2014年1月10日のブログ記事一覧-カトカト日記 ~霊園・墓石の株式会社加登 公式ブログ~

感動と感謝。

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今年で40歳になります。抱負というか、今年のテーマは「感動と感謝」でいきたいと思います。
「四十にして惑わず」なんて言いますが、今もなお惑い、悩み続ける日々。僅か数か月のうちに不惑の境地に達することなど出来ようはずもありません。



弊社社長の年始の挨拶の中で、「他人と較べて劣っていることは恥ではない。しかし、昨年の自分と較べて劣っていることは恥じなければならない」という言葉があり、思わず自身を振り返ってしまいました。
生来自分という存在が嫌いで嫌いで、それでも1年前の自分よりも今の自分の方が少しでも好きだと思えたら良いのですが、今回はちょっと微妙です。
何がどうという訳ではなく、公私を超えすべてをひっくるめた自身の心の有り様が、ひたむきであることへの漠とした不安のようなものを駆り立てていたのかなあという気がします。白くかさついた砂のように、あらゆる滋養を蓄えることなく地中へと深く屠ってしまっていたというか、小さくても良いからもっともっと色んなことに感謝しなければならないなあと、今は思います。



綺麗ごとのようですが、感謝っていうのは人間の活力です。
感謝の総量が多ければ多いほど、人は生き甲斐を感じるのであって、それは多くの場合小さな感謝の積み重ねによってしか得ることが出来ません。僕は旅行が好きですが、普段出来ないような光景に出会ったり美味しい食べ物にありついたりすると大なり小なり感動があるわけです。感動すると人って今この瞬間を全肯定するんですね。大げさに言うなら「この瞬間を生きている喜び」ってやつです。そこには当然、感謝があります。ところがそんなにしょっちゅう旅行にばかり出掛けているわけにもいきません。
日々はもっとささやかで、気が付けば一日が終わっている、なんてこともままありますよね。
今日一日を振り返ったときに、ひとつでも感動できることがあったなら、それはとてもハッピーなことで、生きていることに感謝しなければなりません。


今のところ、何でも楽しんでくれるので嬉しいです。

ただし、感動はただ坐して待っていても決して訪れてはくれなくて、色んな人や出来事に目を向け、自覚的に汲み取ろうという意思を必要とします。
ハッピーな人のもとには特別ハッピーな出来事ばかりが舞い込んでいるのではなく、その人はきっと傍から見れば何でもないようなことに驚き、笑い、時には泣いて、常に感動しているだけなんだと思います。
僕自身がそれを真の意味で悟る日は遠いかも知れないので、とりあえずは鋭意努力ということにして、まだ幼い息子にはたくさんのことに感動する心を持ち続けて欲しいと思いますし、それが親としての最大の責務なんじゃないかという気がしています。



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