「パワハラ内紛」伊調馨と栄監督が袂を分かった「決定的な出来事」

2018年03月09日 | 事件
「パワハラ内紛」伊調馨と栄監督が袂を分かった「決定的な出来事」
3/8(木) 12:10配信 現代ビジネス
「パワハラ内紛」伊調馨と栄監督が袂を分かった「決定的な出来事」
写真:現代ビジネス
----------
女子レスリング五輪4連覇の伊調馨選手に対する、栄和人監督による「パワハラ問題」。その発端は、男子レスリングに衝撃を受けた伊調の「変化」と「決心」にあった。伊調の過去の発言、揺れるレスリング協会の関係者らへの取材から騒動を読み解く。
----------

■留学後の一大決心

 「栄さんのパワハラについては、レスリング関係者ならみんな思うところがあるんじゃないですか。会長も専務理事も、栄さんに乗っかってしまったから、かばうんです。自分たちにも批判が及んでくるし、今の地位が危なくなりますから」(レスリング関係者)

 女子初のオリンピック4連覇を達成し、国民栄誉賞を受賞した伊調馨(ALSOK)。オリンピック金メダリスト6名を育て上げた栄和人(日本レスリング協会強化本部長、至学館大学レスリング部監督)。輝かしい師弟関係の対立に注目が集まっている。いったい何が起きていたのか。

 全国女子中学選手権3連覇を達成した“スーパー中学生”伊調を、栄が八戸の実家へ出向いてスカウトしたのが、二人の師弟関係のスタートだ。

 中京女子大学附属高校(現・至学館大学附属高校)に入学、栄のもとで練習に励んだ伊調は才能をさらに伸ばし、高校2年生になったばかりの2001年4月、世界選手権2連覇中の山本聖子を破り、クイーンズカップ優勝を飾った。

 「世界チャンピオンの坂本(現・小原)日登美先輩をはじめ、世界で活躍する選手たちといっしょに練習でき、スパーリングパートナーはいくらでもいる。練習は厳しく、監督が納得しなければ日付が変わっても終わらない」

 厳しくも充実した練習内容を妹から聞いた姉・千春は、東洋大学を辞めて中京女子大に再入学するほどだった。

 伊調馨と2学年上の吉田沙保里が同じ階級でつぶし合うことを避け、かつ、女子レスリングの採用が決まったアテネオリンピックに両者を出場させるため、身長が高く、手足も長い伊調の階級アップを決断したのも栄である。

 伊調は栄の指示に従い63キロ級に変更すると、翌年のジャパンクイーンズカップで優勝を果たす。そこから伊調馨の快進撃が始まった。

 2003年、ニューヨークで開催された世界選手権で連覇すると、本人曰く「イケイケでした!」と2004年アテネオリンピックで金メダルを獲得。惜しくも銀メダルに終わった姉・千春とともに「北京でリベンジ! ふたりいっしょに金メダル!」の大目標を掲げ、二人三脚で夢に向かった。

 2008年の北京オリンピックもアテネと同じく、妹・馨は金メダル、姉・千春は銀メダル。

 それでも、千春が「妹といっしょに輝かしいレスリングの道を歩んでこれたことを、私は誇りに思います。勝負が終わった後はメダルに色がついてしまいますが、私は自分のレスリング人生が最高だったと思っているので、このメダルは金色に輝いて見えます」と言えば、馨は「千春が笑顔で北京オリンピックの銀メダルをみんなに見せている姿を見て、よかったなと思いました。公約した『ふたりで金メダル』は果たせず悔しかったですけど、やっと終わったという感じでした」と語った。

 北京オリンピック後、東京で開催された世界選手権を欠場した伊調姉妹はカナダへ留学。英語を学ぶ一方で、週2~3回カルガリー大学の練習に参加した。

 そこで目にしたのが、世界選手権やワールドカップで戦ったことがあるライバルたちが、試合とはかけ離れたところで、生涯スポーツとしてレスリングを楽しむ姿だった。そして、子どもたちがレスリングを心の底から愛し、無邪気に楽しむ姿に、姉妹はかつでの自分の姿を見出す。

 帰国後、千春は地元・八戸で高校教員となったが、馨はある一大決心をした。

 ここが、今回の「パワハラ問題」の源流である。

■男子レスリングの衝撃

 伊調馨は大学卒業後も母校・中京女子大で練習を積み、北京オリンピックに挑んだが、カナダから帰国後、練習拠点を変更。東京で一人暮らしを始める。

 カナダでの経験から「好きで始めたレスリングなんだから、楽しまないともったいない。いつかはカナダで見たようなレスリングをしたい」と思いつつも、再び厳しい勝負の世界に戻ることを決めた伊調。名門・代々木クラブ/安倍学院、自衛隊体育学校、早稲田大学など、東京の各所で出稽古に勤しんだ。

 すると、1988年ソウルオリンピック金メダリストであり、当時の男子強化委員長だった佐藤満から馨の兄・寿行に「馨が東京で出稽古しているなら、こっちの合宿に連れて来いよ」と声がかかった。

 佐藤がアメリカ留学を経て、専修大学ヘッドコーチに就任したとき、キャプテンを務めていたのが寿行という間柄だった。

 兄に連れられ、男子の代表合宿に参加した伊調馨は衝撃を受けたという。

 「チビッコの頃から20年以上やってきたのに、レスリングの真髄を全く知らずにいました。それなのにオリンピックチャンピオンだなんて、もう恥ずかしくて」

 男子のコーチや選手たちと接する機会が多くなった伊調の目の前に、新しい世界が広がった。レスリングの奥深さを知ることができたのだ。

 「それまでは体が動くまま、本能だけでレスリングをやっていました。考えてレスリングをやったことなんてありません。でも、男子の合宿で私が生まれて初めて接したレスリングは全く違っていました。例えば、タックルひとつとってみても、なぜいま入ったのか、相手をどう崩して、どこにスペースをつくって入るのかとか、すべて言葉で、理論的に説明できるんです」

