 」
滝川がノエルの方に眼を向けた。
「なんかねぇ…少し楽になったんだ。 飯島院長の話よりちょっと早め…。 」
ふたりにコーヒーを渡して…ノエルはまた卵焼きを頬張った。
青菜のおひたしと卵焼き…焼きシシャモ…若布や豆腐のお味噌汁…どれもノエルのために西沢と滝川が用意した朝食メニューだ。
悪阻で食の進まないノエルのために、西沢も滝川も朝晩できるだけノエルの食べられそうなものを考えた。
毎日これくらいがっついてくれると嬉しいんだけどなぁ…。
そう言って西沢が笑った。
「ごめんね…。 」
俯いたノエルの頭を西沢がそっと撫でた。
「これからはきっとたくさん食べられるようになるよ。
ふたり分必要なんだから…。 」
滝川も笑顔で言った。
ノエルが学校へ出かけて行った後、定休の滝川が自宅の305号の空気を入れ替えに行ったので、西沢はひとり仕事部屋で新しい画材を広げていた。
久々に花木桂からイラストの依頼が来ていて…花木には珍しく成人女性向けの恋愛小説だった。
成人ものはあんまり好きじゃないのよね…夢が無いんですもの…桂は電話でそう漏らしていた。
僕も全然好きじゃない…なんてことは言えなかった。
仕事ですから…ねぇ。
この手のものを描こうとするとやたらむかついてくる。
違うだろ…そうじゃねぇだろ…なんて内容に文句をつけたくなってくる。
ぶつぶつ言いながら仕事をする。
ノエルの体調を考えるとモデルはさせられないから…余計にいらいらする。
亮にモデル頼もうかなぁ…と西沢は思った。
軽く仕事部屋の扉をノックする音がして…毎度…と玲人が部屋に入ってきた。
幾つか入っている仕事の予定を伝えに来たのだ。
「玲人…ちょっと…ちょっとここへ転がって…。 」
ええ…なに? 怪訝そうな顔をしながら玲人は床に転がった。
首筋から背中にキス…の状況を再現してくれない…?
おまえの感性で構わないから…。
馬鹿言うな…そんなもん分かるか!
そこを何とか…さぁ…仕事なんだから…。
いま…ノエルには頼めないんだから…。
「なにやってんだぁ…? 」
戻ってきた滝川が玲人の大声を聞いて顔を覗かせた。
「お…丁度いいや…恭介…おまえ…玲人の首筋から背中にかけてキスしちゃって…。 」
首…って…おまえ…内容はよ…?
「え~っと…豪邸のプール…甲羅干し中の美女…水着つきの…な…。
プールから上がってきた恋人がちょっかいかけるシーン…。 」
あ…そう…ちゃんと説明しないと別のことしちゃうぜ…。
どっちにしてもやだ~!
おまえが持ってきた仕事だろ…少しぐらい協力せいや…。
そう言うと滝川は言われたとおりに演じてみせた。
「そこでストップ…。 OK! 描けた…ありがとさん…。
玲人…いい顔してたよ~。 続きはベッドでねぇ~。 」
ふざけんな!
背中に乗っかっている滝川を押しのけて、玲人はむっくり起き上がった。
「いや…思ったよりいい反応だったね。 玲人…薔薇の素質あり…だな。 」
薔薇だよ…悪いかよ…。
あ…気にすんな…悪口じゃねぇから…。
やだな…そんなむくれるなよ…玲人…キスしちゃうよ…。
やってみろよ…できるもんなら…どうせ…馬鹿にしてんだろ。
じゃ…頂きぃ…。
やかましい外野を他所に西沢は別のことを思い出していた。
薔薇…薔薇ねぇ…不意に西沢の嗅覚にあの香りが甦った。
どこかで嗅いだ香りなんだよな…。
「思い出した! 天爵ばばさまだ! 」
天爵ばばさま…? 滝川と玲人は同時に西沢の方を見た。
「あの各界のお偉いさん専用の…お告げ師のことか…? 」
滝川が訊いた。
「そう…いまのばばさまは…庭田麗香…。
裁きの一族と同様かなりの旧家で…実力派のお告げ師…。
超美人で超グラマー…感度抜群…。 」
何で分かるんだよ…そこが…?
「ちょっとわけありで…。 」
あ…お試し済みか…。
…ってか…喰われたんだよ…。
かなわねぇよ…ばばさまには…。
それを聞いて床のふたりが大声を上げて笑い転げた。
おまえでも喰われることがあるんだぁ~紫苑!
すげぇ女だなぁ…!
「何しろいつの時代から生きているか分からないくらい古い魂を受け継いでいるってことだから…。
僕なんか赤ん坊同然で…ばばさまに好きなように遊ばれたってか…な。
まだ…駆け出しの頃の話だが…。 」
けど…なんでばばさまの薔薇の香水が…?
ひょっとして…三宅に近付いたことを知らせてきたのか…?
まあ…午後に三宅が来ることになっているから…すぐに分かることなんだけど…。
人に見えないものが見え…感じられないものを感じることができる智哉の不思議な能力…。
ワクチン・プログラムの完全体三宅の身体から智哉がどんな情報を引き出せるのかは謎だが、今後の参考に滝川だけでなく玲人も立ち会うことにした。
約束の時間が近付くと智哉の方が先に現れた。
滝川たちと軽い話を楽しみながら三宅が来るのを待った。
それほど間を置かず、玄関のチャイムが鳴った。
西沢が扉を開けると、いきなりスーツ姿のオネエが飛び込んできた。
「紫苑ちゃぁん。 お久しぶりぃ…。 」
誰よ…? 西沢は相手の顔を見直した。
「スミレちゃん…? ばばさまんとこの…? 」
そうよ~。 何年ぶりかしらぁ…?
スミレは天爵ばばさまの弟…妹って言った方がいいのか…本名庭田智明…ばばさまの代わりに対外的な仕事を引き受けている。
「紫苑ちゃんがちゃんとメッセージを正しく受け取ったかどうか、確認して来いって…お姉ちゃまがさぁ…。
それとぉ…おそくなったけどぉ…結婚祝いね…。 」
紫苑ちゃん…ちょい抜けだからぁ…心配してんのよぉ…。
スミレはにっこり笑って、付き人に持たせてあるどでかいサンドビーズクッションを西沢に渡した。
ノエルちゃんが好きなもの…探したのよぉ…。
「さすがにばばさま…名前までご存知なわけね…。
三宅を手許に置きたいって話でしょ…? それは三宅次第だけど…。 」
何か魂胆があるんじゃないの…? 西沢は小声で囁いた。
うふふ…とスミレは笑いながら西沢の耳元に顔を寄せた。
「決まってるじゃねぇか…。
この件に危惧を抱いているのはおまえたちだけじゃないんだぜ…。
ま…そのうちばばさまから直々に…な。 」
今日は…一也ちゃんを置いてくからぁ…お世話してあげてねぇ…。
ころころと変わり身の早いこと…。
いつもながらスミレちゃんは…面白い…。 西沢は楽しげに笑った。
お騒がせのスミレちゃんが姿を消すと三宅が呆然と姿を現した。
おやおや…ばばさまにすっかり骨抜かれたな…。
苦笑しながら西沢は三宅を部屋へと招きいれた。
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