「この中に何が映し出されるのだろうか」
この記事は、過去に書いたもので、非公開にしていたものです。
投稿日時も、そのままにしています。
過去の非公開記事から、見つめなおす為、公開します。
自分自身が、どれだけ成長しているのか確認したい。という意味もあります。
カテゴリーをクリックして頂ければ、見やすくなるかと思います。(ペコリ)
この頃、よく考えることがある。
人のこと。
人って
「人」とも書くし
「ひと」とも書く
「ヒト」もある。
どれが本当の人?ひと?ヒト?なのだろう。
都合のいいときは、「人」はなぁと。言い
都合が悪くなると、「ひと」はみんな。なんて言い方もする。
「ヒト」というのは余り聞いたことが無いけれど、恐らく原始のヒトを指すのではないか。
病気になったひとに健康な人は
病気のひとがそんなことをしてちゃ駄目でしょ。と。
コーヒー飲んじゃダメ!たばこ吸っちゃダメ!と。
病気のひとが病気のひとにも同じことを言う。
「人」「ひと」「ヒト」がいい加減に使われているのだと思う。
それか。こういう場合もあるんじゃないか。
それは、
健康者が「人」
障害(病気)者が「ひと」
それ以下が「ヒト」
そう考えられないだろうか。
そうすると、必然的に上下関係が出来る。
「人」ー「ひと」ー「ヒト」ということになる。
「人」は「ひと」よりも優位であると言いたいのかと思うし、
「ひと」なんだから「人」の言うこと聞けよ。と
やはり、「人」は「ひと」よりも優位で居たいわけだ。
「ヒト」は人にして見れば眼中には無い。
「人」じゃないんだから。
「ひと」ならまだしも。
障害(病気)者の「ひと」はどうであろうか。
その本人同士「ひと」ではあるけれども
「人」に近づきたい「ひと」なのだ。
一方が「ひと」だとすると他方は「ひ人」なのだ。
「ひ人」とは「人」に近い「ひと」のこと
必死になって「人」に近づきたい「ひと」なのだ。
どうあがいても、「人」にはなれないのに。
人 ひと ヒト はいい加減なんだと思う。
もともと、人っていい加減なんだとも思う。
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自分自身が、どれだけ成長しているのか確認したい。という意味もあります。
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この頃、よく考えることがある。
人のこと。
人って
「人」とも書くし
「ひと」とも書く
「ヒト」もある。
どれが本当の人?ひと?ヒト?なのだろう。
都合のいいときは、「人」はなぁと。言い
都合が悪くなると、「ひと」はみんな。なんて言い方もする。
「ヒト」というのは余り聞いたことが無いけれど、恐らく原始のヒトを指すのではないか。
病気になったひとに健康な人は
病気のひとがそんなことをしてちゃ駄目でしょ。と。
コーヒー飲んじゃダメ!たばこ吸っちゃダメ!と。
病気のひとが病気のひとにも同じことを言う。
「人」「ひと」「ヒト」がいい加減に使われているのだと思う。
それか。こういう場合もあるんじゃないか。
それは、
健康者が「人」
障害(病気)者が「ひと」
それ以下が「ヒト」
そう考えられないだろうか。
そうすると、必然的に上下関係が出来る。
「人」ー「ひと」ー「ヒト」ということになる。
「人」は「ひと」よりも優位であると言いたいのかと思うし、
「ひと」なんだから「人」の言うこと聞けよ。と
やはり、「人」は「ひと」よりも優位で居たいわけだ。
「ヒト」は人にして見れば眼中には無い。
「人」じゃないんだから。
「ひと」ならまだしも。
障害(病気)者の「ひと」はどうであろうか。
その本人同士「ひと」ではあるけれども
「人」に近づきたい「ひと」なのだ。
一方が「ひと」だとすると他方は「ひ人」なのだ。
「ひ人」とは「人」に近い「ひと」のこと
必死になって「人」に近づきたい「ひと」なのだ。
どうあがいても、「人」にはなれないのに。
人 ひと ヒト はいい加減なんだと思う。
もともと、人っていい加減なんだとも思う。