伯耆の国、中国山脈にそびえる大山の山ふところの渓谷の元谷に、若い勇翔(ゆうしょう)と年老いた仁翔(じんしょう)という二人のカラス天狗の住む洞窟があった。
ある年のこと、神無月に入り、山々の紅葉もようやく色づき始めたころ、例年になく早い初雪が降った。
いつもの年なら、すぐに消えてしまう初雪が、この年は何日も降り続いて、野山をすっぽりおおってしまった。
この大雪には、焚き木や食料などの冬越しの準備をしていなかった、カラス天狗は大変に困った。
こんなに早い、そして大量の初雪は、年老いた仁翔でさえ、これまで一度も経験したことのない出来事であった。
一夜のうちに、数十里を駆け巡ることの出来る、超人的な力を持つカラス天狗といえども、この大雪にはなすすべもなく、しだいに食料も底をついていった。
そんな、ある日の夕暮れ、勇翔と仁翔がロウソクの炎のように、さびしそうに燃える囲炉裏を挟んで座っていると、仁翔が囲炉裏に掛けた、鍋の底にわずかに残った雑炊をさらうように掬い、勇翔の椀に盛った。
「勇翔、今夜の食べ物はこれだけしかない、我慢してくれ!」
と言って勇翔の前に置いた。
「おじいちゃん、おじいちゃんの分は残ってないだろう。これ、分けて食べようよ!」
勇翔が仁翔の椀に、雑炊を半分わけて入れようとすると
「わしのことは心配せんでもいい、食べろ!」
と勇翔を睨みつけるように言った。
勇翔は椀には箸もつけず、消えかかった囲炉裏の炎を見つめたまま黙り込んでしまい、二人の間に長く重苦しい沈黙が続き、囲炉裏の炎は途絶え辺りは暗くなっていった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます