DQX毛皮を着たヴィーナス
前回
<ゼフェリン>
ゼフェリンは貴族の地主で、まだ三十を過ぎていなかったが、おどろくほど節制とまじめさと、学者ぶりを身につけていた。そして時計のように正確に組み立てた哲学者で実際的な方法で、寒暖計か晴雨計のように生活してきた。しかしときどき彼は不意に激情の発作におそわれて、まったく無茶な振舞いをしてきた。
「ただ、うまい思いつきで、キューピッドに鏡をもたせだっち、」
「だっち・・・・」
「なにしてるだっち!まだ夢心地だっちか?」
「あ、いや、ティチアーノは単にメサリーナの肖像を描いただけのことだろう」
「その中に彼女の威勢ある魅力をうつしてだっち冷静な満足ぶりを示しているのだっち。その絵には阿諛(あゆ)があるだっちよ。美しいモデルが風邪をひくのをおそれてだっち毛皮をまとっていただろうがだっち、この暴君のような毛皮がだっち、いまでは女性の本質と美になっている暴君と残酷のシンボルにされているにすぎないだっち」
「もういいだっち、いまではその絵はだっち、われわれの愛欲に対する辛辣な風諷だっちさ。北国のヴィーナスはだっち、風邪をひかないために大きな黒い毛皮のなかにつつまれてならないのだっちさ」
そのときドアが開いて、魅力たっぷりの小肥りの金髪の乙女がはいってきた。
「ドーナッツはもっとやわらかく揚げるものだと、いっておいたじゃないかだっち!」
彼は長いムチを、ぐいとひっぱってびゅんと振った。
金髪の乙女はふるえあがった。
「でもゼフチュさまが・・・・・」
「あいつがなんといおうとだっち、どうでもいいだっち、おまえはだっち、いいつけられたとおりすればいいのだっち。わかったかだっち!」
「まてだっち!ひっとらえてやるだっち!」
金髪の乙女はおじけづいて、牝鹿のような早さでさっと身をひるがえして部屋から逃げ出した。
「ゼフェリン君、まてよ。なんだって君は、あんな可憐な娘をいじめつけるんだい」
わたしは彼の腕を押さえた。すると彼はおどけた調子で、
「甘やかしておくとだっち、おれの首のまわりに愛の輪縄をなげかけてくるにきまっているんだっち。おれがこの長いムチできびしく仕込んでいるからこそだっち、おれをあげめているのさだっち」
「バカバカしい!」
「君だって、女を馴らすにはこれよりほかにないだっちよ」
「そうかね、君がそのつもりならそれでもいいが、ボクにまでその理屈を押しつけるのはごめんだね」
「どうしてだっち?ゲーテもいってるじゃないかだっち、ハンマーにならなければ、カナシキになるってねだっち。男と女の関係はそんなものだっち。君が夢に見たヴィーナス夫人もだっち、そのとおりだと証言してくれなかったかね?だっち女は男の情欲のなかに自分の足場を持っているのだっちよ。」
「男がそれを承知してないとだっち。女はかならずその力をふるいだすからねだっち。男にたいしてはだっち、暴君になるだっちか、奴隷になるだっちか、ふたつにひとつだっち。男が服従すれば首にクビキをかけられだっち、ムチをふるわれるばかりだっちさ」
「奇妙な原理だね」
「原理ではなくて経験さだっち。ぼくはそのムチの威力を味わって知っているだっち。いまではだっち、もうそうではなくなってるがだっちね。しかしだっち、知りたければ教えてやるだっちよ」
彼はそういって一束の原稿を取り出し、わたしの前にずしんと置いて、
「これを読んでみたまえだっち」
そして彼は椅子に腰をおろすと、瞑想にふけった。
わたしは原稿をめくりはじめた・・・・・。
次回
『毛皮を着たヴィーナス』告白