徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第四十話 忘れてください…。)

2006-07-19 18:30:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 こうしちゃ居られないと気ばかりは焦るものの…熱は容易にはひかなかった。
西沢が寝込むのは大概、蓄積された疲労で体力が限界にきている時だから、自分自身にヒーリングの力があっても魔法のように一瞬で治すというわけにはいかない。

 ひとりで暮らしていた頃のように貧血や脱水で病院へ運ばれないだけまだましかなぁ…とぼんやり思った。
ノエルがせっかく作ってくれたおじやだから少しは手をつけたものの…これがひとりだったら水も飲まないでいるかもしれない。

 考えてみれば…今はノエルや滝川が同居しているお蔭で病院通いをしなくて済んでいるようなものだ。

自己管理…苦手なんだよね…。

働くだけ働いてばったりいくのがいつものパターンで…時々相庭が覗いてくれなかったらとっくに死んでたかも…。

 「おやおや…またですか…? 」

噂をすれば…玲人だ…。 玄関の鍵を何重にしようと意味がない…。
相庭の代わりに原稿を受け取りに来たか…。

 「イラストはカルトンの中だ…。 勝手に持ってって…。 」

 西沢は愛想なく言った。 声を出すだけで息が切れる。
玲人は西沢の枕元に近付くとそっと西沢の額に触れた。

 「う~ん…きてますねぇ…。 ひょっとすると39度行ってるかも…。
気持ち…下げときましょう…。 」

 止せ…お前はヒーラーじゃないだろう…!
性質の悪い風邪だったらうつるから…玲人…止せ!

大丈夫ですってば…先生…ちょっと失礼…。

 玲人は身を屈めてそっと西沢にキスをした。
濡れた体表面から水分が蒸発する時のようなスーッとした感覚が重ねられた唇の辺りから全身に広がった。
 鉛のように重たかった身体が少し楽になった。
荒かった呼吸も穏やかさを取り戻した。

こんなところかな…。 2度ほど…下げましたけど…。

 玲人はにっこり笑った。
西沢はすねたように唇をへの字にまげて何も言わなかった。

 「怒っちゃいました…? 何か…悲しいなぁ…。 
もう…先生ったら…滝川先生がキスしても怒らないくせに…えこ贔屓なんだから。
熱下げただけっすよぉ…。 」

余計上がるわ…! 西沢は胸の中で呟いた。

 「ま…いっか…それはおいといて…と。 
例の公園…添田が白昼夢を見たという公園を調べてみました。
やはり…細工の痕跡がありますね…。 

 ということはつまり…遺跡の方も人為的な細工と考えられるわけで…。
しかも…最近っすね…。 
 遺跡とは違って人通りの多いところっすから…もし昔からのものなら…とっくに犠牲者が大勢出ているはずですが…それほどはいってないんで…。 」

 人為的か…。 誰が…何の為に…ってことだな…。
あ…すげぇ…楽になってきた…動いても眼…回んないし…。

 西沢は半身を起こした。
玲人がすかさず西沢の背中の辺りに背もたれ用のクッションを置いた。

 「玲人…ただひとり生き残った男が…不特定多数の敵と戦う使命を帯びていた場合…どう動くと思う…? 」

そうですねぇ…こちらから出向いたんじゃ埒があかないから…まとめて誘き出す作戦に出ますか…。

 「案外…そんなとこかも知れん。 その誰かは…そのために細工をした…。 」

相当な使い手ですぜ…海外の遺跡にまで力を及ぼしたとなると…。

 「玲人…。」

 耳を貸せ…というように西沢は手招いた。
はい…と玲人は再び身体を屈めた。

 不意に西沢の両腕が玲人を後ろ手にねじ伏せた。
痛っ! 玲人の仰け反った喉から思わず声が漏れた。

 「キスは気分のいい時にしようぜ…。
あんまり舐めたことすると…やっちゃうよ…。 」

 ギブ・アップ! ギブ・アップってば…先生! 
もう悪戯しません…て…勘弁してよ…。

 くすくすっと笑いながら西沢は手を離した。
気分よくなっちゃった…。 

 「紫苑…熱下げただけなんだからね。 大人しく寝てないと治らないよ…。 」

 じっとそのままの姿勢で玲人が言った。
西沢の手が玲人の頬をなぞった。

 「そうやって…昔みたいに普通に話してくれればいいのに…。
どうして…妙な話し方ばかりするんだよ…? 」

 相庭家は裁きの一族には違いないけど…主流との血の繋がりはないんだ…。
ずっと本家にお仕えしてきた立場だから…。
 代々執事や乳母を出している家の血族…その縁で主流の血を引く紫苑に仕えることになった。
今の僕は…紫苑にとって使用人みたいなものさ…。
玲人は僅かに寂しげな笑みを浮かべた。

 「玲人…おまえ…僕の兄貴じゃなかったのか…?
ほんの少し生まれ月が早いからって…ずっと僕を庇ってきてくれたじゃないか…。
 赤ん坊の時から兄弟みたいに育ったんだぜ…。
怜雄や英武より…近くに居たのに…使用人だなんて有り得ねぇ…。 」

