もうかれこれ8年ばかり前のこと。
近くに東急ハンズがあり、そこにペット売り場があった。基本的に動物は好きだから、時折覗いて楽しんでいた。基本的にというのは、ワニ、ライオン、ヘビ、ダニ、ゴキブリあたりはちょっと飼えないなあ、といった意味合いだ。
ある日、なんて書くとなんだか昔話のお爺さんが出てきそうだが、お爺さんならぬ一音楽家が通りかかったとき、売り場の台の下に隠れて、黒いウサギがケージに入れられているのが眼に留まった。
値札には2万円くらいの値がついて、ピーターラビットのモデルになったドアーフという種です、とあった。今日、ウサギの値段を知ってしまった身としては、これは異常なくらい安いのだが。
店員に訊くと、もう1歳を超えているのだという。真っ黒にやせた姿を見ていたら不憫になり、つい買ってしまった。店としてはきっとお荷物だったのだろう、ゲージ付きで5,6千円だったように記憶している。要するにケージを買ったらウサギがおまけに付いてきたということだ。
店員には人気があったらしく「クロちゃん、よかったねぇ」と声をかけられた。どうやらクロちゃんと呼ばれていたらしい。性質が良いのに、なぜか買い手がいなかったのだという。確かに飼いやすい性質で助かった。考えてもいなかった動物が我が家に来て、また家計は逼迫する。なんだかやけくそになり、ウサギはポチと命名された。獣医で「ポチちゃん」と呼び出されると他の患者から失笑が漏れる。
さてそれから数ヵ月後、またしても吸い寄せられるようにペット売り場に行ってしまった。こうした心理は何だろうね。電車の中で目つきの怖い人がいると、見てはいけない、見てはいけないと思いながら、つい見てしまいたくなるでしょう、あんな感じ。
今度はほかに客も数人いて、一人の女性がドアーフの子供を買おうとしていた。僕はそれを微笑ましく見ていれば良かったはずだ。店員がやってきたが、あろうことか「この子を買わないほうが良いですよ、人になつきませんから」と言うではないか。
女性はしばらく逡巡してそのウサギを見ていた。横で見ていた僕は、店員の言うのも無理もないと思った。その子ウサギは、店員が抱き上げようとすると気が狂ったように跳ね回って逃げる。とても愛玩には適さない。
結局、買いに来た女性は、隣にいたおとなしいウサギを買って帰った。僕はつまり一部始終を見てしまったわけである。
さあ弱った。店員からまで見放されたウサギはどうなるのだろうか。僕を知らない人は知るまいが、また、知っている人も知るまいが、僕は情にもろい。スポーツの監督になっていたら大変だったろう。
あの選手を使うわけにはいかないが、そうなると首だなあ。その後の生活はどうするつもりなんだろう。ええ面倒くさい、そのまま使っちまえ。負けりゃいいんだろ、なんてことになり、首になるのは僕自身だろうね。
このときも、ええ面倒くさい、家で飼えば万事オーケーじゃないか、1匹も2匹も同じことだ、となってしまった。いまいましい。こんな調子では怖い目つきの人をひたと見つめてしまうかもしれない。この子もケージ代金の方がはるかに高い値段にまけてもらった。
今度のはポチより若くて小さかったのでプチと名づけた。普通ウサギは人に平気で抱かれるものだ。ところがプチときた日には、触ることすらできない。
それでも食欲がある。気づいたらとてつもなく太っちょのプチになってしまっていた。
近所にウサギ専門の獣医があり、それでも2匹とも病気ひとつしないからお世話になることも無いまま時が過ぎた。
ウサギは爪が伸びる。あまり長くなると傷つく危険があるため、病院で切ってもらいに行った。もしやと思い、この子達はドアーフですかと訊ねたら、若い医者はプッと吹き出すではないか。やはりそうだったのだ。ポチとプチは雑種だったのだ。丈夫なはずだ。
ポチは相変わらず性質が良い。プチは身分が保証されたとたんに性格が一変した。触らせないのは相変わらずだが、気に障ると夜中、後ろ足で床をダンダン蹴る。食事を与えようとするときだけは、もの凄い勢いで跳び付いてくる。鋭い歯で手に噛み付いてくる。怖くて餌も与えられない。ウサギの飼い方という本によると、ウサギはガラスのようにデリケートだとあるのだが、プチは神経質かもしれないがデリカシーは無い。それどころか、ウサギは猛獣だと知った。
因みにポチはオス、プチはメスだ。え、何か意味があるかって?べつに。
