たわいもない話

かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

からす天狗の恩返し (5)

2011年06月08日 16時56分07秒 | カラス天狗の恩返し

厚く空を覆っていた雪雲が東の空に去り、冬の短い太陽が、雲の合間から顔をのぞかせた。

 

鋭い日差しが、深い雪に埋もれていた田畑に降り注ぎ、プリズムのように反射して、白銀の雪原へとしだいに塗り変えていった。

 

その中を、藁ぐつにカンジキ姿の、誠輝(せいき)と礼香(あやか)の二人の兄妹が、大野池の岸辺に咲く寒椿を探しにやってきた。

 

兄の誠輝は15歳、まだ、どこかに少年のような面影は残していますが、何事にも動じない勇気と胆力を備え、精悍な引き締まった顔立ちは、紀州犬を思わせる清々しくて誠実実直な若者で、肩にロープをタスキに掛け腰には鉈を差しています。

 

また、妹の礼香は丸い大きな瞳、スミレのような素朴な香りの中に幼年の面影を残し、チワワのように可愛いく心やさしい11才の女の子です。

 

雪原の中にカンジキを放り出すようにして “グイ、グイ、グイ”と力強く歩く誠輝の後を、必死に、追いすがる礼香の姿は、まるで親ペンギンの後を追う、よちよち歩きの、赤ちゃんペンギンのようにぎこちなく可愛そうにも見える。

 

誠輝が礼香の手を引いてやろう近寄ると、大きなカンジキがそれを阻む、誠輝は礼香を気遣ってゆっくり歩いているつもりでも、体力差は歴然としており、二人の距離は瞬く間にひらいてしまう。

 

「お兄ちゃん、待ってよ~~、もう少しゆっくり歩いて!」

 

礼香は距離がひらくたびに、怒ったように大声を張り上げて誠輝を呼びとめる。

 

「ゴメン、ゴメン、もう少しゆっくり歩くから、お兄ちゃんの足跡を伝っておいで」

 

こんな会話を何度も何度も繰り返しながら、二人はようやく雪原を抜けて、クヌギやナラの木などの生い茂る雑木林に入って行った。

 

クヌギやナラの木には、大小の雪玉が綿菓子のようになって積もり、枝先では、雪が蒼白く凍りつき、晩冬の日差しを受けてキラキラと美しい氷の花を咲かせていた。

 

二人が雑木林の中を歩いていると、枝に積もった雪がパウダーのよう砕け散り“パラパラパラ”と頭上から降り注ぎ、霞のように流れていく。

 

 さらに雑木林の奥深く進むに従い、木々が両側から覆い被さるように迫って渓谷へと入って行った。

 

深い雪に埋もれた谷底をしばらく上っていると、突然、小山のような大岩が渓谷を塞ぎ行く手に立ちはだかった。

 

「礼香、この大岩を越えると大野池はすぐ近くだよ!」

 

誠輝が言った。

 

「お兄ちゃん、こんな大岩どうやって登るの。礼香、とっても登れそうにないよ・・・・・」

 

礼香は不安そうに誠輝の顔を覗き込んだ。

 

「礼香、お兄ちゃんが先に大岩の上に登ってロープを下ろすから、それをつかんで登れば大丈夫だよ!」

 

誠輝はいとも簡単そうに言い残すと、渓谷の斜面に生えた木々の枝をつかみながら“スイスイ”と大岩を迂回して斜面を登り頂に立った。

 

「礼香、ロープを下ろすからしっかりつかむんだ~」

 

「お兄ちゃん、怖いよ~」

 

「礼香~、お兄ちゃんがついている、信頼して登っておいで~」

 

誠輝は礼香がロープを握ったのを確かめると、ロープの片方を近くの木にくくりつけ、“ゆっくり、ゆっくり”引き上げ始めた。

 

「礼香~、ロープを放すんじゃないぞ~」

 

礼香は岩に積もった雪に足を取られながらも、誠輝の引くロープに導かれ、一歩、一歩、また一歩、足場を固めながら登りはじめ、どうにか大岩の頂までたどり着いた。

 

「礼香、よく頑張ったな」

 

誠輝は固く握っていたロープを手から放し、礼香の手を取って大岩の頂上に引き上げた。

 

「ほら、礼香、あそこを見てごらん」

 

礼香が誠輝の指先に目をやると、白く輝く雪原の中に、二人の暮らす村の家々の屋根がマッチ箱のように浮かんで見えた。

 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 私のアグリライフ (2011.05... | トップ | 私のアグリライフ (2011.06... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

カラス天狗の恩返し」カテゴリの最新記事