大徳寺方丈のような、国内屈指の国宝級の建築の解体修理の現場を一般公開するという機会は、文化財修理が各地で継続的に行われる奈良県や京都府においてもなかなかありません。数年に一度あるか無いか、という程度です。
私自身は文化財学および美術史学の一学徒で、古建築の解体修理事業にも相当の関心があり、機会があれば行く事を心がけていますが、それでもこれまでに接した国宝建築解体修理現場公開は、奈良県では唐招提寺金堂、室生寺五重塔、薬師寺三重塔、京都府では二条城二の丸御殿、清水寺本堂、平等院鳳凰堂、妙法院庫裏、のあわせて7件ぐらいで、それ以外では延暦寺根本中堂、姫路城天守閣の2件ぐらいしか思い浮かびません。
なので、今回の大徳寺方丈の解体修理現場公開も、稀有の機会でありました。主催側でもそのことは承知していて、その機会を活かしての日本の伝統技術および修理関連技術の公開展示および実演を行って、文化財保護の重要性を積極的にアピールし、後継者の獲得や養成に努めていました。
なので、嫁さんが興味深々で順番にじっくり見学していた日本の伝統技術および修理関連技術の公開展示および実演は、いずれも専門の技術者が案内や解説を務めていて、後継者の獲得や養成に向けてのアピールも展開していました。
上図は、建築の表面仕上げの最終段階である彩色用の顔料や工具類です。木製六葉の塗り仕上げの工程を写真で示し、それに用いる数種の顔料や刷毛を並べていました。
嫁さんはこういったものにも非常な関心を示し、テンション上がりまくりでした。プラモデル用の塗料や筆とは全然違った、天然素材の岩石などを原料とする顔料と動物の体毛などを用いる刷毛の独特の質感に感動し、許可を得て手にとったり、瓶を振って中の顔料を動かして眺めたりしていました。ただのモケジョさんではなく、模型を含めた「モノ作り」そのものに関心が強い人なのだな、と改めて思いました。
桧皮葺き(ひわだぶき)の縮小模型展示です。日本の古建築の屋根は、いまでは瓦葺きが主流ですが、平安時代から室町時代あたりまでは板葺きや桧皮葺きの方が多数を占めていました。その時期の古建築も多くは後に瓦葺きに変更されてしまうので、解体修理が復元の目的も伴った場合は、もとの桧皮葺きに戻す、というケースもあります。いまの日本では桧皮葺き自体が珍しくて伝統的技術の一種になっていますから、その継承と職人の養成は喫緊の課題です。
桧皮葺きの素材である桧皮です。文字通り、桧(ひのき)の樹皮を剥がしたものです。これを用いて屋根を葺くのは、日本古来かつ日本独自の歴史的な建築手法です。海外では類例が無く、類似の手法も存在しない、日本の重要な伝統的手法ですが、その原料となる桧が減ってきているため、檜皮葺き自体が存続の危機に面していると聞きます。
桧皮葺きには、桧のほかに杉の樹皮も使われましたが、耐久性が劣るために古社寺の建築遺構においては遺品があまり見られません。
こちらは杮葺き(こけらぶき)と呼ばれる、板による屋根葺きの手法の一つに使用される木の薄板です。杮板(こけらいた)と呼ばれます。この薄板を幾重にも重ねて屋根を葺きます。
これも日本古来の伝統的手法で、今でも多くの古建築の屋根で見ることが出来ますが、単なる板葺きとは違って、独特の曲線や曲面も表せるように工夫が凝らされて技術が華麗なまでに発達しています。日本独自の洗練された文化技術のひとつで、すでに飛鳥時代からの歴史があり、平安時代の貴族住宅や寝殿造りの流行によって技法が成熟し、戦国時代の城郭建築を経て、江戸時代に完成された屋根葺き技術の決定版とされています。
杮葺きの実物見本展示です。御覧のように木の薄板を重ねて軒や屋根のラインを構築します。博物館などに展示されているレプリカ等の大型の木造建築模型でも屋根の作りには同じ工程を用いることが多いので、一般の大工でも習練すれば造れると聞きます。あとは美しい屋根のラインをどう表現するか、の高度な技術の会得が必須となりますが、そこまでやれる職人さんは一握りの数だ、と聞いた事があります。
嫁さんが「プラモデルで建物を作る時に、屋根をこんな感じでプラ板の薄板いっぱい作って重ねて葺いたら、絶対に面白いよね、本物みたいな屋根が作れそうですね」と話していましたが、彼女のことですから、一度は実験的に作っちゃいそうな気がします。
