町のあちこちにまるで銀行か…と思うような厳しい造りの建物…。
最初のうち…全然パチンコ屋さんには見えない…とひどく違和感を覚えていたのだが…この頃では…そういう様相の建物が在ると全部パチンコ屋さんに見えるから不思議だ…。
ここ十五年ほど…遠ざかってはいるが…若い頃には友だちと連れ立ってよく遊びに行った。
ギャンブル運がついてないのは分かっているので…使ってもせいぜい千円から三千円…少しだけ時間がある時のささやかな楽しみだった。
パチンコ屋に初めて足を踏み入れたのは…18の時…高校卒業と同時に…待ってました…とばかりに親父が連れて行った…。
今なら20未満はお巡りさんに捕まっちゃうんだろうけど…当時は確か…18歳未満お断りだったような気がする…。
建物の外まで響き渡るような軍艦マーチ…。
透明なガラス張りの壁…耳を劈くチンジャラの音…。
派手な場内アナウンス…店の前を埋め尽くす造花の花輪…。
普段…いまいち反りの合わない親子だが…遊びは別…。
今思えば…酒を飲ませたのも親父なら…パチンコに引っ張り込んだのも親父…。
ゴルフ店に連れて行ったのも親父だった…。
そう…親父は決してアウトドア派というわけではなかった…。
会社の帰りに家の前を通り越してパチンコ屋へ直行する親父の車を家族の誰かがちょくちょく目撃していた…。
「親父…前を通ってチンジャラ行ったよ…。」
「そんじゃ…蛍の光だで…さっき御飯食べよか…。 」
その頃は…ほとんど毎日通っていたと言っても過言じゃない…。
それを家族は…パチンコ屋に月謝払ってお勉強…と言っていた…。
蛍の光…とは閉店までは帰ってこないってこと…。
盛り場に女子大小路と呼ばれるところがあって…親父は綺麗どころが集まるそのあたりでよく酒を飲んでいた…。
高い月謝を払って女子大小路でお勉強する…のが年がら年中だったので…パチンコ屋の時もそんなふうに言っていたのだ…。
換金していたのかどうかは分からないが…袋にいっぱいチョコレートを詰めて…時には手ぶらで…勝っても負けても機嫌よく帰ってきた…。
家族の前でバサーッとチョコレートを広げて…オカンと子供たちが喜ぶ顔を見て…自分もそれを美味そうに食べた…。
大酒飲みの癖に甘党で…チョコレートやケーキや饅頭が大好きだった。
初めて入ったパチンコ屋…。
何処へ座っていいのやら…どう動かしていいのやら…。
親父はいつも使っているらしい台に案内してくれて…ここで遊んどれ…みたいにしてひとつ離れた台に腰を下ろした…。
パチンコ台と言えば…親父が遊びのために貰ってきてくれた本物のパチンコ台がうちにひとつあったが…それは手動で指で弾く古いもの…自動なんてどう飛ばしたらいいのか…。
が…触ってみたら案外…簡単…ただし位置を固定しようとすると手が疲れる。
それに…入る時はジャラジャラ来るが…入らん時はあっという間に摩る…手動とは大違いの速さで…。
その頃はまだ…店の中に僅かに手動の台も残っていたが…客は疎らだった…。
親父はあっちこっち台を替えたが…その日はついていなかったようで…あたりがなかった…。
しばらくして隣の台に戻ってきて…ちょっとだけあたっていた自分の台から…ひと掴み玉を抜き取っていった…。
抜きしなにニカッと笑いながら…。
そのまま…ふたりとも玉を使い果たして店を後にしたが…帰りの車の中で…その店の出そうな台を幾つか教えてくれた…。
その後も何度か一緒に行ったが…バイトや友だちとの付き合いが多くなってしまうと…自然に行かなくなってしまった…。
親父もゴルフの方に興味が移って…パチンコ熱が冷めたようだった。
生きていたら…銀行みたいなパチンコ屋を見てなんと言うだろう…。
こんなんじゃ…どこに在るだか分かりゃせんがや…と嘆くだろうか…。
それとも…そんなもん…どうでもええがね…と笑いながらお気に入りの台を探すだろうか…。
もう一度…肩を並べて…遊んでみたいような気がする…。
おじいになった親父と…自分と…。
最初のうち…全然パチンコ屋さんには見えない…とひどく違和感を覚えていたのだが…この頃では…そういう様相の建物が在ると全部パチンコ屋さんに見えるから不思議だ…。
ここ十五年ほど…遠ざかってはいるが…若い頃には友だちと連れ立ってよく遊びに行った。
ギャンブル運がついてないのは分かっているので…使ってもせいぜい千円から三千円…少しだけ時間がある時のささやかな楽しみだった。
パチンコ屋に初めて足を踏み入れたのは…18の時…高校卒業と同時に…待ってました…とばかりに親父が連れて行った…。
今なら20未満はお巡りさんに捕まっちゃうんだろうけど…当時は確か…18歳未満お断りだったような気がする…。
建物の外まで響き渡るような軍艦マーチ…。
透明なガラス張りの壁…耳を劈くチンジャラの音…。
