護憲+グループ・ごまめのブログ

護憲+・現憲法を守るグループの一人して、今後の社会の状況を戦時を経験した一人として社会を見つめていきたいと思います。

京都訴訟の判決  京都地裁101号法廷

2007年03月24日 13時09分20秒 | 反戦
  やめてイラク派兵京都訴訟の判決  
 3月23日金曜日・午前10時開廷
             京都地裁101号法廷

 裁判、それも原告としての初体験なんとか妻と二人で皆勤できました。

 しかし、判決とはなんと素っ気ない。10時に裁判長が入廷。起立礼で、着席すると待ったなしで主文を読み。約7分で起立令、そして、そそくさと退廷。
 判決とはこんなものかと改めて思いました。
 身も蓋もない魂の抜けた判決文。

総論
 先の戦争が終わって半世紀以上経ち,現世している戦闘経験者、それに戦争の悲惨さを体験している人々の数は歳とともに一人去り二人去り、その人口が少なくなるに従い、戦争に対する感覚そのものが仮想の範囲に入ってきたのでしょう。

 今回の裁判長も陪席裁判官も全く戦争という悲惨さを知らない人間が、今回の京都イラク訴訟を裁いた感じは否めなく、内外の戦時に関するいろいろな問題も、実際に体験した人々でない方が其の事を論ずる時代ですから私たちと全く違ったもの、世の移り変わりをこの裁判でも感じました



 拙い文章ですが裁判のご報告を書かせていただきます。


 2005年2月にハートピア・京都府立総合社会福祉会館で原告団結成
 2005年3月22日に京都地方裁判所に訴状提出
 2005年7月7日に第一回口頭弁論
 2006年11月30日第九回最終弁論
 2007年3月23日判決


 過去の裁判では、報道陣の傍聴は初回と2回目の裁判のみで報道陣の席はあれども人影は無し、しかし、判決となると報道人席は満席でした。
 毎日放送のテレビも取材にきて、ミーティングまでカメラが設置されているのが目に付きました。

 判決文は、たった15ページ。お多分にもれず却下と棄却。とりあえず、主文は映像にして護憲+の視聴覚コーナーに入れて居ますので(ここをクリック)する。
 http://yufuu.com/user/goken/iraqhanketsukyoto.html

 判決後の会合で弁護士さんの判決文に付いて説明に、他の裁判の判決文のページ数は
名古屋地裁 111ページ  大阪地裁  26ページ  仙台地裁  56ページ
と言うことでした。
 しかし京都は15ページだと言う事は心のない魂のこもっていない判決文だと言えるかもです。
 何故か。
 訴訟団を結成して二年余、その間に9回の口頭弁論そして多くの原告団の中から陳述書がだされ裁判長の前で、戦争の悲惨さ残酷さ、戦場で戦った経験、爆撃の恐ろしさ、引揚者の悲惨さ、その戦時体験を切々に訴えました。

 ところが、この判決の中には、これら原告の訴えたことは全く無視しているのです。だから15ページという短い判決文に成ったのでしょう。
 判決の中に何も書いていないと言うことは、あの陳述は何だったのでしょう。全く聞いてなかったと解釈ができます。

 他の裁判では原告団に対して、何らかのコメントがあると聞きました。京都の審理ではパワーポイントを採用して、画期的だと聞き及んでいました。しかし判決文を見ると、人間味のない最低な判決だと思います。

 却下でも棄却でもよいでしょう、それは裁判官の判断ですから致し方ありません。しかし判決文の中に数行の戦争体験者に対してのねぎらいが有ってもよいのかと感じ、何だか胸糞悪くなってきました。
 
 三権分立といわれますが、所詮判事も公務員です人間です。之からは戦争という悲惨を体験しない裁判官ばかりです。この判決は、若い右陪席判事が書いたものと聞きましたが、世の悲惨を経験しない裁判官ですら、老いた原告の証言に労いの言葉が出ないのでしょう。
 
 私は敗訴も判事の判断ですから文句はいいません。しかし、人の心の中も覗けない褪めた判事がいる事が腹立たしいのです。