レンキン

外国の写真と
それとは関係ないぼそぼそ

長いトンネル(21)

2007年03月01日 | 昔の話
それからは毎日 会社帰りにOのいる病院へ寄るのが
私の日課になった。
二両しかないローカル線に揺られて30分、
駅に着くと走って病院に向かう。
単線なので帰りの電車までの時間が限られているのだ。
往復20分、病院に居られる時間は10分くらいしかない。
それでも通える限り毎日通った。
10分の間に話せるだけ話し、じゃ又来るからと走って帰る。
まるで早送りみたいなお見舞いだったけど
そんな忙しない私の来訪をOの家族はとても喜んでくれた。


お見舞いに行った次の日は、Oの様子を一番にK君に報告していた。
軽傷だったK君は事故から一週間後くらいに出社していた。
直後はあまりにも痛々しすぎて
何を話しかけられる訳でもなかったが、
Oに会わせてもらう事はおろか
いつも門前払いで謝罪も出来ないらしいK君に
会えるようになったら私が様子を見てきてあげる、と
約束していたのだ。
慎重に、なるべく自分の見解は交えず見たままを話した。
…でもついつい良い方へ言ってしまうことも、
或いは楽観的な意見を言ってしまったりもした。
悪い事を言うと、何だか自分の言葉で悪くなるような
そんな気がしたからだ。
私の話を聞いて嬉しそうなK君の顔を見るにつけ
Oの事をK君に話すように、K君の事をOに話したかった。
多分だけど、Oの記憶に一番残っているのは
K君じゃないだろうか。


様子を毎日見るうちに、Oには全く記憶が
残っていない訳ではない事に気が付いた。
何か新しい話をすれば、それに応じた返事が返ってきたりする。
相変わらず誰の事も見ないOの手に
ハンドクリームとか塗りながら
10分間一方的に話しかける私。
すると時々、お母さんには分からない相槌をうつのだ。

「一人で休憩してんだよ。寂しいんだからさ、早く帰って来てよ
 ブースの裏で一緒に休憩しようよ。」
『ああ、幽霊の足音なあ』

傍から聞くととんちんかんな返事だけど、
これにはすごい意味がある。
その昔ブース裏でOと休憩してた時、変な足音を聞いた。
階段を降りてくるトントントンという足音だけど
すごくはっきり響いているのに、階段の裏側から見ていても
誰も降りてこないのだ…。
二人して顔を見合わせて、それから素早く退散した。
私の事は覚えていないのに、あの出来事は覚えていたのだ。
話をすればするほど記憶がぱらぱらと戻ってくる。
勿論返ってこないボールも多々あったけど
返って来た時の感動が物凄いキャッチボールだった。
…私と遊んだ話より、K君と遊んだ話が出来れば!
Oの記憶はそれこそ波濤の如く戻ってくるんじゃないだろうか。
しかしOの家族の前でK君の名前は出せない。
私はじりじりしながら、それでも何とかK君を思い出させようと
K君も関る思い出話をまるで暗号のようにちりばめながら
素知らぬ顔して彼女に話し続けた。