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一語一句・一期一会
知的遺産のピラミッド作り

日本の地球科学

2006-12-28 03:54:19 | 科学
昨日はぽかぽか陽気の中、外へも出ず、終日あるところで議論が展開された。
日本の地球科学は他の科学に比べてなぜこうも地位が低いのか?と。

この問題は長年この世界に関わって来た私にとっても大きな関心事である。他の先進国においてもその位置は必ずしも高いわけではないが日本ほど低いようには見えない。

日本においては最も良く知られた一人で、大量の一般向け著作を書いている●氏が叫んだ。
「地球環境問題の理解は、地球の理解なくしてあり得ないのに、日本における環境科学はなんだ!工学だ農学だあげくの果てには文系まで乗り出して食いつぶしている!根底に座るべき地球科学は何をしておるか!」

正論である。しかし、会場はしらける。彼独特の人を食ったような言い方が他の多くの人の水を引かせるのである。ありがちな場面である。その場面を見ていて、これはまずいと思った。ものの言い方もまずいが対応もまずい。このままではこの問題はタブー化され、彼はしらけて、ますます一人パフォーマンスの世界へ帰っていく。

私はざっとそこにいる顔ぶれを見渡した。
そして、このことを認識していない人が多いのではないかと思ったので紹介した。

1。アメリカではゴアが「不都合の真実」を地球物理学連合で数千人の聴衆の前で講演した。アメリカでは地球環境問題ははっきりと地球科学の中心的課題として座っていること。地球科学者も認識しているし、アメリカ国民も、はっきりと認識しただろうこと。日本では地球惑星科学連合ができたが、そこでもっと地球環境をとりあげるべきこと。

2。また、2001年に出されたNSF (National Science Foundation:アメリカの文部科学省にあたる)の指針書 Geoscicences beyond 2001にははっきりと地球環境がこれからの地球科学の中心であると詠ってあること。それはコミュニティー総出の1年以上にわたる議論でまとめあげられたものであること。その直後にアメリカ地球物理学連合大会やアメリカ地質学会のセッション配置などが見事に変わったこと。

3。そして今はやりの「メタボリック症候群」ではないが、「地球のメタボリズム」を理解することこそ、その鍵であること。

ここでの議論は今後繰り返される。今回は初顔合わせ。しかし、それが日本の今後の地球科学の行方に重大な影響を持つことも確かである。真摯な議論を期待したい。

団塊の世代のあせりはすごい。第1線から身を引く前に、遺言としてすべてを託したいと。そのメッセージは、好き嫌い、ものの言い方を差し引いて、聞くべきところは聞き、未来へとつなげたいものである。

<もそっと言い方を変えるとうまく伝わるんだがね、団塊世代はいつまでも子供かね、ま、それも売りかな? 楽しくいこうよ楽しく>
と思いつつ。
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