 仕方ないんだよ…決まりだから…。
玲人の大切なお人形さんを護るためなら…玲人はそれで構わない…。

 「紫苑…。 」 

 頬に触れる紫苑の手…その手を引いて仕事先から仕事先へどれほど歩いたことか…。
ふらっと家出してしまう紫苑…この手を捕まえて何度西沢家へ連れ戻したか…。
紫苑は玲人を裏切者とは言わなかった…玲人の仕事と割り切ってくれた…。

 「使用人だなんて…絶対思わないからな…。 今でも僕は玲人を頼ってる…。 
相庭は…養父や実父以上に僕の父親だったし…おまえだって実の兄弟以上だ…。」

 綺麗ごとだ…紫苑…おまえは優しくて残酷…。 兄弟…兄弟以上…。
そうでなければ友だちか…?
 僕が欲しいのはそんな称号じゃない…。
だから…使用人でいいんだよ…鈍感…その方がまだ…ましなんだ…。

 玲人は起き上がるといつもの薄ら笑いを浮かべた。
僕の気持ちなんて一生気付きもしないだろう…から。

 「そんじゃ…仕事部屋からカルトンごと頂いていきます…。
使命を帯びた業使いについては…こちらでも少し探って見まっさ…。 」

僕はヒーラーじゃないんで…病気そのものは治せませんから…お大事に…。

 「ああ…有難うな…。 」

小さく手を振って玲人は寝室を出て行った。


 
 西沢の仕事部屋で目的のカルトンはすぐに見つかった。
中のイラストを確認すると封をして玲人は部屋を出ようとした。

 「びっくりしたぁ! 玲人さんじゃない? 」

 扉の前に亮が立っていた。
音がしたからさぁ…紫苑…寝てるはずなのに変だなぁって…。

 「原稿…取りに来たんで…。 
先生なら寝室…いま…熱だけは下げておきましたから…。 」

 そう…玲人さんも治療師だったの?
意外そうに亮が訊いた。

 「とんでもない…。 治療する力なんぞありゃぁしません。
解熱くらいがやっとで…。 身体が少しでも楽になれば…と思っただけです…。」

 玲人は空いている方の手で頭を掻いた。
滝川先生が聞いたら怒るだろうけど…熱は出し切れとか言ってね…。

 「そんなに…お互いに角突き合わせても仕方ないじゃない…。
滝川先生のことわざと苛々させてるでしょ…? 先生も嫌味言ったりするし…。
相当…焼きもち焼きなんだね…ふたりとも…。 」

さいで…と玲人は笑った。

 「別に…喧嘩するとか…仲が悪いわけじゃないんですよ…。
ノンケ面しながら紫苑に手を出して…ってこの頃じゃ目覚めちゃったのかノエル坊やとも遊んでるらしいですが…気に喰わない。 」

 へぇ~玲人さん…そっち系の人なんだ。 気付かなかったな…。
待てよ…奥さんがいるんじゃなかったっけ…? 

 「居ますよ…。 男としては極めて普通に暮らしてます…。 
でも…はっきり言って…それは相庭玲人の族人としての義務みたいなもんで…。

 あ…誤解しないでくださいよ。 
そっち系って言っても…他とは遊んでやしませんからね。 

滝川もそうかもしれないけど…大切なのはひとりだけ…出会ってからずっとです。
だけど…何も言えないんで…気付いてもくれません…。 」

 仕方ないんですけどね…。
紫苑はバイの気がまったくないってわけじゃないけど…どちらかというと悩殺ボディの女が好きで…女装趣味のお養母さんに隠れてよくグラビア雑誌を覗いてましたから…。
 ノエル坊やには悪いけど…もし…坊やが完全な男だったら手を出さなかったと思います。
細身の輝に惚れたのだって不思議なくらいで…。

 なのに…何で滝川よ! あのオジンの何処がいいわけ?
がたいがでかいだけじゃん…。 あの喉フェチ男!

 亮は思わず苦笑した。
日頃決して自分を崩さない冷静な男のはずの玲人が今日は何だかズタボロ状態…。
よほど溜まってんのね…。

 「失礼しました…。 つい…取り乱してしまった…。 
本当は…分かっているんです…滝川先生の想いが命懸けだってことも…。
紫苑がそのことをちゃんと知っていて…受け止めているんだってことも…。 」

 それが自分じゃないってことが…哀しいだけで…。
玲人は切なげな笑みを浮かべた。

あのふたりが何処までの関係か…なんてことは知りませんけど…ね。

 「自分じゃない哀しさ…か…玲人さん…それ分かるような気がするよ…。 」

亮が同病相憐れむといった眼を向けた。
年下の亮にそんな眼をされて…思わず玲人は声をあげて笑った。

 「情けない…亮くんに同情されるほど…愚痴ったなんて…。
忘れてください…。 戯言だと思って…。 」

 さて…仕事…仕事…。
玲人はいつもの玲人に戻って飄々と帰って行った。

勿論…玄関に掛けてある鍵なんか物ともせず…。








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