空は相変わらず厚い雪雲に覆われ、なだらかな雪原に変わった南光河原に積もった雪が、にわかに起こる、つむじ風で舞い上がって視界を遮って行く手を阻む。
「何のこれしき、負けてたまるか!」
勇翔は、つむじ風で舞い上がった雪をものともせず、腰を落とし、首をすくめ、まるでイノシシが突進でもするかのような体勢で、村を目指して一心不乱に突き進んでいった。
つむじ風も治まり、我に返った勇翔が立ち止ってまわりを見渡すと、いつしか深いブナの森に分け入っていた。
ブナの木々は、大人が、ふたかかえも、みかかえもするほどの巨木で、空を見上げると、太い枝が長い腕を伸ばし、得体のしれない怪物のように勇翔に覆い被さってくる。
森の急斜面に積もった雪が“ドドドドドーン” “ドドドドドーン”轟音と共に、真白な雪煙りをたてながら流れ落ちて、森の静寂を打ち破る。
その度に、ブナの木は“ザヮザヮザヮ”と大きく揺れ、枝に積もった雪が“ザザザザァー”と勇翔の頭の上から降り注ぐ。
勇翔が、ブナの森から一刻も早く抜け出そうと、焦れば、焦るほど、ブナの太く長い腕は、勇翔につかみかかるように、次々に追いすがってくる。
これには勇猛果敢な勇翔といえども、さすがに不気味な恐怖感を感じ、懐にしのばせていた鹿笛を堅く握りしめ、寒気と空腹に耐えながら、無我夢中で走り続け、ようやくブナの森を抜け、松林へと逃げ込んだ。
すると、雪におおわれた松の木が、雪の重みで弓のようにたわみ、胴中から裂け、黄褐色のささくれた幹をむきだしにして、見るも無残な姿で行く手を阻む。
また、幹の付け根から裂け落ちた太い枝に、小山のように雪が降り積もって行く手を遮った。
勇翔がこれらの難関をひとつひとつ乗り越え、ようやく大野池に近い雪原に着いた時には、体力を使い果たし、足元はふらつき、気力さえも失いかかっていた。
雪雲に覆われていた空からは、烈しい粉雪が、砂嵐のように降りはじめ、煙幕でも張ったように一寸先さえ見えない状態になった。
勇翔は、そんな悪天候の中を必死の形相で、一歩、また、一歩、消えかかる意識を奮い立たせながら歩いていると、仁翔の顔が幻のように浮かんで消えた。
「おじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃん」
勇翔は、まるで夢遊病者のように、吹雪の中を“ふらり、ふらり”さまよい、無意識のなかで仁翔の名前を叫び続けた。
突然、竜巻のような突風が勇翔に襲いかかり、勇翔の身体が宙に舞った。
「あぁぁぁー、おじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃん~、助けて~~~」
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