分かり合うということ。
by |2009-09-21 22:31:04|
人は結局のところ、どこまで行っても孤独な存在なのだ。
他者との溝が人を諦めさせるのか、その溝を果敢に跳び越えんと奮い立たせるのか。
たったそれだけの違いでしかない。
赦すことにパワーが必要なのはそのためだ。
理解することに疲労が伴うのもそのためだ。
そうすることによって得らるる、夢のように巨大な果実。
人を幸福にするのは、何よりもイメージの力だ。
忍辱も慈悲も、想像する自己という可能性の産物なのだ。
と分かっちゃいるけど、僕にとって現実は常に難しい。
日々は僕をもっぱら懊悩させてくれるけれど、それもまた一興か。
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