「神や仏が地球上の人間のすべてを救済してしまった暁には、地球はめちゃくちゃになるだう」
冒頭の一文は、読書人に勧められ読んだ村田喜代子さんの名作「屋根屋」(講談社)に出てくる。
神や仏が人間を救済してくれると考えられ広く信仰を集めているが、この小説のように「人間の
すべてを救済してしまった暁」という発想は、全然考えたことはなかった。
冒頭文の後にこう述べているが、少し長いが引用する。
「走る凶器の車は人を轢く前に止まっままで、人間は病気になっても死なず、手足が
取れてもそのまま平気で、男と女は一度愛し合ったら二度と離れることは出来ない。
地球の地下のマントルは対流できず、台風は即刻消えねばならず、キリンに噛み付い
たライオンは口が裂けて死なねばならない」
何とも壮絶な世界・・・このような「究極の救済」によって絶望の谷底から引き上げられて幸せ
を得る人もあるかもしれないが、これでは天国どころかまるで地獄じゃないか、そんな世界を創
造する神や仏なら即刻消えてほしい、と私は罰当たりなことを思ってしまう。
禍福は福は糾(あざな)える縄の如し・・・幸福と不幸は変転するもの、より合わせた縄のよう
に表裏交互にやって来る、それがこの世の人生というものだろう。
神仏に頼るのではなく、人が知恵を絞ってお互いに救済できる制度を作るしか道はないのだと思う。
「みんな平等でみんな幸せ」は理想社会には違いないが、かつてそれを標榜した人(独裁者)がい
て、理想とは程遠い暗黒社会を作って国家を牢獄化し多数の犠牲者を出し、何千万の国民に塗炭の
苦しみを与えてしまい、見事に?失敗した。
「全てを救う」神になろうとしたのだろうか、なれる筈もないのに。
村田喜代子著「屋根屋」