厚く空を覆っていた雪雲が東の空に去り、冬の短い太陽が、雲の合間から顔をのぞかせた。
鋭い日差しが、深い雪に埋もれていた田畑に降り注ぎ、プリズムのように反射して、白銀の雪原へとしだいに塗り変えていった。
その中を、藁ぐつにカンジキ姿の、誠輝(せいき)と礼香(あやか)の二人の兄妹が、大野池の岸辺に咲く寒椿を探しにやってきた。
兄の誠輝は15歳、まだ、どこかに少年のような面影は残していますが、何事にも動じない勇気と胆力を備え、精悍な引き締まった顔立ちは、紀州犬を思わせる清々しくて誠実実直な若者で、肩にロープをタスキに掛け腰には鉈を差しています。
また、妹の礼香は丸い大きな瞳、スミレのような素朴な香りの中に幼年の面影を残し、チワワのように可愛いく心やさしい11才の女の子です。
雪原の中にカンジキを放り出すようにして “グイ、グイ、グイ”と力強く歩く誠輝の後を、必死に、追いすがる礼香の姿は、まるで親ペンギンの後を追う、よちよち歩きの、赤ちゃんペンギンのようにぎこちなく可愛そうにも見える。
誠輝が礼香の手を引いてやろう近寄ると、大きなカンジキがそれを阻む、誠輝は礼香を気遣ってゆっくり歩いているつもりでも、体力差は歴然としており、二人の距離は瞬く間にひらいてしまう。
「お兄ちゃん、待ってよ~~、もう少しゆっくり歩いて!」
礼香は距離がひらくたびに、怒ったように大声を張り上げて誠輝を呼びとめる。
「ゴメン、ゴメン、もう少しゆっくり歩くから、お兄ちゃんの足跡を伝っておいで」
こんな会話を何度も何度も繰り返しながら、二人はようやく雪原を抜けて、クヌギやナラの木などの生い茂る雑木林に入って行った。
クヌギやナラの木には、大小の雪玉が綿菓子のようになって積もり、枝先では、雪が蒼白く凍りつき、晩冬の日差しを受けてキラキラと美しい氷の花を咲かせていた。
二人が雑木林の中を歩いていると、枝に積もった雪がパウダーのよう砕け散り“パラパラパラ”と頭上から降り注ぎ、霞のように流れていく。
さらに雑木林の奥深く進むに従い、木々が両側から覆い被さるように迫って渓谷へと入って行った。
深い雪に埋もれた谷底をしばらく上っていると、突然、小山のような大岩が渓谷を塞ぎ行く手に立ちはだかった。
「礼香、この大岩を越えると大野池はすぐ近くだよ!」
誠輝が言った。
「お兄ちゃん、こんな大岩どうやって登るの。礼香、とっても登れそうにないよ・・・・・」
礼香は不安そうに誠輝の顔を覗き込んだ。
「礼香、お兄ちゃんが先に大岩の上に登ってロープを下ろすから、それをつかんで登れば大丈夫だよ!」
誠輝はいとも簡単そうに言い残すと、渓谷の斜面に生えた木々の枝をつかみながら“スイスイ”と大岩を迂回して斜面を登り頂に立った。
「礼香、ロープを下ろすからしっかりつかむんだ~」
「お兄ちゃん、怖いよ~」
「礼香~、お兄ちゃんがついている、信頼して登っておいで~」
誠輝は礼香がロープを握ったのを確かめると、ロープの片方を近くの木にくくりつけ、“ゆっくり、ゆっくり”引き上げ始めた。
「礼香~、ロープを放すんじゃないぞ~」
礼香は岩に積もった雪に足を取られながらも、誠輝の引くロープに導かれ、一歩、一歩、また一歩、足場を固めながら登りはじめ、どうにか大岩の頂までたどり着いた。
「礼香、よく頑張ったな」
誠輝は固く握っていたロープを手から放し、礼香の手を取って大岩の頂上に引き上げた。
「ほら、礼香、あそこを見てごらん」
礼香が誠輝の指先に目をやると、白く輝く雪原の中に、二人の暮らす村の家々の屋根がマッチ箱のように浮かんで見えた。
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