派手な場内アナウンス…店の前を埋め尽くす造花の花輪…。
普段…いまいち反りの合わない親子だが…遊びは別…。
今思えば…酒を飲ませたのも親父なら…パチンコに引っ張り込んだのも親父…。
ゴルフ店に連れて行ったのも親父だった…。
そう…親父は決してアウトドア派というわけではなかった…。
会社の帰りに家の前を通り越してパチンコ屋へ直行する親父の車を家族の誰かがちょくちょく目撃していた…。
「親父…前を通ってチンジャラ行ったよ…。」
「そんじゃ…蛍の光だで…さっき御飯食べよか…。 」
その頃は…ほとんど毎日通っていたと言っても過言じゃない…。
それを家族は…パチンコ屋に月謝払ってお勉強…と言っていた…。
蛍の光…とは閉店までは帰ってこないってこと…。
盛り場に女子大小路と呼ばれるところがあって…親父は綺麗どころが集まるそのあたりでよく酒を飲んでいた…。
高い月謝を払って女子大小路でお勉強する…のが年がら年中だったので…パチンコ屋の時もそんなふうに言っていたのだ…。
換金していたのかどうかは分からないが…袋にいっぱいチョコレートを詰めて…時には手ぶらで…勝っても負けても機嫌よく帰ってきた…。
家族の前でバサーッとチョコレートを広げて…オカンと子供たちが喜ぶ顔を見て…自分もそれを美味そうに食べた…。
大酒飲みの癖に甘党で…チョコレートやケーキや饅頭が大好きだった。
初めて入ったパチンコ屋…。
何処へ座っていいのやら…どう動かしていいのやら…。
親父はいつも使っているらしい台に案内してくれて…ここで遊んどれ…みたいにしてひとつ離れた台に腰を下ろした…。
パチンコ台と言えば…親父が遊びのために貰ってきてくれた本物のパチンコ台がうちにひとつあったが…それは手動で指で弾く古いもの…自動なんてどう飛ばしたらいいのか…。
が…触ってみたら案外…簡単…ただし位置を固定しようとすると手が疲れる。
それに…入る時はジャラジャラ来るが…入らん時はあっという間に摩る…手動とは大違いの速さで…。
その頃はまだ…店の中に僅かに手動の台も残っていたが…客は疎らだった…。
親父はあっちこっち台を替えたが…その日はついていなかったようで…あたりがなかった…。
しばらくして隣の台に戻ってきて…ちょっとだけあたっていた自分の台から…ひと掴み玉を抜き取っていった…。
抜きしなにニカッと笑いながら…。
そのまま…ふたりとも玉を使い果たして店を後にしたが…帰りの車の中で…その店の出そうな台を幾つか教えてくれた…。
その後も何度か一緒に行ったが…バイトや友だちとの付き合いが多くなってしまうと…自然に行かなくなってしまった…。
親父もゴルフの方に興味が移って…パチンコ熱が冷めたようだった。
生きていたら…銀行みたいなパチンコ屋を見てなんと言うだろう…。
こんなんじゃ…どこに在るだか分かりゃせんがや…と嘆くだろうか…。
それとも…そんなもん…どうでもええがね…と笑いながらお気に入りの台を探すだろうか…。
もう一度…肩を並べて…遊んでみたいような気がする…。
おじいになった親父と…自分と…。
僕も学生時代は、上手かったですよ。
最近では全くやりません。
出来ることなら、父と一緒にやりたいものですね。
高校卒業したら 行ってみたいところ№1
紙袋いっぱいのチョコレートゲットするぞおと意気込んで行ったものの
タバコの煙に耐えられず2回とも500円分で終了。。。
あれ以来行った事ないですね
再チャレンジしてみるかな
そして…いつか…部長と…。
ギャンブルには違いないけれど…良いことではないかもしれないけれど…共有したちょいワルの時間は…他では得られない思い出になります…。
飲みに行くのもいいけれど…一杯やったことより…doveの中には印象深く残っています…。
喉に来るんで…。
でも…面白いですよ…。
…と言ってもdoveも17年ほどやってませんから…最近のものはさっぱり分かりませんけれど…。
家、両親ともにもう天国に行ってしまったんですよ。
パチンコやりたくて、出てこられても怖いし...
パチンコ屋に顔をだした。
田舎なので、パチンコ屋にいくと
必ず誰かの父親かじいちゃんがいた。
それで、その中で調子よく玉が出ている人が、
一掴み玉をもってカウンターで「クラウンチョコ」に替えて、子供達にくれたもんだ。
今じゃ 考えられないけどね!
心ないことを申し上げました…。
うちも…今…出てこられても困るかな…。
では…いつか部長と…。
よく子供が親について来ていたね…。
昔は今ほど規制が厳しくなかったし…。
子供外に出せとは言われなかったしね…。
今の道徳観で言えば…子育て中は…まあ…そういうところで遊ぶのはしばらく避けるべきなんだろうけれど…。
外の車の中に放っておいて死なせるよりはずっとましかもね…。