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四国旅行2日目後編(松山城→道後温泉)

2023年07月03日 | おでかけ



( 四国旅行2日目(松山城)前編 から続く )

きっぷ売り場で券を買うと、本壇に入る。


天守などの重要な建造物が集中する本壇は本丸広場より高い石垣を築き、出入口は1カ所しか無い。急な坂を登って、最初に一ノ門に到着する。この門は脇戸附の高麗門で本壇の入口になる。1784年に雷火のため天守と共に消失し、1786年に再建されたとある。


一ノ門をくぐると、すぐ正面左手に二ノ門がある。本壇における二番目の門で薬医門の形式を持つ。天守・三ノ門東塀から射撃される構えとなっている。この門も1784年に雷火のため天守と共に消失し、1852年に再建されたとある。


三ノ門は二ノ門をくぐってUターンした所にある。本壇における第三番目の門で、高麗門の形式を持つ。この門も1784年に雷火のため天守と共に消失し、1852年に再建されたとある。


最後に筋鉄門をくぐって天守広場に到着した。この門は脇戸附の櫓門で、門の柱に鉄板が貼ってあるのでこの長有る。櫓は天守と小天守の通路となり、三ノ門を防衛する構えとなっている。1784年に雷火のため天守と共に消失し、1852年に再建されたと見られるとある。その後、昭和8年に放火によって一部消失したが、昭和43年に復元されたとのこと。


一ノ門、二ノ門、三ノ門は重要文化財に指定されている他、筋鉄門は登録有形文化財(建造物)に登録されたとのことである。
天守広場から天守に入る。天守は小天守や各種櫓と門や廊下で繋がっている。建物内にはさまざまな資料が展示されていた。


天守に登る。


天守は城山(勝山)の山頂にあり、標高132mある。天守は更に30m高くそびえ立っていて、3階にある天守から見える風景は格別である。遠くに瀬戸内海が眺望でき、北から流れてくる海風が涼しくて心地よかった。


日中は雨が降ったり止んだりの空模様となった。松山の正午の気温は24℃で湿度が高く、南よりの風が吹いている。風は南から吹いたり北から吹いたりと、めまぐるしく風向きが変わった。湿度が高くて蒸し暑い。雨は午後になって止んだ。
本丸広場に戻ると、再びロープウェイで東雲口駅舎に降りる。ロープウェー商店街と一番町通りを歩いて二之丸史跡庭園に向かった。


松山城二之丸史跡庭園は明治5年に火災により焼失した松山城二之丸邸跡の敷地を史跡庭園として整備したもので、二之丸邸の間取りを遺構の上に表現し、「表御殿跡柑橘・草花園」「奥御殿跡流水園」の2つのエリアに分かれている。


庭園東側には「林泉庭」が設けられていて、池や滝が配置されている。


また庭園内には聚楽亭、観恒亭、勝山亭という3つの施設が設けられているほか、櫓を利用した展示室が設けられていた。
松山城二之丸庭園を後にして、松山市内線に乗ると、一旦、JR松山駅に戻った。ここで明日乗る予定の特急列車の乗車券を買うと、再び松山市内線に乗って旅の宿泊先である道後温泉に向かう。JR松山駅から道後温泉までは25分の行程である。

道後温泉駅周辺は混んでいた。中国人や韓国人旅行者の姿が多く見られる。夕方になって雲が切れて夕日が射し込んできた。


駅前には坊ちゃん列車が留置されている。土・日・祝日のみ運行となっており、今日は運行の予定は無い。伊予鉄のHPによると、昔は石炭で蒸気の力で動いていたが、現在はディーゼルエンジンを採用しているとのこと。さらに、煙突から出ている煙に見えるものは、蒸気を煙に見たてたものとのことである。


ホテルに着いて夕食を食べた後、露天風呂に入る。東の空に満月が浮かんでいるのが見える。薄い雲を透かすように朧な光を放っていた。


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