近くに東急ハンズがあり、そこにペット売り場があった。基本的に動物は好きだから、時折覗いて楽しんでいた。基本的にというのは、ワニ、ライオン、ヘビ、ダニ、ゴキブリあたりはちょっと飼えないなあ、といった意味合いだ。
ある日、なんて書くとなんだか昔話のお爺さんが出てきそうだが、お爺さんならぬ一音楽家が通りかかったとき、売り場の台の下に隠れて、黒いウサギがケージに入れられているのが眼に留まった。
値札には2万円くらいの値がついて、ピーターラビットのモデルになったドアーフという種です、とあった。今日、ウサギの値段を知ってしまった身としては、これは異常なくらい安いのだが。
店員に訊くと、もう1歳を超えているのだという。真っ黒にやせた姿を見ていたら不憫になり、つい買ってしまった。店としてはきっとお荷物だったのだろう、ゲージ付きで5,6千円だったように記憶している。要するにケージを買ったらウサギがおまけに付いてきたということだ。
店員には人気があったらしく「クロちゃん、よかったねぇ」と声をかけられた。どうやらクロちゃんと呼ばれていたらしい。性質が良いのに、なぜか買い手がいなかったのだという。確かに飼いやすい性質で助かった。考えてもいなかった動物が我が家に来て、また家計は逼迫する。なんだかやけくそになり、ウサギはポチと命名された。獣医で「ポチちゃん」と呼び出されると他の患者から失笑が漏れる。
さてそれから数ヵ月後、またしても吸い寄せられるようにペット売り場に行ってしまった。こうした心理は何だろうね。電車の中で目つきの怖い人がいると、見てはいけない、見てはいけないと思いながら、つい見てしまいたくなるでしょう、あんな感じ。
今度はほかに客も数人いて、一人の女性がドアーフの子供を買おうとしていた。僕はそれを微笑ましく見ていれば良かったはずだ。店員がやってきたが、あろうことか「この子を買わないほうが良いですよ、人になつきませんから」と言うではないか。
女性はしばらく逡巡してそのウサギを見ていた。横で見ていた僕は、店員の言うのも無理もないと思った。その子ウサギは、店員が抱き上げようとすると気が狂ったように跳ね回って逃げる。とても愛玩には適さない。
結局、買いに来た女性は、隣にいたおとなしいウサギを買って帰った。僕はつまり一部始終を見てしまったわけである。
さあ弱った。店員からまで見放されたウサギはどうなるのだろうか。僕を知らない人は知るまいが、また、知っている人も知るまいが、僕は情にもろい。スポーツの監督になっていたら大変だったろう。
あの選手を使うわけにはいかないが、そうなると首だなあ。その後の生活はどうするつもりなんだろう。ええ面倒くさい、そのまま使っちまえ。負けりゃいいんだろ、なんてことになり、首になるのは僕自身だろうね。
このときも、ええ面倒くさい、家で飼えば万事オーケーじゃないか、1匹も2匹も同じことだ、となってしまった。いまいましい。こんな調子では怖い目つきの人をひたと見つめてしまうかもしれない。この子もケージ代金の方がはるかに高い値段にまけてもらった。
今度のはポチより若くて小さかったのでプチと名づけた。普通ウサギは人に平気で抱かれるものだ。ところがプチときた日には、触ることすらできない。
それでも食欲がある。気づいたらとてつもなく太っちょのプチになってしまっていた。
近所にウサギ専門の獣医があり、それでも2匹とも病気ひとつしないからお世話になることも無いまま時が過ぎた。
ウサギは爪が伸びる。あまり長くなると傷つく危険があるため、病院で切ってもらいに行った。もしやと思い、この子達はドアーフですかと訊ねたら、若い医者はプッと吹き出すではないか。やはりそうだったのだ。ポチとプチは雑種だったのだ。丈夫なはずだ。
ポチは相変わらず性質が良い。プチは身分が保証されたとたんに性格が一変した。触らせないのは相変わらずだが、気に障ると夜中、後ろ足で床をダンダン蹴る。食事を与えようとするときだけは、もの凄い勢いで跳び付いてくる。鋭い歯で手に噛み付いてくる。怖くて餌も与えられない。ウサギの飼い方という本によると、ウサギはガラスのようにデリケートだとあるのだが、プチは神経質かもしれないがデリカシーは無い。それどころか、ウサギは猛獣だと知った。
因みにポチはオス、プチはメスだ。え、何か意味があるかって?べつに。