日本の新聞の文体や用語に我慢がならない。
と、いきなり宣言してしまうのも何か芸がない気もするのだが。
我慢がならないだけなら、各人の趣味の問題に帰することも可能であるが、この文体が何に由来するかを考えると、簡単に引き下がらないほうが良いと思われる。
さて、ここまで書いて、例を出そうと思ったが、なにぶん新聞をとっていないものだから、適切な例を挙げることが出来ないことに気がついた。作家と呼ばれる人は必ず新聞、雑誌に目を通すらしいが、作家にならなくて良かった。うっかりなっていたら新聞を何紙も読まねばならないところだった。
去年の3月くらいからほとんど外出もしないので、外出すれば電車の中で拾うなり、最悪の場合は一部買うなりするのだが、それもできない。この調子では僕の裡にある想念はむなしく消えてしまう。ここまで書いて、明日にでも2,3紙買ってくるとしよう。
一日だけは作家気分だ。うーむ、書けない、と唸るところまでそっくりだ。
さて。
例1
「静かで控えめ」な17歳の少年は、教室内で後輩らに狙いを定め、拳銃の引き金を引き続けた--。生徒・教師12人が射殺されたドイツ南部ウィンネンデンの中等学校では11日、校門前に生徒や親が深夜まで残り、涙を流して抱き合い、凶行への怒りをあらわにした。
少年が三つの教室に相次いで侵入し、銃を乱射したのはわずか約10分間の出来事だった。教室に居合わせた女子生徒(16)は毎日新聞に「黙ったまま冷静に1人ずつを狙い撃ちした」と震える声で語った。
例2
必勝の一戦へのカンフル剤だ。岡田監督就任後2勝2敗のバーレーンに敗れればA組3位に転落する可能性もあり、進退問題浮上も避けられない。日本協会の犬飼会長からクギを刺された非公開練習を2回行うことも明言。「自信もクソも、勝つこと以外考えてない。勝つと信じているから」。冷たく底光りする指揮官の目は「勝ち点3」だけを凝視していた。
例3
灰色の2隻が静かな緊張感を漂わせ、ゆっくりと桟橋を離れていった。北朝鮮のミサイル発射に備え、海上自衛隊のイージス艦「こんごう」と「ちょうかい」が28日午前8時すぎ、佐世保基地(長崎県佐世保市)を出港した。
手当たり次第に3つ記事を選んだ。ドイツでの銃乱射事件、サッカーの記事、北朝鮮のミサイル発射予告を受けての記事、とご覧のように何の関連も無い。どれもが普段見慣れた新聞の典型的な文章である。もっとも、サッカーの記事はスポーツ新聞だったかな。
共通するのは、いずれも出来損ないの小説の文体に似ているということ。それは問題なのか?大いに問題なのである。
新聞は読者に臨場感を与える必要は無い。そんなことを目指せば、余計な形容が入る。ということは、出来事をなるべく正確に伝えるという使命から離れていく。
ドイツでの事件。凶行への怒りをあらわにしたとあるが、これは新聞の常套句だろう。震える声で云々も然り。最初の「」も誰かの発言だと言いたいのだろうが、こうやって少年を形容する意味はどこにあるか。
次第にある出来事をステレオタイプに分類する安直さが頭をもたげるだけだ。
サッカーの記事の冷たく底光りする指揮官の目・・・に至っては笑う以外に無い。これで負けてご覧、目は虚ろで動かず、不安を隠すことは困難だった、となるから。
こんなところで記事を書いた人の主観を語ってどうする。
この手のメディア側の「味付け」がいかにその場限りのものであるか。たかがスポーツ欄と言うなかれ。色んなところに同じ精神は表れる。
続きは改めて。
と、いきなり宣言してしまうのも何か芸がない気もするのだが。
我慢がならないだけなら、各人の趣味の問題に帰することも可能であるが、この文体が何に由来するかを考えると、簡単に引き下がらないほうが良いと思われる。
さて、ここまで書いて、例を出そうと思ったが、なにぶん新聞をとっていないものだから、適切な例を挙げることが出来ないことに気がついた。作家と呼ばれる人は必ず新聞、雑誌に目を通すらしいが、作家にならなくて良かった。うっかりなっていたら新聞を何紙も読まねばならないところだった。
去年の3月くらいからほとんど外出もしないので、外出すれば電車の中で拾うなり、最悪の場合は一部買うなりするのだが、それもできない。この調子では僕の裡にある想念はむなしく消えてしまう。ここまで書いて、明日にでも2,3紙買ってくるとしよう。
一日だけは作家気分だ。うーむ、書けない、と唸るところまでそっくりだ。
さて。
例1
「静かで控えめ」な17歳の少年は、教室内で後輩らに狙いを定め、拳銃の引き金を引き続けた--。生徒・教師12人が射殺されたドイツ南部ウィンネンデンの中等学校では11日、校門前に生徒や親が深夜まで残り、涙を流して抱き合い、凶行への怒りをあらわにした。
少年が三つの教室に相次いで侵入し、銃を乱射したのはわずか約10分間の出来事だった。教室に居合わせた女子生徒(16)は毎日新聞に「黙ったまま冷静に1人ずつを狙い撃ちした」と震える声で語った。
例2
必勝の一戦へのカンフル剤だ。岡田監督就任後2勝2敗のバーレーンに敗れればA組3位に転落する可能性もあり、進退問題浮上も避けられない。日本協会の犬飼会長からクギを刺された非公開練習を2回行うことも明言。「自信もクソも、勝つこと以外考えてない。勝つと信じているから」。冷たく底光りする指揮官の目は「勝ち点3」だけを凝視していた。
例3
灰色の2隻が静かな緊張感を漂わせ、ゆっくりと桟橋を離れていった。北朝鮮のミサイル発射に備え、海上自衛隊のイージス艦「こんごう」と「ちょうかい」が28日午前8時すぎ、佐世保基地(長崎県佐世保市)を出港した。
手当たり次第に3つ記事を選んだ。ドイツでの銃乱射事件、サッカーの記事、北朝鮮のミサイル発射予告を受けての記事、とご覧のように何の関連も無い。どれもが普段見慣れた新聞の典型的な文章である。もっとも、サッカーの記事はスポーツ新聞だったかな。
共通するのは、いずれも出来損ないの小説の文体に似ているということ。それは問題なのか?大いに問題なのである。
新聞は読者に臨場感を与える必要は無い。そんなことを目指せば、余計な形容が入る。ということは、出来事をなるべく正確に伝えるという使命から離れていく。
ドイツでの事件。凶行への怒りをあらわにしたとあるが、これは新聞の常套句だろう。震える声で云々も然り。最初の「」も誰かの発言だと言いたいのだろうが、こうやって少年を形容する意味はどこにあるか。
次第にある出来事をステレオタイプに分類する安直さが頭をもたげるだけだ。
サッカーの記事の冷たく底光りする指揮官の目・・・に至っては笑う以外に無い。これで負けてご覧、目は虚ろで動かず、不安を隠すことは困難だった、となるから。
こんなところで記事を書いた人の主観を語ってどうする。
この手のメディア側の「味付け」がいかにその場限りのものであるか。たかがスポーツ欄と言うなかれ。色んなところに同じ精神は表れる。
続きは改めて。