 その日から伊調は、「説明のできるレスリングを目指し、“勝利”よりも“技術”を追求する」ようになると同時に、再びレスリングが「楽しくなった」と語る。

 「日々、自分を改良していくのはとっても楽しいです。もっともっとレスリングが知りたくて、日々葛藤しています。でも、やればやるほどわからなくなる。それでも、諦めたら終了です」

 当時の伊調は、こんなことも漏らしている。

 「たとえコーチの話でも、自分にとって必要かどうか判断して、必要でなければ聞き流したりもします。私はたぶん、コーチ陣からしたら扱いやすい選手ではないと思います。何でも自分で決めてしまうので。だから、『こいつは素直じゃないな』と思われるときもあるでしょうが、素直に聞くこともあります。ポイントは自分を納得させてくれる何かがあるかどうか」

 ただ勝てばいいのではなく、理論的なレスリングへ。競技スタイルを変えた伊調が決意したのが、栄との決別だった。

 高校から北京オリンピックまで指導を受けた栄の元を去り、新たな師として選んだのが田南部力だ。

 田南部はアテネオリンピック・フリースタイル55キロ級で銅メダルを獲得。髙い技術力をもつ男子ナショナルチームコーチである。

 伊調の出稽古は田南部が所属する警視庁レスリングクラブが中心となった。

 「レスリングがもっとうまくなりたくて、もっと知りたくて、日々葛藤する」という伊調は、いつしか「レスリングを極めんとする孤高の求道者」「異次元の強さを追求する絶対女王」と呼ばれるようになっていった。


「協会は栄さんを守るでしょう」
 2012年ロンドンオリンピックでは全4試合1ピリオドも失わず、圧倒的な強さを見せつけ、日本女子初の3連覇を達成する。現地入りした翌日、本番4日前に靭帯を損傷し、痛み止めの注射とテーピングなしでは、まともに歩くことすらできなかったにも関わらずだ。

 ロンドンオリンピック後、去就が注目されるなか、伊調はあっさりと「現役続行」を宣言した。

 「いまレスリングがどんどん好きになってきています。やり残したこともいっぱい。アテネからロンドンまで8年間、あっという間だったから、リオも意外とすぐにくるんじゃないかな」

 オリンピックイヤーが終わる前に本格的に練習を再開させた伊調は、翌年から試合にも出場し、リオデジャネイロオリンピックまで突き進んだ。

 2014年11月にはずっと応援してくれてきた最愛の母が突然、亡くなるという不幸に見舞われた。

 「『どんな状況でも試合に出ろ! 出るからには勝て! 死んでも勝て! 』という母の遺言を守るとともに、自分のレスリングを追求していきます」

 リオへ向けて成田航空を出発する際には「平常心を持って、戦います」と誓ったが、いくら絶対女王と言えども、4連覇のプレッシャーは相当なものだったろう。

 第1試合から本来の動きができず、迎えた決勝戦では1-2とリードを許しながらも攻め込めず、時間だけが過ぎていった。それでも、伊調馨は最後の力を振り絞った。試合終了4秒前、タックルに入ってきた相手を「最後のチャンス」と思って攻め、バックを奪って2点奪取。3-2で劇的な勝利をあげ、4連覇の偉業を達成。世界中を感動させた。

 だが、そうした伊調の「レスリング道追求」、人類の金字塔ともいえる大活躍の裏で、北京オリンピック後から8年にわたり伊調を指導してきた田南部コーチが栄強化本部長(ロンドンオリンピックまでは女子強化委員長)からパワハラを受けていたとの告発がなされた。告発文の要旨はこうだ。

 「栄和人氏による圧力により、伊調馨選手は男子代表合宿への参加を止められ、練習拠点である警視庁レスリングクラブへの出入りを禁止された。そのため、伊調選手は練習ができない。田南部力コーチは『伊調をコーチするな』と栄氏から言われ、従わなかったために代表コーチ、協会理事、警視庁レスリングクラブコーチを外された。それらは公益財団法人日本レスリング協会の福田富昭会長、高田祐司専務理事も了承している」

 告発状が掲載された『週刊文春』が3月1日発売されたのを受け、伊調は同日、所属するALSOK広報を通して「報道されている中で、『告発状』については一切関わっておりません」とコメントする一方で、「しかるべき機関から正式に問い合わせがあった場合は、ご説明することも検討したいと思っています」とし、「それ以外、お伝えすることはございませんが、私、伊調馨はレスリングに携わる者として、レスリング競技の普及発展を常に考えております」と加えた。

 公益財団法人日本レスリング協会は3月6日、倫理委員会を開き、第三者による聞き取り調査を行うと発表したが、はたして真に公平な調査ができるのか。

 「協会は『週刊文春』が出た後、すぐに『パワハラ行為は一切ない』と全面否定しました。伊調、田南部から何も聞かないどころか、ろくに調べもせずに、直ちに否定。それって、協会は栄さんを守るという宣言でしょう。そんなところがまともに調査するんでしょうか。第三者と言っても、それを選ぶのは協会の倫理委員会ですからね。内閣府が直接調べて、JOCも積極的に関与しないとダメでしょう」(レスリング関係者)

 東京オリンピックまで2年。我々は伊調馨が晴れ晴れと5連覇を目指す姿が見たいだけなのだが――。

 (文中敬称略)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする