(前回からの続き)
6 知波単学園の上西車が陸上にあがってからも前部フロートを付けたまま
「・・・これは完全に有り得ませんね・・・。・・・例えば、パラオにいまも現存しているカミが幾つかありますね。あれみんな、前の浮舟(フロート)外してますね。アイライの飛行場跡の展示車は最近に前のも付け直してますけれど、あれももとは外してあったわけです・・・。海上で内火艇として作戦にあたる場合は前後の浮舟は付けたままですが、陸に上がった場合は前の浮舟と推進軸は外す、という規定がありました。海から陸にあがりますとね、操縦系統と操作位置が変わるからですよ・・・、内火艇のときは砲塔内で艇長または操舵手が頭だけ外に出して目視して転把をあやつるか、操舵手が後尾の舵把を直接あやつるわけですが、陸にあがって特車になった場合、操舵手が艇内の操縦席に移動して、戦車と同じ操作器で、推進軸も車輪のほうへギアを切り替えるんです。その時に操舵手は艇内前のハッチから前を見て操縦するわけですが、前の浮舟が付いたままだと、ハッチからの視界が全くゼロになるんです。浮舟の内側の下にハッチがありますから・・・。だから前の浮舟は外さないといけないのですよ・・・。外さないと、前部の7.7ミリ機銃も撃てません・・・」
「アニメのカミは付けたままですが、あれでは操舵手は前が全然見えません。あれで密林のなかをぶつからずに走ってますから、どうやって操縦しているんでしょうか・・・まるで魔法か手品の類ですよ・・・ハハハ・・・。・・・まず有り得ないです。・・・・これ一つとっても、アニメの製作の方々がいかにカミを御存知ないかが分かります。製作の方々には軍事研究家とか居るんでしょうけれど、皆さん戦後生まれで戦争そのものを知らないでしょ、カミの本物を見た人が居たとしても、動かして戦闘を行なった人は居ないでしょ・・・。そういう方々が研究と称して今後はカミを語ってあることないことを本に書いて、次第に本当の戦史すら見えなくしてゆくんでしょうねえ・・・、歴史の曲解というのは、得てしてこういう形で生まれてしまうんですね・・・、これは駄目ですね。憂慮に堪えませんねえ・・・」
7 知波単学園のカミが砲撃時に全てのハッチを閉じたまま
「・・・砲撃時、特に37ミリ速射砲の操作時は、砲塔のハッチの一枚目は折り返して開けるのが決まりです。展望塔が装備されている場合はそのハッチも開ける・・・。これは排煙のためです。速射砲の硝煙はパッと充満しますから息苦しくなるんです。砲塔もあんな小さいですから、ハッチ閉めたままだと艇内に硝煙とガスがすぐに充満するんですよ。だから、艇側の左右のハッチも防水パッキンの上だけは最低開放位置にあげて換気口にする決まりでした・・・」
「あと、砲塔背後の排莢ハッチも開けます。排莢ハッチですけれども、これも排煙のほうが大きかったですね・・・。どのみち空莢は外に捨てないと、砲塔内にひっかかったりして危ない。排莢嚢も付けた場合がありましたが砲の操作時に邪魔になるので、我々の艇では着けませんでしたね・・・」
「・・・パラオでの戦訓工事で武装を37ミリ砲から25ミリ単装機銃に変更強化しましてからは、機銃本体も砲塔上に出てましたので、排煙排莢のハッチ開放も不要になりましたが、ああいう対空射撃は連続して弾倉をはめ込みますから、100発、200発なんてあっという間ですよ。排莢レールが外に向けてありましたから、射撃中はバーッと空莢が右側に飛んで行って海に落ちるわけですよ・・・、おかげでハッチは開ける必要が無くなりましたね。でも規定は規定としてそのまま続けてましたから、舷側の左右のハッチはいつも規定通りに防水区画の上まで上げてましたね・・・」
「いずれにしても戦闘配置の際は、砲塔のハッチの一枚目は折り返して開ける。・・・カミの砲塔のハッチは二段折りになってますでしょ、あれは排煙口として一枚目を折り返せるように作ってあるからです。それで、砲塔背後の排莢ハッチも開ける。艇側の左右のハッチも防水パッキンの上だけは開ける、ということで、4ヶ所のハッチを戦闘時には開ける決まりでした。それが、アニメのカミでは全部閉じたままなんですね・・・。びっくりしましたね・・・、あれ、密林のなかで相当数の砲撃をこなしてますよね、あのままだと排煙が艇内に充満して乗員は息苦しくなって、下手すれば失神しかねないわけですが、アニメですからそこまで配慮していないんですなあ・・・、ハハハ・・・」
8 知波単学園のカミが戦車の渡河時の橋代わりになっている
「・・・まったく驚きましたねえ、水上のカミが川幅の狭いところで橋みたいに停止して、その上を戦車が通ってるんですよ・・・。ドイツのⅣ号戦車でしたか、あれの重量はどのくらい・・・?」
(T氏が「25トンだったかと思います」と返答)
「え、25トンですか、うーん、チハでも15トンなのに、やっぱりドイツは戦車に関しては全てが日本より上ですねえ・・・。さすれば、これはカミの上を通ったらカミがつぶれるか、沈んでしまいますな・・・」
「カミはね、海上での基準排水量が8トン、弾薬燃料全備時に9.4トン、水雷装備時に13.3トンなんです。そして満載上限排水量が13.3トンでしたから、水雷装備時が限界値に近い訳ですが、実際には水雷装備は有り得ませんでしたから、そこまで積み込んだ記憶はありませんね。パラオで(空襲で大破着底した工作艦の)「明石」からの器材輸送の時でも艀にせいぜい2トンぐらいまで積んで、それを2.、3艘繋いで牽引したぐらいですから、弾薬燃料全備時の9.4トン以上に積んだ事はありませんでした。それでも艇の吃水がぐんと下がるんですよ・・・」
「・・・ですからね、25トンのドイツの戦車の重さに耐えられるわけがないですね。15トンのチハすら、満載上限より重いのですから、これも無理ですね・・・」
(ここでモケジョのエリさんが、知波単のカミが2隻で並列して橋の形になってチハを渡らせた場面を指摘し、「それも不可能ですか?」と質問)
「うーん、まず不可能と違いますかねえ・・・。いや、ただね、パラオでの「明石」からの器材輸送の時にね、一度仮設の浮き桟橋、つまりはポンツーンですな、あれが沈んじゃって足場が無くなってしまいましてね、「明石」の幹部将校の指示でカミを4隻横に並列して投錨させまして、その上に板を通して固定して仮の浮き桟橋にしたことがあったのです・・・。その時にクレーン船からトラックを一台下ろしまして、カミ4隻の仮設浮き桟橋に載せたことがありましたね。それは直後に陸軍さんの大発に移し換えましたが、とにかくカミ4隻の仮設浮き桟橋というのはなんとか機能した。ああいう形で浮き桟橋にすれば、15トンのチハなら渡せるかもしれないのですな・・・。アニメは2隻を単に横に並べただけですから、あれは耐えられないと思いますよ・・・。投錨して固定してるんならともかく、単に浮かんでるだけですから、チハが乗ったら重みで舷側が沈みます。チハも水中へドボン、になりますよ・・・」
9 夢のまた夢か、特二式内火艇カミによる水雷戦
「・・・アニメのカミは水雷装備は無かったですねえ・・・」
(T氏が「カミは魚雷も装備してたんですか」と驚きつつ質問、モケジョさん達が「水雷って何ですか」と質問)
「いや、実際には有り得なかった装備ですがね、いちおうカミは水雷装備も可能でした。水雷というのは、魚雷のことですよ・・・。カミは戦況に応じて魚雷2本を落射器に装備して左右の舷側に設置することも可能である、というわけですが、これは我々も訓練教程にて教本の図でしか見たことがありませんで、実際の装備状況というのは見たことが無いんですよ・・・。それ以前に魚雷、カミ用のは二式魚雷でしたが、それの実物すら見た事がありませんでした・・・。パラオには無かったと思いますし、我々の哨戒任務も水雷戦とは無関係でしたからねえ・・・」
(モケジョのユキさんが「水雷装備となった場合は、どうやって魚雷を撃つんですか」と質問)
「・・・うん、それはですね、教本で教わった記憶によりますと、木製の落射器に魚雷を装備し、発射時に魚雷の電源を入れて推進軸を作動回転せしめる。そのうえで艇を操作して針路を発射針路に合わせ、落射器ごと海面に落とす。落射器は木製ですから海面に浮かびますが、魚雷は離れて調停深度まで沈みつつ直進してゆきます。そして目標に向かってゆく、というふうになります」
「カミは、前に話したように全速でも5ノットギリギリしか出ませんでしたが、魚雷はひとたび撃てば海中での標準速度は40ノット以上、つまり時速72キロ以上の高速で航進します。帝国海軍が誇る必殺の酸素魚雷ですから、狙いが的確であれば間違いなく敵艦に相当の打撃を与えますね。撃沈も可能だった筈です。しかし、現実にはカミでの水雷戦というのは無かったと思いますね・・・。聞いたこともありません・・・。一時期は太平洋の王者と謳われた水雷戦隊による砲雷戦でも相当の苦労と犠牲を伴っていますし、魚雷が主兵装の駆逐艦でも水雷戦がうまくいったケースはそうそう無いんですよ・・・。単なる内火艇のカミでの水雷戦なんて、夢のまた夢だった、ということでしょうね・・・。」
10 おまけ 知波単学園チームの観戦シーンにおける一式装甲兵車ホキ
「・・・あれはすぐに分かりました。ホキ車ですな、懐かしい。運転した事ありますよ・・・」
「パラオには数輌があったようですね。アイライに1輌、マラカルに1輌が配備されてまして、これらは確か、設営隊だったか、工兵中隊だったかが牽引車として使用してました。トラックがわりにもなりましたから、例の「明石」からの器材陸揚げの時にも応援に来ていてね、一度だけ代わりに運転しました。足回りは戦車と一緒ですからね、訓練教程で九七式中戦車の操作を教わっていたので、すぐに分かって操作も楽でしたね・・・・。ああいう車輌は陸軍も海軍もあんまり持ってなかったんですが、戦車よりも色々と役立つし、普段の作業でも何かと必要とされてしょっちゅう運搬とか牽引で動き回っていましたね。ああいう車輌を本当はもっと沢山揃えたほうが、基地の作戦能力も大幅に向上したはずですよ・・・」
以上、Sさんによる貴重な証言の数々を収録いたしました。知波単学園の特二式内火艇カミが史実とは色々と異なっていることが明らかとなりました。ガルパンのカミはアニメ上での存在でしかなく、帝国海軍の実車の実態とは相当の隔たりがあるということがよく理解出来ました。
なので、知波単学園の特二式内火艇カミとは、戦争もカミの実態も知らないガルパン製作側が、試合での使用車輌としてのイメージと思いつきで色々と動かして無茶もやらせているアニメの車輌、というのが実態に近いでしょう。
Sさんは、ガルパンのカミのありようが、史実のカミに対する誤解のもとになるのではないかとの懸念も僅かながら述べられていましたが、そのあたりはアニメと史実との間、虚構と現実の間の何たるかを明確に把握することである程度は防げるのでは、と思います。 (了)
正確なところはスタッフに聞かないとわかりませんが、車長が頭を出しているチハ車と違って頭を出していないので区別するためかと思います。
>歴史の曲解
茶々を入れるわけではないですが、ガルパンの映像が「戦史」になるとはとても思えませんのでこれは考えすぎかと思います。
ちょっと前にスーパーカブでも似たような議論(違法じゃないか)がありましたが、あくまでもフィクションであることが前提ですしね。
>橋代わり
同じく......ま、「ガルパン」だしな(笑)
>水雷というのは
魚雷って「魚形水雷」の略.....
>カミでの水雷戦
5ノット程度の舟で水雷戦はそれこそ大変ですな。
成功する気がしない.....
>魚雷が主兵装の駆逐艦でも
魚雷の有効距離よりも敵艦の装備している砲の有効距離の方が長いのでなかなか接近しての雷撃ができなかったようですからねぇ
>色々と動かして無茶もやらせているアニメの車輌
これは全ての車両がそうではないかと.....
当方は西原車と上西車との区別のためかと思っていました。西原車は水際の格闘戦で前部フロートを飛ばされてますが、上西車は最後の体当たり直前にM3リーに撃たれるまで前部フロートを付けてましたから、どっちがどっちかというのは見分けがつきましたね。
>フィクションであることが前提
これは戦後生まれの我々においては共通認識ですが、戦争中を戦って生き抜いてこられた方々には、アニメの戦車であっても実車と同じ姿である以上は、フィクションであるという概念がなかなか有り得ないのでしょうね。
知波単学園の面々の言動や仕草にしても、「まるで皇軍じゃないですか・・・」と戦時中の記憶にどうしても結び付けてゆかれる。これは当然のことだし、それに大勢の人々の命が失われたという厳しい現実がありますから、歴史の曲解を心配されるのも決して「考え過ぎ」ではないと思います。
S氏に限らず、当方が会って話を伺った元将兵の方々は陸軍海軍を問わず、歴史の真実がだんだんと忘れ去られてゆくのを心配して憂いておられましたね。この国は一体どうなってしまうのか、と。