たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

からす天狗の恩返し (18)

2012年02月16日 18時05分36秒 | カラス天狗の恩返し

誠輝は月あかりを頼りに疾風のように野原を走り、雑木林を駆け抜けブナ林へと分け入った。

 

ブナ林は広葉樹で空がおおわれ、月のあかりも殆んど差し込まない闇の世界、足元には木の根がクモの巣のようにはびこり、誠輝は木の根に何度も何度も足を取られ、また、行く手を背丈ほどもある熊笹に阻まれ傷だらけになりながら、それでも木々の隙間からときおり射し込む月の明かりを頼りに南光河原に向かって無我夢中で走り続けた。

 

そして、ようやくブナ林を抜けた時には誠輝の身体は血と汗にまみれ、疲労はピークに達していた。

 

「日の出までには、まだ十分に時間がある」

 

誠輝が草むらに腰を下ろして空を見上げると、月は頭上で輝き、疲れた体に爽やかな風が心地よく流れ、つい、うとうととまどろんでしまった。

 

「お兄ちゃん、早く起きて」

 

礼香が叫んだような気がし誠輝が目を覚ますと、東の空がかすかに白みはじめていた。

 

「しまった。寝過したか」

 

誠輝は“パッシ、パッシ”と頬を叩き、眠気を覚まして気合を入れて再び走りだすと、谷間の中に薄明かりに照らされて砂や石が見えてきた。

 

「ここまで来れば、もう大丈夫だ!」

 

誠輝は駱駝の背のように凸凹になった石の上を、跳ねるように川上に向かって走っていくと、干からびた河原に僅かに流れる清水が足裏を心地よく濡らして疲れを和らげ、大山の影が黒い衣でもまとったように覆い被さってくる。

 

ようやく南光河原にたどり着いた誠輝の眼前には、大山の北壁から流れ出た水で侵食されたてV字型に大きく破壊された岩山が、何人の侵入も拒むかのように荒々しい姿で聳えていた。 

 

誠輝は岩山が大きく裂けた金門の下まで行くと深々と頭を下げ手を合わせた。

 

「カラス天狗さん、どうか村人の苦難をお救いください」

 

藁にもすがる思いで願いを込め、懐から取り出した鹿笛を北壁に向かって“ヒュルル、ヒュルル”と、息の続く限りに吹き続けた。

 

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