嫁さんが特に関心を持っていた、建物の飾り金具の色々です。ほんらい女性は宝飾品全般に興味がありますから、こういった金属製の装飾品にも魅力を感じていても不思議はないのでしょうが、嫁さんの場合はモケジョだけにプラモデルのエッチングパーツを見るような感じもあるのだろう、と思いました。
そう思っていると、案の定「エッチングパーツみたい」と話していました。
嫁さんは、こういった釘隠し用の飾り金具に異様な関心を示していました。家にも飾りたい、と何度か前のめり気味に話していましたが、我が家の室内には、隠す釘そのものがありませんから、釘隠しの金具は不要です。
そして丹念に見学していたのが、上図の金属板からの作り起こし工程の実物展示でした。この板がこうなって、ああなって、こうなるんだー、と楽しそうにそれぞれを触ったりして大喜びでした。ガチのモケジョさんですから、モノが出来上がってゆく流れを見て体感出来るのが楽しくて仕方が無いのでしょう。
こちらの各種の釘隠しの展示にも、10分ほど釘付けになっていました。そりゃ釘隠し金具だけに釘付けにするわな、と気付いて笑いがこみ上げてきましたが、嫁さんが熱心に見ているので、笑いを抑えるのに苦労しました。横に居た案内役の職人さんが色々と説明して下さるので、嫁さんは真剣に聞いて、また展示品を見ていました。研究熱心な学生さんのようでした。
こちらは引手(ひきて)の各種金具の展示です。引手は、襖や障子などの引き戸を開け閉めする際に手をかける部分です。現在の住宅でも襖や障子に丸型や方形のものが付いています。
ですが、こちらは伝統的な格式ある社寺建築の引手ですので、御覧のように装飾意匠のデザインが凝らされており、引手自体が美術工芸品になっています。こんな形状のがあるのか、と私でも感心しましたから、嫁さんの興味津々な見物ぶりはそれ以上でした。
金具類の展示に大喜びだった嫁さんにトドメをさしたのが、上図の金具類の金箔仕上げ品でした。このキラキラ感、贅沢感、高級感が女性にはたまらないのでしょう。これ欲しい、家に飾りたい、とまたも繰り返していました。
しかし、案内役の職人さんに、金具ひとつにかかる費用を聞かされた時には茫然としていました。え、そんなにかかるの、と呟いたきり、その後はしばらく無言でした。私はこういった金具類の最低限の費用も知っていますが、嫁さんは初耳だったようでした。
ですが、上図の実演展示を見た時にはショックから立ち直っていました。これは瓦当(がとう)と呼ばれる、屋根の軒丸瓦の先端の円形部分の模様を作る工程ですが、見学者も体験出来るので、嫁さんも早速チャレンジしていました。瓦のパーツである瓦当は粘土で作りますが、その粘土がやわらかいうちに、上図の白い木の型に押しつけて、抜き取ると瓦当の模様が出来上がります。
この技法は中国発祥で、日本でも飛鳥時代からの古代寺院の屋根において様々な瓦当が造られており、その模様の変遷から製作時期を判別出来るほどに、各種の豊富な遺品データが構築されています。
私自身も文化財学の一環として古代寺院の考古学は一生懸命に勉強したほうですので、古代寺院の瓦当の遺品ならば、見ただけでどの系統の、いつの時代のものか、どこの寺院のそれか、ぐらいは大体分かります。
隣のテントでは木材の鉋がけ作業の体験展示をやっていました。当然ながら嫁さんはこれにもチャレンジして、案内役の職人さんに教わりつつも鉋でスルスルと木材を削り、細長い鉋くずを貰って超ご機嫌でした。聞けば、鉋そのものを触ったのが初めてだったそうです。その削る際の滑らかなシャーという動きが「病み付きになりますねー」と話していました。
そうやって、日本の伝統的技術を体験して感動していけば、日本の文化財や文化財保護に対する意識や理解も高まることでしょう。もともと歴史や古社寺にも興味がある嫁さんですから、今回の公開展示見学は最高に楽しかっただろうと思います。
ともあれ、御機嫌で笑顔のままの嫁さんの横で、こちらも幸せな気分に包まれつつ、退出の際に上図の金毛閣を見上げました。
この重厚な二層の山門建築は、普段は非公開のままですが、2023年の4月下旬から6月にかけての特別拝観事業において仏殿、法堂、方丈唐門とともに一般公開される予定です。嫁さんも私もこれらの建築群は間近に見た事がありませんので、必ず行くことに決めています。とても楽しみです。 (了)