季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

2009年05月29日 | その他
ドビュッシーの「月の光」は人気のある曲だ。

昨夜(書いている時点だからね)いつの間にか雨も上がり、気がつくとうっすらと月の姿が見え、明日は晴れるなあと思った。ヨーロッパだってこんな月は見られるのに、詩歌に歌われることは無いのがおもしろい。絵にも無いのではなかろうか。(フリードリッヒが描いている)

つまり、こうした月に詩情を感じないということなんだろう。

でもおフランス帰りの人の「月の光」はどっちかというと昨夜の月だと思った。

今書きたくなったことは、しかしまったく別のことだ。

こんなに身近で、ウサギが住んでいないことが分かったとたんロマンも何もすっかり失った天体について、実は何も分かっていないに等しいらしい。

そもそも月は衛星としては巨大すぎるらしい。だから地球と連星だとみなす学者もいるという。

どうやってできたかについても諸説あるが、決め手に欠ける。以前は地球から分かれて出現したとの説が有力だったが、いざ岩石の古さを測定できるようになると、なんと月のほうが古いことが分かった。すると月が地球から派生したとの説はおかしなことになる。

敢えてその立場に固執することも可能だろうが、その場合放射性同位元素の半減期を計測して岩石の年齢を知るという方法自体に疑問を呈さなければならない。

僕としては、疑問を呈してもらったほうが面白い。外野は大体において面白半分だから、僕の無責任な興味も許してもらおう。

物理の世界では定数(光の速さや重力gなど)は不変だと決まっているが、実際の計測値はかなりのばらつきがあるそうだ。

その場合は計測のミス、あるいは機器の不具合と見做されている。分からないでもないけれど、その態度は科学的ではないと疑問を呈する科学者もいる。僕はそういう人のほうが面白くて好きだね。

月に戻って、宇宙空間をさまよっていた天体が偶然地球の引力圏の入ってきて捕らえられたという説もある。現在はこの説がもっとも有力なのではないだろうか。

ただ、この説をとる人は、ではどうして月の公転軌道は真円なのかという疑問に答えられないという弱点を持つ。軌道はどうしたって楕円軌道になるはずだから。

他にも説明が難しすぎることはいくつもある。月の自転と公転がぴったり一致しているから月は常に同じ面しか見せないわけでしょう、そんな偶然がどうやって起こりえるのか。とてつもなく低い確率でしょう。そんなことが起こりえるのならば宝くじが数回大当たりしたって良いはずだ。

なんだかくじ運が悪いのを当り散らしそうになったが。

確率の話になれば、月が見かけ上の大きさが太陽の見かけ上の大きさと一致することだって充分すぎるくらい珍しいのだ。

天文学ははるかかなたに研究の対象を広げているけれど、こんな身近で素朴な疑問にすらまともに答えられていないのだ。

ここから先はどこかで読んだだけの知識で、噂話の域を出ないが。

アポロ何号かが月に着陸して、再離陸した際、切り離したロケットを月面に衝突させ、地震計で振動を計測したところ20分以上止まなかったという。ホントかいな。だってこれは月の内部が空洞かもしれない、ということにもなりかねないでしょう。

以上、見慣れた月だが、分からないことだらけだ。美しさだってそうだ。今夜月をよく見て御覧なさい。目を凝らせばウサギが跳ねているのが見えるかもしれない。耳をすませばウサギが「やーい、やーい、バーカ、バーカ」と踊りながら言っているのが聞こえるかもしれない。